宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆

あれから、光くんと一切話すことができなくなっていた。
俺が彼と話したくっても、彼のクラスの教室に行ってみても、お昼ご飯を食べた中庭に行ってみても、レッスンの際に西条家の中を探してみても、彼の姿を見ることすら叶わなかった。

あの秘密を俺に知られたのが、そのせいで俺と今までのような関係が続けられなくなるであろうことがよほどショックだったのだろう。
咄嗟に何も言えなかった俺が、彼の目にはどう映っただろうか。

もう、光くんは俺のことを嫌いになってしまったのかもしれない。徹底的に顔も見たくないくらいに。
アイドルだった俺のことをあんなに好きだったんだ。
光くんは俺に色々してくれたっていうのに。
どうして、どうして俺は...なんでもいい、何か一言でも彼の心を守ってあげられるようなことを言えなかったんだろう。
その前に、なんであんなことを言ってしまったんだろう。
彼にとって人から好奇の目を向けられることが苦痛であることなんて、とっくに知っていたはずなのに。
謝ったり、話し合ったって、もう何も解決しないのかもしれない。

「伊佐原ぁ〜」
「ん?」

そうして思い悩んで授業で集中することもできないままかろうじて書き写すことのできた板書用ノートをぼうっとした顔で、内容なんてろくに頭にも入らないまま眺めていると、最近友人と呼んで差し支えないほど仲良くなったクラスメイトが声をかけてくれた。

「すげえ疲れた顔してんな。大丈夫?結局ライブやるって聞いたけど、それ?」

「...ああ、うん。そんな感じ。」

そう言って笑ってみたが、友人の気遣わしげな表情は変わらなかった。
上手く笑えていないのかもしれない。
空気を変えようとしたのか、友人はハッと思い出したかのように話し出す。

「そういえばさぁ!伊佐原が前言ってたアホみたいなサメ映画!アレ見た!なんけ思ってたのと違ったわ!いい意味で!すっげえ良かった!!」

「えっ、おお!マジで!」

「めっちゃ泣いた。んで気付いたらグッズとパンフ買ってた。マジで見たあとの記憶が無い。」

「グッ、あはは!めっちゃわかる!」

思わず吹き出してしまった。
元気づけようとしてくれているんだろう。
俺はこんなに情けないやつなのに、俺は友達に恵まれているなあと思った。

ふと視界の端にキラキラしたものが見えた。
教室の扉の外に、見切れる金色のひかり。
弾かれたように席を立って走り出す。

急いでドアから出れば、そこにはこちらを振り返ってギョッとした顔の光くんがいた。
彼もまた慌てて走り出す。
このまま置いて行かれたくなくて、俺は全速力で彼の背中を追いかけた。

「ま、待って!!」

そう叫んでも、目の前の背中は止まらない。
今まで俺からのお願いを冷たく無視されたことなんて無かったから、それがとてつもなくショックだった。
でもそんなことで落ち込む資格は、俺には無い。
いつまでも彼に嫌われたことにウジウジと悩む保身的な頭を振り切って、ただ追いかけたい一心で足をがむしゃらに動かした。

脳みそのどこか冷静な部分が、すぐ先で蛍光灯や窓からの光を反射させて揺れる金髪を場違いにも綺麗だなあと思った。
手を伸ばす。
まだ全然届かない。
足の長さから全然違うのだ。
でも俺だって最近伊達に鬼コーチfeat.偏屈トレーナーに鍛えられてない。

「う、ああ!!」

さらに腹筋に力を入れて、地面を蹴った足をなるべく速く前へ出す。
もう一度手を伸ばす。
爪の先が彼の背中を引っ掻いた。
限界を超えてもっと速く、足を前へ動かす。
ようやく俺の手が彼の腕を掴んだ。
両足に全体重を乗せ、力を込めてブレーキをかける。
ぐん、と前に引っ張られるが、どうにか重心を低くしてなんとか振りほどかれないように堪えた。
息を切らせたのもそのままに、俺は口を開く。

