文化祭の数日前、実行委員会主催のもとライブのリハーサルが実施された。
前にもフィッティングのために衣装を着たが、心なしか軽いはずのジャージメイド風の衣装が重たく感じる。...たぶん精神的なアレだな...リラックスしなくては。もう本番も近いのだから。
一度目を閉じて目の前の視覚情報を遮断し、深呼吸をする。
「みるちゃん、大丈夫?」
「ああ、光くんありがとう。」
光くんがよく冷えたペットボトルの水を差し出してくれた。
冷たい水が喉から腹の中までを心地よくクールダウンさせてくれて、バクバク言っていた心臓が少しだけ落ち着いた。
「あ、そうだった。」
そうして冷静になったおかげで思い出した。
俺は衣装のポッケを探る。
光くんなら来てくれるだろうと思ってこの時のために衣装の方に入れておいて良かった。
「これ、あげる。」
「...これって...!」
光くんに渡したのは、いつか俺が、宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆が付けていた歯を食いしばりながら白目を剥いている謎のウサギキャラクターの前髪クリップだ。
当然学校では絶対に付けられないため、家で洗顔の時とかに普通に使っていたのだが、親に見つかった際に幽霊でも見たかのような顔でものすごい勢いのバックステップで後ずさりながら怯えられたので家でも使えなくなってしまった。
このまま家の引き出しに永久に封印するより、誰よりも俺のファンである光くんに持っていてもらった方が、きっとこの前髪クリップも喜ぶはずだ。
「ライブの時、よく見えるようにこれで前髪とめるといいよ。これで1番のファンってわかるでしょ。」
長い前髪を指でまとめて掬って、光くんの両目が見えるように、綺麗な髪が決して傷まないように優しくクリップで止めた。
「かっこいいとこんなのでも似合うね。」
ド正面から褒めたら、光くんは液状化しそうな表情で「はへぁ」とだけ漏らした。
かわいいなぁ、と思ってその様子に微笑みながら続ける。
「周りからジロジロ見られるかもって、気になると思うけどさ、ライブのときは俺だけ見てて。
そしたら周りの視線なんて気にならないよ。」
そう言うと、光くんは顔を真っ赤にしてとうとう膝から崩れ落ちてしまった。
なんだか今自分がとんでもないスケコマシにでもなったような気分だが、今言ったことは全て、紛れもない本心だ。
こんな俺に、こんな風に全てを捧げる勢いで、体も、心も全てを使って俺が好きだと表現してくれる君に、どうにか報いたいんだ。
俺は自他ともに認める平凡な人間だ。
成績は中の上から下くらいを行ったり来たりする程度で、得意科目は強いて言うなら国語の現代文。なぜなら勉強しなくてもある程度点が採れるから。
容姿なんて言うまでもない。
「かっこいい」ましてや「かわいい」なんて幼い頃だけ、それも母親くらいからしか言われたことが無い。
そんな平凡な人間でも、人生の重大イベントは構わずにのしかかってくる。
高校受験のさなか。
まだ十数年、吹いたら飛ぶような年数しか生きてないというのに、今後の人生一生を左右するようなことを決めなくちゃならないと、少しでも良いところに行かなきゃとがむしゃらに勉強していた時。
何になりたいかなんてわからなかった。
それでも、どれだけ勉強をしても成績が伸び悩んでいようと容赦なく流れる時間。
今にも目の前に迫り来る"時間切れ"の瞬間。
考えうる限りの最悪の、上手くいかなかった自分のイフが何度も何度も頭の中で再生される。
成長していない今現在の自分を劣ったものとして否定し続ける日々。
まるで、真っ暗な闇の中肺が痛くなろうと足がもつれようと全力で走り続けるような感覚。
そんな時ふと考えてしまった。
この先ずっとこうなのか?これが終わっても?
この受験勉強が終わってもそれはゴールじゃない。その次の新たな始まりに過ぎない。
また走り続けなければならない。
もしかしてずっと?これから死ぬまで?
この先、無責任に楽しくなれることって、もう1つだって無いのかな。
体の中が凍ったようで、心臓が冷たくなったまま痙攣するような動悸がした。
確かに俺はあの時、人生に絶望したのだ。
でも、画面の中の彼女たちは、
アイドルや魔法少女たちは違った。
どんな逆境の中でだって「それでも」と目の輝きを失わずに前を向いて、ひたすらに突き進み続けたその姿に、俺は憧れて、先が見えない暗い未来に希望の光を見ることができたんだ。
人間というものは、持っていないもののことほどよく考えるし、よく見えるらしい。
俺は、無意識に彼女たちに憧れて、彼女たちと同じものになってみたかったんだと思う。
平凡な俺でも誰かにとっての何者かになりたいという下心もあった。
その結果できたのが、彼女たちの表面を乱雑になぞるだけの、『宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆』だった。
じゃあ、それは、今もつまらない薄っぺらい"ニセモノ"のままか?
