黒鳥のオディール

 王妃は「まったく……」と呆れるように溜め息を吐きます。

「近々、あなたの成人を祝う舞踏会を催します。ジーク、そこで必ず、この国にふさわしい妃を選びなさい」

 ジークは、自身の身の方向が、周りに固められ、勧められていることに、慌てました。

 戸惑いながらも、少しばかりの抵抗を見せていました。

「……ですが母上」

 それでも母親は、背筋を伸ばし『キッパリ』と、言い放ちます。

「いいですね。これは決まりです」

 拒絶を許さぬその声に、ジークは再び目蓋を伏せるしかありませんでした。

 すると王妃は、ふと息子の乱れた装束に目を留め、忌々しげに付け加えます。

「あら……上着のボタンが一つ、失われているではありませんか。王家の者として、なんとも見苦しい」

 王妃はすぐさま傍らの従者へ、氷のような声を飛ばします。

「ジークの上着を仕立て直すよう、針子たちに伝えなさい。二度とこのような粗相がないように」

 ジークは、ボタンが失われた胸元にそっと指を這わせました。
 そこにあるはずの重みが消えた跡に、言いようのない寂しさが募ります。

 望まぬ結婚への重圧を逃れようと森へ向かったのに、結局は気分転換どころか、大切なボタンまで失くしてしまったからです。

 そんな些細な不運の積み重ねが、今の彼には「自分の人生のすべてがうまくいかない」という大きな絶望のように感じられ、ただ静かに、深い悲しみに沈んでいくのでした。

(せめて……あのボタンだけでも探し出せたら)

 明日、日が暮れないうちに、もう一度あの森を訪れてみよう。ジークはそう心に決め、乱れた気持ちを静かに整えようとするのでした。