偏差値70だけど、この恋むずすぎ。

 俺には見えないが、あいつには見えてる世界が、そこには存在していた。
 さすが、名門校の高校生は、身を削って高みを目指しているのだ。
 しかもあいつは、国内最難関の国立大学を目指しているらしい。
 単純に、普通の男が成し得ないことを、あの年齢でやっている姿が、かっこよくて仕方なかった。
 コーラに刺さったストローを、一気に吸い込む。
 ズゴゴゴ、と鈍い音を立てて、俺の神経を逆なでした。
(それに引き換え俺は、生きることで精いっぱい)
 進学なんて、夢のまた夢だ。

 何気なく周りに視線を投げた、そのときだった。
 ポテトとハンバーガーの注文が終わったカップルが、トレーを手にこちらに向かって歩いてくる。なぜか、吸い寄せられるように釘付けになった。

「瑠香ちゃん、この辺にしようか」
「うん、朔君そうしよう」

 皺ひとつない、綺麗なブレザーの制服。 その上品な制服にも引けを取らないような、育ちの良さを窺わせる端正な顔立ちと、やわらかな質感の茶髪。

(……あ、やっぱり)

 一瞬で分かった。
 何度も見かけたあの顔。一樹が溺愛している〝恋人〟だ。
 普段からのいけすかねぇ行動から、草食系を装ったただの獣だろうと予想していたが、やっぱりそうだ。
 本当に一樹は見る目がない。
 仕方ねぇ、勉強しかしてきてねーんだから。
 隣に並んで歩くのは、上品なブレザーの制服を着た、お嬢様系の華奢な身長の低い女子だった。
 チビ男は女子に向かって、飛び切り甘い笑顔を向けて「ここ座れるよ」と椅子を引いている。
 女子も嬉しそうに頬を染め、楽し気に会話を始めたかと思いきや、テーブルの上で手を握ったり、頬にキスまでし始めた。
 どう見ても、逆上せたカップルそのものだった。

「この前より、お熱いじゃねぇか」

 俺は手に持ったコーラのカップを握りつぶしそうになりながら、遠くの席につくふたりをじっと見つめた。

「ちょ、どうしたの隆太。顔怖いって」
「ん? そうか?」

 一瞬で理解した。あのチビ男は、一樹で甘い蜜を吸いながら、女ともよろしくやってるってことだ。
 あの部屋でキスまでして恋人面しておいて。
 一樹の性格上、無理やり迫ることなんてないだろう。
 あのチビ男が一樹の気持ちを知った上で、弄んでいるのだ。
 
(楽しくなってきたな。一樹)

 脳裏に浮かんだのは、先日いっしょにちいまるをゲットしたときのあいつの姿だった。
 五千七百円もかけて必死に取った『ちいまる』のぬいぐるみを『恋人』にあげるといった。
 あの時の目のまっすぐさに、俺は何も言えなくなった。
 この事実を知ったら一樹は一体、どんな顔をするんだ。
 想像するだけで、俺の胸まで胸糞悪い苛立ちで痛んだ。あいつは、人一倍孤独なんだから。
 証拠として何枚か写真を撮ると、俺は椅子から立ち上がった。

「ちょっと、隆太? どこに……!」

 さっきまで頭が焼けるほど熱くなっていたのに、今は逆に冷え切っていた。
 視界がクリアになる。俺はあの席しか見えない。
 だが頭の中は、一樹のことしか考えてなかった。
 あいつが悲しまない方法はないかって、バカみたいな問いをしていた。
 どうしちまったんだ、俺は。なんでここまで考えてんだ。
 気づいたら席を立ち、あのクソチビの前まできていた。
 
「な、何急に……!?」

 俺の顔を見て、分かりやすく唇を震わせたクソチビ。女子のことなんて眼中にも入っていないように、後ずさってる。

「お前に一樹はもったいねぇよ。クソチビが」

「な……」

 一発かましたいくらい腹が立ったが、俺をここまで支えてくれた大勢の人を裏切りたくはない。
 拳をぶるぶると震わせていると、奈緒が走ってきてくれていた。
 限界までキレちらかしていたが、奈緒が店から強引に連れ出し、落ち着かせてくれた。
 
◆

「おーい、とっとと運べー!」
「うっす!」

 俺は努めて明るく答え、親方に頼まれた板を機敏に運んだ。
 大工の朝は早い。
 七時過ぎの準備作業に始まり、朝礼が終われば重い資材の搬入からミリ単位の下地調整まで一気にこなしていく。

 五月の下旬――まだ朝だというのに、温暖化のせいで気温は三十度を超していた。
 急な気温の上昇に、寝不足もたたって、いつもより動きが鈍い。
 誰のせいでもなく、自分が一樹の私情に首を突っ込んだだけなのに、この体調不良はすべてあのクソチビのせいだと決めつけている。

(一樹、あの尻軽と別れねぇかな……)

 たかが現場の施主の息子。住む世界も違う気弱なお坊ちゃん。
 俺はあいつがほっとけない。いつもやりすぎなくらい一生懸命だからだろう。

「おい隆太! ボヤボヤしてねぇで、次は二階の胴縁揚げな。今日中に外回り終わらせんぞ!」

 足場の上から響いたのは、親方のドスの利いた声だ。

「うす! すぐ上げます!」

 ずっしりと重い木材を肩に担ぎ、足場を軽快に駆け上がる。

(しかし、昨日はまずかったな)

 奈緒に止めてもらっていなかったら、クソチビを殴っていた可能性もある。
 そうなったとき、一番に親方に迷惑がかかる。
 それだけは避けたかった。