きっと違うと俺は思うのだ。
光くんを見つめると、彼はまだ顔を赤くしたまま首を傾げた。
前にもフィッティングのために衣装を着たが、心なしか軽いはずのジャージメイド風の衣装が重たく感じる。...たぶん精神的なアレだな...リラックスしなくては。もう本番も近いのだから。
一度目を閉じて目の前の視覚情報を遮断し、深呼吸をする。
「みるちゃん、大丈夫?」
「ああ、光くんありがとう。」
光くんがよく冷えたペットボトルの水を差し出してくれた。
冷たい水が喉から腹の中までを心地よくクールダウンさせてくれて、バクバク言っていた心臓が少しだけ落ち着いた。
「あ、そうだった。」
そうして冷静になったおかげで思い出した。
俺は衣装のポッケを探る。
光くんなら来てくれるだろうと思ってこの時のために衣装の方に入れておいて良かった。
「これ、あげる。」
「...これって...!」
光くんに渡したのは、いつか俺が、宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆が付けていた歯を食いしばりながら白目を剥いている謎のウサギキャラクターの前髪クリップだ。
当然学校では絶対に付けられないため、家で洗顔の時とかに普通に使っていたのだが、親に見つかった際に幽霊でも見たかのような顔でものすごい勢いのバックステップで後ずさりながら怯えられたので家でも使えなくなってしまった。
このまま家の引き出しに永久に封印するより、誰よりも俺のファンである光くんに持っていてもらった方が、きっとこの前髪クリップも喜ぶはずだ。
「ライブの時、よく見えるようにこれで前髪とめるといいよ。これで1番のファンってわかるでしょ。」
長い前髪を指でまとめて掬って、光くんの両目が見えるように、綺麗な髪が決して傷まないように優しくクリップで止めた。
「かっこいいとこんなのでも似合うね。」
ド正面から褒めたら、光くんは液状化しそうな表情で「はへぁ」とだけ漏らした。
かわいいなぁ、と思ってその様子に微笑みながら続ける。
「周りからジロジロ見られるかもって、気になると思うけどさ、ライブのときは俺だけ見てて。
そしたら周りの視線なんて気にならないよ。」
そう言うと、光くんは顔を真っ赤にしてとうとう膝から崩れ落ちてしまった。
なんだか今自分がとんでもないスケコマシにでもなったような気分だが、今言ったことは全て、紛れもない本心だ。
こんな俺に、こんな風に全てを捧げる勢いで、体も、心も全てを使って俺が好きだと表現してくれる君に、どうにか報いたいんだ。
俺は自他ともに認める平凡な人間だ。
成績は中の上から下くらいを行ったり来たりする程度で、得意科目は強いて言うなら国語の現代文。なぜなら勉強しなくてもある程度点が採れるから。
容姿なんて言うまでもない。
「かっこいい」ましてや「かわいい」なんて幼い頃だけ、それも母親くらいからしか言われたことが無い。
そんな平凡な人間でも、人生の重大イベントは構わずにのしかかってくる。
高校受験のさなか。
まだ十数年、吹いたら飛ぶような年数しか生きてないというのに、今後の人生一生を左右するようなことを決めなくちゃならないと、少しでも良いところに行かなきゃとがむしゃらに勉強していた時。
何になりたいかなんてわからなかった。
それでも、どれだけ勉強をしても成績が伸び悩んでいようと容赦なく流れる時間。
今にも目の前に迫り来る"時間切れ"の瞬間。
考えうる限りの最悪の、上手くいかなかった自分のイフが何度も何度も頭の中で再生される。
成長していない今現在の自分を劣ったものとして否定し続ける日々。
まるで、真っ暗な闇の中肺が痛くなろうと足がもつれようと全力で走り続けるような感覚。
そんな時ふと考えてしまった。
この先ずっとこうなのか?これが終わっても?
この受験勉強が終わってもそれはゴールじゃない。その次の新たな始まりに過ぎない。
また走り続けなければならない。
もしかしてずっと?これから死ぬまで?
この先、無責任に楽しくなれることって、もう1つだって無いのかな。
体の中が凍ったようで、心臓が冷たくなったまま痙攣するような動悸がした。
確かに俺はあの時、人生に絶望したのだ。
でも、画面の中の彼女たちは、
アイドルや魔法少女たちは違った。
どんな逆境の中でだって「それでも」と目の輝きを失わずに前を向いて、ひたすらに突き進み続けたその姿に、俺は憧れて、先が見えない暗い未来に希望の光を見ることができたんだ。
人間というものは、持っていないもののことほどよく考えるし、よく見えるらしい。
俺は、無意識に彼女たちに憧れて、彼女たちと同じものになってみたかったんだと思う。
平凡な俺でも誰かにとっての何者かになりたいという下心もあった。
その結果できたのが、彼女たちの表面を乱雑になぞるだけの、『宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆』だった。
じゃあ、それは、今もつまらない薄っぺらい"ニセモノ"のままか?
きっと違うと俺は思うのだ。
光くんを見つめると、彼はまだ顔を赤くしたまま首を傾げた。