「はぁ、はぁ...ほ、ほんとにごめん。
俺の話、聞いてくれないかな...?」

「...うん。」

腕をつかんだまま、空き教室に入る。
ここはいつかあの先輩との恐怖の初対面をした場所だった。なんだか因果なものを感じる。
光くんは外の世界を遮断するように、自らの髪を掴んだ両手を顔の前に持っていく。
俺からは光くんの顔が目元しか見えなくなってしまった。
また嫌な思いをさせていることだろう。
それでも、俺は光くんの目をまっすぐ見据える。
俺だけは決して、君から諦められたくないから。
もう一度、君と話したいから。
光くんに逃げて欲しくなくて、ただこれ以上つらい思いもさせたくなくて、振りほどかれたら簡単に外れるくらいの弱い力で、光くんのブレザーの袖を指先でキュッと握った。

「俺はまだ、君と話したいよ。いっしょにお昼ご飯を食べたいし、気が引けてたオシャレなカフェだって、君といっしょに行ったときはすごく楽しかった。同じ映画を見て、感想を言い合ったりしたのも、俺は、すごくすごく楽しかったよ...
君に何があったって、それは変わらないよ。」

光くんは信じられない、とばかりに目を見開いて、眩しそうに目を細める。
その目には涙が滲んでいた。

「みるちゃん...」
「おわ」

光くんが両腕を俺の背中に回し、強くギュッと抱きしめられる。サラサラとした細い金髪が頬を掠めた。
顔を見せたくないのか、俺の肩口に顔を埋めているせいでその表情はうかがえない。

「お、うわ!」

そのままゆるゆると光くんが体の力を抜き、体重をかけてきた。
俺はそれに合わせてどうにかしゃがみ、ついには床に2人して座り込んでしまう。

「...光くん、大丈夫?」

いつかしたように、背中をさする。
前よりも背骨の感覚が浮き出てゴツゴツとしていて、ああ俺が嫌な思いさせたせいで痩せてしまったのか、となんとなく分かってしまった。
しばらくそうしていると、光くんはゆっくりと俺の肩口から顔を上げた。
俺は床に尻をついて座り込んでいるが、光くんは膝を立てているから、俺の顔より少し上に光くんの顔がある。
彼の綺麗な金色の髪が、俺たちを外の世界から隠すカーテンのようだった。
光くんの目元はまだ濡れていて、唇の内側を噛んで痛みを堪えるような顔をしている。

俺はそっと彼の頬を手で撫でた。
光くんは目を閉じてそれを受け入れる。

「...悲しませてごめんね。大丈夫。
僕がみるちゃんのことを好きなのはずっと変わらないから。」

そう凪いだような、穏やかな声で言った。
俺はその言葉に少し戸惑ってしまう。

「...なんでそんなに、俺のこと好きでいてくれるの」

そう聞くと光くんは目を開けて、眉を下げて俺の方を慎重に伺うように見つめてきた。
話しても良いけど、俺が大丈夫かどうか心配するような表情だった。
俺は言葉を続けた。

「つらかったり、隠したいことがあれば、話さなくていいよ。ただ俺は、できることなら君と話したいし、君のことが知りたい。」
「...ありがとう。僕は、みるちゃんが僕のこと知りたいって言ってくれて、うれしい...けど、お願いがある。」
「...なに?」
「みるちゃんは、何も気にしないで欲しい。」
「...わかった。約束する。」

光くんは背中に回していた手を外して、そのまま頬に添えた俺の手をそっと握った。
目を伏せて大切そうに手に頬擦りをしてから、彼はポツポツと話し始めた。

光くんと俺が初めて会ったのは、入学式の時だったと言う。俺の記憶には無い時間の話。

「僕だって最初は、家の跡取りとして頑張ろうって思ってた。」

毎日、言われたことをこなす。それを繰り返す。
毎日毎日毎日、同じように。
従順に。勤勉に。ひとつのミスも無いように。
楽しいと感じることなんて一つもなく、無感情にただ親が敷いたレールの上を粛々と進むだけの、砂を噛んで無理やり飲み込むような日々。
その隣には、自分よりもよくできた兄が自分よりも良いレールを走っている。
じゃあ、僕がいる意味って何?
跡取りとしてがんばる意味って本当にある?
みんな、僕を見てる。
顔がよく似ているのに髪や目の色が違うから。
聞こえてくるのは兄の素晴らしい功績ばかり。
そして、
それに比べて。
やっぱり親が違うんだ。
お兄ちゃんはあんなに明るいのに。
がんばったって嫌でも聞こえる他人の声。
いつからか三つ編みにされる髪を自分で解いて、俯いたまま周りを見なくて済むようにしていた。

