親方は見た目こそコワモテの頑固職人だが、家庭では優しい父親だ。そして何より、十五の時に孤児院で身寄りもなく燻っていた俺を拾い上げ、職人に育ててくれた一番の命の恩人だった。
聞けば、親方は若くして死んだ俺の親父の、昔の職場の同僚だったらしい。
施設で身寄りもなく荒れていた俺の噂を聞きつけ、わざわざ引き取りに来てくれたのだ。
親父との昔の縁があったとはいえ、見ず知らずのガキを一人前に育てるのがどれだけ大変か。
俺は親方に報いるためにも、一秒でも早く自分の手で一人前になって稼ぎたい。
「よし、次、持ってこい!」
「うすっ!」
俺は汗を拭うと、再び一階へ駆け下りていった。
そこで、ばったり制服姿の一樹と鉢合わせた。
「……あ」
「あ、おはよう……ございます」
一樹は分かりやすく肩を跳ね上げた後、蚊の鳴くような声で挨拶してきた。
「そんなに俺が怖いか?」
気まずそうに視線を逸らされ、思わず顔をしかめた。
一樹はいつもこうだ。俺を見たくないらしい。
もっと俺のことも見てくれねぇかな。
俺はいつも、お前のことを見てるのに。
面白くない俺は、横に回り込んで顔を覗き込んだ。
「命の恩人である俺に、その態度はねぇんじゃねーの?」
「た、たしかに……」
たかがぬいぐるみひとつ取ってやっただけだろ、と内心突っ込む。
だが、間近で見つめた一樹の顔は以前よりシャープに削げ、透き通るような白肌にうっすらと黒い隈が浮き出ていた。
(なんだこいつ、勉強しすぎじゃね?)
もしくは、あの仮面を被った獣の悪影響か?
ボロボロになりながら強がっている姿が無性に引っかかった。
苛立ちと心配が混ざり、俺は思わずその華奢な肩に腕を回し、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
「ちょ、マジで触んな」
「お、ようやく本性見せたじゃん」
一樹は小さく縮こまりながら、きっと睨んでくる。
あんな男に一途だったり、命を削るように勉強したりしている姿は漢そのものなのに、俺の前じゃこんなにビビり。
「す、すいませんけど、マジでガラが悪いから怖いです! てか、気になってたんですけど、いつもいつも俺に構いすぎじゃないですかっ!」
その言葉に、胸の奥がどきりと跳ねた。
「構いすぎ……だな。うん。それは間違いねぇ」
「でしょう!」
自分でも気づいていたが、本人に言われると心にクる。
(ああそうだよ。俺はお前に会えば話しかけたいし、俺をしっかり認識させたい)
アンバランスな性格と、見た目と。変に一生懸命で放っておけない危うさを持った愛すべきバカ。
なんであんな浮気性の男が独占してんだよ。どう考えたっておかしいだろ。
「おいっ、ごらぁ隆太! 早く動けっつってんだよ!」
上からの怒号にはっと我に返った。俺は夢中になると、周りが見えなくなるタチだから。
「……お前の彼氏さ、浮気してんぞ」
「え?」
「女と一緒にいた。あいつは、クロだろうな」
俺はポケットに忍ばせていたスマホを開き、写真を見せてやる。
「う、うそだ……」
「じゃあ、拡大してやるよ」
指で操作して見せてやると、はっきりクソチビの顔を認識し、分かりやすくショックを受ける一樹が、可哀そうだった。
でも同時に、ようやくツーショットを見なくて済むことに安堵する。
ずっと心に沈殿していた泥が、流れ出すような感覚があった。
「じゃ、俺行くわ。お前……顔色悪すぎだから、勉強ほどほどにしとけよ。なんかあったら、俺を呼べ」
俺はそう言い残し、親方のもとへ走った。
住む世界が違う。今までのダチにもいなかったタイプ。
普通なら交わるはずもない。
だが気づけば、頼まれてもいないのに、仕事の合間にあいつの部屋を覗き、行動パターンまで把握しようとしている自分がいる。
「おい隆太! なに手ぇ止めてんだ、釘打ち終わらせろ!」
親方の声に我に返り、俺は手にしていた金づちを力強く振り下ろした。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!と大きな音を立て、合板へ五寸釘がめり込んでいく。
身体を動かしていても、頭の中はあいつのことでいっぱいだ。
(あぁ、悔しい……俺もあいつの頭ン中、独占してみてぇな)
クソチビが、ただの幼馴染だってだけで、愛されてるのが、腹が立つ。
こんなに一樹のこと理解できるの、きっと俺だけだろうな。
今は見えないお前の孤独も、お前の幸せも、全部まるごときっと理解できる。
つうか、理解してみるし、受け止めてやる。
お前の全部を、見てみたい。


