宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆

...それから何人かの心優しきクラスメイトたちに聞いたところ、本当に、本当に信じたくはないが、俺は入学初日の自己紹介から宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆を名乗り、一人称は「みぽめう」などとのたまい、挙句の果てには語尾に常に「めぅ」だの「ぺぽ」だのつけて喋っていた、らしい。
どこで買ったのか歯を食いしばりながら白目を剥いているドピンクな謎のウサギキャラクターのクリップで前髪を丸ごと上げ、百均で売っている女児向けのキラキラぷくぷくしたシールを顔や爪、果ては制服や通学用カバンにまでベタベタ貼って登校していた。
そしてさらにものすごく怖いことに、それを家族には完璧に隠蔽し、家ではキチンと勉強していていつも通りに過ごしており、影でスキンケアやストレッチなどの自分磨きに精を出しつつ、課題は全て完璧に提出していた。
精神がぶっ壊れて謎のアイドル活動をしながらも体は自動で学業・勉学に励んでいたらしい。そんなメルヘンかつアバンギャルドな哲学的ゾンビと化していた嫌すぎる事実に気が遠くなった。

受験勉強で成績が伸び悩んだ末に追い詰められ、毎日自殺衝動や破壊衝動や幼児退行に苦しんでいた時、どうにか人間に戻るため明日もまたがんばる元気をもらうため、魔法少女モノやアイドル系のゲームやアニメを見ていたのが結果的にこんな事になるなんて思ってもみなかった。
プリ〇ラやアイカ〇やプリ〇ュア達は何も悪くない。
ひとえに精神が弱すぎた己の咎である。

とにかく、早く周囲の誤解を解いて一刻も早くクラスに馴染まねば...!
目下の問題はそれである。
なるべく早く、周囲の信頼を得るためになんか...こう、率先して提出物の回収とかやったり、 掃除当番を引き受けたり、積極的に仕事をしよう。
なるべく口角を上げてにこやかに...愛想良く、かわいく...ファンのため!!
自分の承認欲求のため!売れまくるため!媚びろ!笑え!全力で楽しませること!それがアイドルでいるためのステータスだ!!常にぷりちーッ!!!ファイッッッ!オーッ!!!!!!
........じゃない。違う違う違う違う。
自分の頬を思いっきり引っぱたく。
なんだ今のは。
そんな意気込みとか無くても口角を上げて愛想良くなんてその辺の一般ピーポーでもできるだろうが。
こっっっわ。
なんなんだ?
自分では大丈夫なつもりでも完治はしてなかったのか...目指せ寛解.......ってコト!?
そんな風にぐるぐると混乱の渦に脳みそを飲まれているうちに教室の前に着いたので扉に手をかけようとしたところ、
「お。みるちゃん?」
後ろから誰かに声をかけられた。
なんだかとてもデジャブを感じる流れだ。
猛烈に嫌な予感がしつつも振り返ると、そこには俺より頭ひとつ分背が高く、肩にかかるくらいの長さの髪をハーフアップにした見知らぬ男子生徒がいた。
どことなく見たことがあるような顔立ちな気がするが、あんまり思い出せない。
上履きの色から察するに、ひとつ上の先輩みたいだ。
その先輩は、振り返った俺の顔を見るなり懐いた猫のように黒目がちな目をしならせて笑った。
「やっぱみるちゃんじゃ〜ん!」
「あっ、え?」
「え〜?俺だよ忘れたの〜?」
「す、すみません。あの、信じてもらえないかもしれないんですけど、なんと言うかですね...普通の人間に戻ったと言いますか、みるちゃんの時の人格の記憶を失ったと言いますか...」
「えっ?マジで!?ウケんね。え?でも俺チケット買ったんだけど。」
「...え?」
「マジマジ。ほらこれ。」
先輩の手を見るとそこにはチケットらしき紙。
手描きなのに無駄にデザインの凝った可愛らしいフォントで印刷されている『宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆』の文字。
紛うことなく俺ではないかつての俺が販売していたものだ。
まさか買っていた人がいたとは...
ライブの日付は、たしか数ヶ月後の文化祭の初日だ。
ゾッとした。
かつての俺は現実でも実行可能な方法で着実にスクールアイドルの座を手に入れようとしていたことがありありと分かったから。
こんなアイドルワナビーイカレポンチ(期間限定)のチケットを買ってくれたとても優しい、もしくはとてもモノ好きな先輩には申し訳ないが、そんなもん実行するわけにいかないので手汗まみれの手でゴマをすりつつ重たい口を開いた。
「え、えっと、実は...色々と事情がありましてェ、活動を続けるのが困難になってしまったためですね、えー、ライブは中止に、なるかと...」
恐る恐るそう伝えると、先輩の顔から一瞬にして笑顔が消えた。

「...そっか。そう。」
「...え」

有無を言わせぬ強さで腕を掴まれる。
先輩は思い出したかのように人の良さそうな笑顔を貼り付けて言った。
「立ち話もなんだからちょっとついて来て〜」

本当に本当に怖かったが今の一連の動作で何をするかわからない人だと判断し、そして一応先輩でもあるので俺は何も言えず何もできず罪人よろしく引きずられることになった。
俺が何をしたって言うんだろう。
いや、思い当たる節はあるにはあるが肝心の記憶がなくてェ...心神喪失的なアレと申しますか...と震えながら言い訳を考えているとある空き教室の前で先輩は止まった。
背中を押されて押し込まれるように中に入ると、扉を閉める音に続けてカシャン、と鍵をかける音。
びっくりして振り返ると、先輩はドアの前を通せんぼするかのように立ちはだかった。
電気のついていない薄暗い室内で目を細めて笑っている目の前の人が、人間じゃない、妖怪みたいな不気味ものに見えた。
俺は、いったい何に巻き込まれているんだろうか。