「そしたら、だんだん身体が動かなくなってきちゃって、字を読んでも人の話を聞いてても頭に入ってこなくなってきちゃって、何かとミスをすることが増えちゃった。ひどい時はシャツのボタンを自分で止められなくて、他人にやってもらってた。それでついにはベッドから起きられなくなっちゃったんだ。」

光くんくんは気まずそうに顔を俯かせ、所在無さげに自分の髪をつまんだ。

「...入学式、本当は行きたくなかったんだけど、ミツヤとか家の人間に引きずられて無理やり登校させられたんだ。入学式に欠席なんて以ての外だって。行ったけど、早く帰りたくて仕方なかったよ。並んでた人たち僕以外、みんなピカピカした明るい顔してた。
...君が出てくるまではね。」

「え?」

苦しげな顔が一変して口角がわずかに上がり、穏やかな顔になる。

「僕、今でもあの時のことをずっと覚えてる。
...みるちゃんね、入学式のときいきなり体育館のステージ上に上がって自分の宣伝し始めたんだよ。」

「...え"ッ?」

シリアスな空気から飛び出てくるとは1ミリも考えなかった新たな黒歴史が飛び出して来てさすがに強かに動揺してしまう。
光くんは俺の反応を見てか、当時のことを思い出してかおかしそうにクスクス笑った。

当時の『俺』は、入学式も終盤というあたりで突如段上に上がり、マイクをぶんどって名乗りをあげたのだと言う。

『めうは、宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆めろ!!
いずれこの学校のアイドルでテッペンをとる最強!ぷりちー!キュート星人ペポ!!
活動としてはまず!男子高校生の!男子高校生による!男子高校生のための語尾の解放運動から始めるめろ!性別とか関係なくぷりちーな語尾を使ったって良いめろ!!』

光くんはいつもよりハキハキとした声で謎のセリフをつらつらと諳んじた。
きっと一言一句間違わずに、その時『俺』が言ったことを暗唱しているんだろうな、と分かってしまうのがなんか悔しい。
マイクのハウリングまで聞こえてきそうだ。

「久しぶりだったよ、笑ったの。
入学式にそんなことする人、初めて見たし。
なんかね、その時のみるちゃんを見てたら、なにも面白くなかった俺の世界がちっぽけに見えた。」

それから入学式が終わった後、光くんは俺を探したらしい。
そうしたら『俺』は懲りずに下駄箱がある正面玄関のあたりでビラ配りをしていたのだと。

俺はまた頭を抱えた。
余罪がボロボロ出てくるじゃないか。

光くんはそんなアイドル活動に勤しむ『俺』に恐る恐る話しかけた。
ただ話しかけたかっただけで、何を話したいか全然決めていなかったから、口から飛び出したのは突拍子もない言葉だった。

「あ、あの、僕...どうすればいいかな...?」

要領を得ない具体性のない質問に、みるく♡めぽわ〜るは盛大に顔を顰めてこう言った。

「いや、知らんペポ。自分で決めるが良いめろ。」

すげなくそう言われて、そういえば自分って何をしたいか自分で考えて、自分で決めることが無かったことにふと気付いた。
今までやってきた事は、全部ぜんぶ他人からそうしろって言われたことばかり。

僕は、何をしたいんだろう。

みるく♡めぽわ〜るは答えを待つようにジッとこちらを見つめたまま何も言わずに動かない。

なんだかそれに、無性に安心した。

答えはシンプルで良いのかもしれない。
じゃあ、今の僕は...

