黒鳥のオディール

 ――その光景を目にしたオディールは、心臓を素手で掴まれたような激しい衝撃を受け、たまらずその場から逃げ出してしまいます。

 耳に届くことのないふたりのささやきが、かえってその睦まじさを際立たせ、彼女の胸を言いようのない不安で強く締めつけるのでした。

 握りしめた銀のボタンは、今や嫉妬という名の火に焼かれ、手のひらを焦がす熱い石と化していました。

 やがて日が落ち、森に漆黒の世界が訪れると、月明かりも届かぬ深い闇の中で彼女にできたのは、ただ震える体でオニキスを抱きしめることだけでした。

 抑えきれない不安が胸からあふれ出すと、彼女は朦朧としたまま立ち上がり、身を捩らせます。 

 それは次第に理性を捨て去り、狂おしいほどに乱れた舞いへと変わっていきました。

 地面を叩きつけるような、激しいポアントのステップ。
 足先の痛みを感じる暇もなく、呼吸すら忘れて激しく舞い踊ります。

 まわりの深い霧を振り払おうとするかのように、何度も、何度も、闇の中でフェッテを繰り返すオディール。

 回転を重ねるたび、彼女の美しい褐色の肌からは銀色の汗が飛び散り、まるで夜の湖面に広がる波紋のように、冷たい孤独が森の奥へと広がっていくのでした。

「……なぜ。どうして私は、あの方の隣に立てないの?」

 踊り疲れてその場に膝をついた彼女は、荒い呼吸を繰り返しながら、あの白鳥へ注がれていたジークの優しい瞳を思い出していました。

 悲しみの底でふと顔を上げると、そこには冷ややかな眼差しで彼女を見下ろす、魔王ロートバルトの姿があったのです。