「安心してよ。不同意でえっちなことはしない主義だから。」
「うぇッ!? アッ、えッ!?」
「はは、冗談だよ〜。
...まぁ『えっちなこと』のところだけなんだけどさ...」
「...え、オッ、ウギャァア!!?」

先輩が歩きながらパンパン、と2つ手を叩くと、いきなり天井から人が落ちて来た。
否、落ちて来たと思ったら綺麗に床に跪いた姿勢で着地している。
格好は制服に先輩と同じ色の上履きだが顔を覆う独特な形の黒い頭巾みたいなものを被っている。
あからさまに、確実に忍者だ。
いきなりのことに混乱のあまり声すら出せないでいると、推定忍者さんはブレザーの懐から取り出したデカい封筒を恭しく先輩に渡すと、スっと後ろに控えた。
先輩は当たり前みたいに受け取った封筒を開けて幾つかの書類を教壇の上に並べ出した。
特にこの状況に疑問は無いらしい。
俺以外は。
頼むから目の前の事象を1つずつツッコむ時間をくれないだろうか。
推定忍者さんと先輩を交互にチラチラと見ることで先輩に「今のぜんぶおかしくないですか?」という旨のアイコンタクトを送るも先輩は気にする素振りも無く話し始めてしまった。
この世は無情だ。

「西条くん、会ったでしょ。この写真の金髪の子。この子ね、西条グループの跡取りで御曹司ね。そんで俺はまぁ、部下みたいなもんなのね。」
「...え?」
「ここ最近は珍しく楽しそ〜に学校行ってたのにさぁ...昨日からエラく落ち込んでるみたいでね、まーた塞ぎ込みがちになっちゃって困っちゃったもんだからこちらで調べさせてもらったらさぁ、ど〜やら君のせいと判明したわけ。」
「は、はぁ...」
「こちらとしては次期トップがそんな状態じゃあコミュニケーションすら捗らなくって仕事も進まなくて嫌なわけ。だから君には...」
「は、え、ま...まさか報復...とか...」
「うーん、ちょっと近くて遠いかも〜?」

先輩はニコッと完璧に左右対称な笑顔で封筒から取り出した1枚の書類をこちらに向けた。

「"まだ"しないよ。」

そこには『契約書』とわかりやすく大きく書かれた書類があり、細かくて長い文章の下にある署名欄には俺の筆跡で『伊佐原 祐希』と書かれ、ご丁寧に印鑑まで押されている。

「え?」
「...あは、ほんとに覚えてないんだ?おもしろ〜い!」

満面の笑みのまま先輩がカクッと首を傾げる。
あまりに血の通っていない仕草に恐怖を覚えていると、ゆっくり頭の位置をまっすぐに戻した先輩は言う。
「内容、読み上げてやろうか?」
「...はい...おねがいします......」
俺は目に涙を溜めながらなんとか頷いた。
怖すぎる。
先輩が温度の無い声でツラツラと書類の内容を読み上げているのが平然とお経を唱えるバケモノみたいで輪をかけて怖かったが、書類の内容はあらかた把握できた。
つまり、イカレポンチの俺はこの先輩がチケットを買うのと引き換えに、どんな手段を使おうとライブを中止できない契約をほぼ強制的に結んでいたらしい。
ただ、その代わりなのかライブに向けての歌やダンスなどのレッスンを西条家で受け持ってくれると。
どんな契約だ。
そう思っても目の前のバケモノ先輩のせいでいえなかったが。

「みるちゃんさぁ、部活とか入ってなかったよね。」
「はい...」
「ただでさえあ〜んな悪目立ちするスタート切っちゃったし、色々他にも事件起こしちゃったから、内申点とかいろいろヤバいよね?」
「は、はい...」
「俺なら...『西条家』なら"どうにでも"できるよ。
...言ってる意味、わかるよね?」
「ヒッ、ひぁ、へぁい......」
「ライブは?」
「は、はひ。ひぃ...やっ、やりまひゅ...」
「...はは、良いお返事〜。顔クッシャクシャでウケる!」

ついには泣き出してオットセイのように濁った嗚咽を漏らす俺の頭を片手で鷲掴んで適当に撫でながら、先輩は朗らかな顔で終始大笑いしていた。
本当に怖かった。

「俺のことはぁ、そうだなぁ〜、親しみを込めて『ミツヤくん』て呼んで♡
...返事は?」

「ひっく、お"ッ、ぉ"...さぁー、いえっ、さぁ"...」
「ダッハハハハ!!やっぱおもしれーや!」

このニコやか激詰めパワハラ地獄に終止符を打つようにチャイムが鳴った。
まるで祝福の教会の鐘のごとき清廉な音だった。
「あ、予鈴鳴っちゃった。またね〜みるちゃん!」
ミツヤ先輩が俺の頭からようやく手を離してくれたので音を置き去りにするかのように、一応の年上そして雇用主を敬うお辞儀姿勢のまま空き教室を後にした。