「...じゃあ、僕は、君を見ていたい、かもしれない。」

ポツリと心からの答えを口にした。
言ってしまってから気持ち悪い言葉だったかも、とかこんなに気になる人に心底軽蔑された目で見つめられたら、とか後悔が頭の中を駆け巡って、手足の末端から血の気が引いた。

怖かったけれど、恐る恐る顔を上げると、
みるく♡めぽわ〜るは「ファン一号めぅな!」と嬉しそうに笑った。

それを見て、何か肩の荷がドッと降りた心地がして。
気付いたら涙がボロボロ流れていた。

「だ、大丈夫めうか!?」

慌てたようにそう言って背中をさする手は思いのほか優しくて、さらに涙が止まらなくなった。
みるく♡めぽわ〜るはその間ずっと背中をさすってくれたらしい。

「それから、家に帰ってからご飯を食べたら味がして美味しかった。ずっと読むことができなかった小説を読んだらちゃんと内容が頭に入ってきてとっても面白くて、翌朝は1人で学校へ行く準備ができた。
それがすごく嬉しかったんだ。」

...どうしたって、わかってしまった。
だからか。彼が、みるく♡めぽわ〜るなんていう狂人を、こんなにも愛してくれていたのは。

「だから、僕がみるちゃんを1番のアイドルにするためにがんばろうって思えた。
僕がすごい人になれれば、みるちゃんを名実ともに宇宙で1番のアイドルにできるから。
それに、みるちゃんが僕を忘れたって、みるちゃんは変わってなかったよ。
僕のこと忘れてたのに、また背中をさすってくれたでしょう。」

そう言って光くんが片手をこちらに延ばし、俺の手を握ろうとして、やめる。
俺はその手を取り、その冷たくなった手に俺の熱を分け与えるように、両手で包み込んだ。
光くんの顔がくしゃりと歪む。

「でもね、忘れる前のみるちゃんは、僕の名前、呼んだこと無かったんだよ...」

「え?」

きらきらした色素の薄い緑色の目から涙を零して、光くんは言う。

「ずっと『ファン一号』って呼んでくれてたの。
それが幸せだったはずなのに...ごめん、でも僕、うれしいんだ。
名前で呼んでもらえて、友達みたいにいっしょに遊べて...本当にうれしかった。」

「...うん。」

光くんの手は震えていた。
俺は勇気づけるように、痛くならないようにその手を強く握る。

「ごめんね...前の僕なら、こんなこと思わなかったのに、気持ち悪いよね。
こんなの、とっくにファンとしてのラインを超えてるもの...」

光くんは頭を前へと凭れさせて、そこへ寄せた俺の両手が彼の額に触れる。
そうやって祈るように、息を小さく吸って、吐いて、彼は言葉を続けた。

「本当はね、俺だけのアイドルでいて欲しい。
...ライブの準備してる間、ずっと楽しかった。
はやくライブが見たいはずなのに、あの日が永遠に続けばいいのにって、ずっと思ってた...
だから、あんなことがあってもちょうどいいと思ったんだ。終わらせるべきだから、ただのファンに戻るべきだから、離れた方が良いって思った。」

俺の手に彼は額を柔らかく擦りつけた。
彼の細い前髪が手の肌の上を滑って、少しくすぐったい。

「だけど無理だった。遠くから見てるだけじゃ、もうダメなんだ。」

そう言うと、光くんはいきなりバッと顔を上げて、乞うような目で俺を見つめた。

「僕はみるちゃんの1番のファンでもあるけど、1番の友達も僕でしょ...?」
「おお、ああ、うん...」
「今まで避けてたクセしてちょ〜っとみるちゃんに優しくされた程度で今更みるちゃんを好きになった挙句みるちゃんの友達ヅラしてるやつら、すんごいムカつく...」

盛大に拗ねた顔をしてむくれる光くんに、堪えきれずに笑ってしまったのが腹筋の振動で伝わってしまったのか、さらにむくれて「ちょっとみるちゃん!」と怒りだす。
その声にすら好意という甘さが混ざってダダ漏れだった。
変わらない厄介オタク仕草すら、今は愛おしい。

こんなに誰かに必要とされたのは初めてだ。
俺の人生なんて、高校生になるまでずっとありきたりで平凡な人生だったから。

現実には、どうしたってやらなくてはならないことがあって、役割を果たさなくちゃならない時が幾度となくある。
課題は常に目の前に積み上げられ続ける。
じゃあ、それに対して自分が絶望的なまでに能力が足りなかったら?
できたとしても、やっていくうちに心がすり減って嫌になってしまったら?
それでも目の前にある山積みの課題が無くなることは無い。
だから、根拠なんて無くていいから、今この時だけでいいから、笑って『大丈夫』って誰かに言って欲しかったんだ。
俺たちは、そんな願いの根っこの部分が似ていたのかもしれない。