般若みたいな恐ろしい顔をしているときもあれば、目を輝かせて、楽しそうにしているときもある。
俺には見えていない、あいつの世界が、どこかまぶしく見えた。
詳しい話は一切聞いたことがないが、さすがの俺もちゃんとした高校にあいつが行っているのだというのは、分かる。
大学の進学を目指して、毎日あれだけ必死になっているんだろう。
(何大学を目指してるんだろ、あの坊ちゃんは……)
何気なく周りに視線を投げた、そのときだった。
ポテトとハンバーガーの注文が終わったカップルが、トレーを手にこちらに向かって歩いてくる。なぜか、吸い寄せられるように釘付けになった。
「瑠香ちゃん、この辺にしようか」
「うんッ!」
皺ひとつない、綺麗なブレザーの制服。 その上品な制服にも引けを取らないような、育ちの良さを窺わせる端正な顔立ちと、やわらかな質感の茶髪。
(……あいつ)
一瞬で分かった。
一樹の部屋の窓越しに、あいつと親しげに密着していたあの男に間違いなかった。
隣に並んで歩くのは、同じく名門校の上品な制服を着た、アイドルのような雰囲気の華奢な身長の低い女子だった。
チビの男は女の子に向かって、飛び切り甘い笑顔を向けて「ここ座れるよ」と椅子を引いている。女子も嬉しそうに頬を染め、楽し 気に会話を弾ませていた。
どう見ても、お似合いのカップルそのものだった。
(……マジかよ)
俺は手に持ったコーラのカップを握りつぶしそうになりながら、遠くの席につく二人をじっと見つめた。
「あいつ、女とデートしてんじゃねぇか」
「……え?」
奈緒が不機嫌になっていくのに気づかないまま、俺はカップルを見つめ続けた。
あの部屋での親密な雰囲気から、てっきり一樹とあの男は〝そういう〟特別な関係なのかと思っていた。
だが、現実はこれだ。
あいつには普通にこんな可愛い彼女がいて、一樹の部屋に遊びに行っていたのも、ただ『幼馴染の家』に立ち寄っていただけなのかもしれない。
脳裏に浮かんだのは、先日いっしょにちいまるをゲットしたときの一樹の姿だった。
あいつは四千七百円もかけて必死に取った『ちいまる』のぬいぐるみを『友達』にあげるといった。
俺の勘が正しければ、その友達はこのチビ男のことだろう。
(……一樹、お前……)
一樹はあいつに惚れているに違いない。短い時間だが、話したり顔を合わせたりしているので、俺もショックだった。
あのお堅くて神経質なお坊ちゃんが、この事実を知ったら一体どんな顔をするのか――。
想像するだけで、なぜか俺の胸まで胸糞悪い苛立ちで痛んだ。
「ちょっと、隆太? どこ見てんの?」
眉をひそめる俺の顔を、奈緒が不思議そうに覗き込んできてようやく我に返った。
◆
「おーい、とっとと運べー!」
「うっす!」
俺は努めて明るく答え、親方に頼まれた板を機敏に運んだ。
五月の下旬――太陽が夏に向けて、日ごとに近くなっていくのが分かる。
昨夜は、どうにも脳が興奮してなかなか寝付けなかった。
原因は、ドムドムバーガーで偶然見かけたあの男の姿だ。
一樹の部屋の窓越しに親しげにしていた男が、制服姿の女子と楽しそうにデートをしているのを目撃してしまったからだ。
(あいつ、女とデートしてんじゃねぇか……)
たかが現場の施主の息子。住む世界も違う高飛車なお坊ちゃん。
それなのに、なぜあいつのことばかり考えてしまうのか――自分でも不気味だった。
大工の朝は早い。
七時過ぎの準備作業に始まり、朝礼が終われば重い資材の搬入からミリ単位の下地調整まで一気にこなしていく。
「おい隆太! ボヤボヤしてねぇで、次は二階の胴縁揚げな。今日中に外回り終わらせんぞ!」
足場の上から響いたのは、親方のドスの利いた声だ。
「うす! すぐ上げます!」
ずっしりと重い木材を肩に担ぎ、足場を軽快に駆け上がる。
親方は見た目こそコワモテの頑固職人だが、家庭では優しい父親だ。そして何より、十五の時に孤児院で身寄りもなく燻っていた俺を拾い上げ、職人に育ててくれた一番の命の恩人だった。
聞けば、親方は若くして死んだ俺の親父の、昔の職場の同僚だったらしい。
施設で身寄りもなく荒れていた俺の噂を聞きつけ、わざわざ引き取りに来てくれたのだ。
親父との昔の縁があったとはいえ、見ず知らずのガキを一人前に育てるのがどれだけ大変か。俺は親方に報いるためにも、一秒でも早く自分の手で一人前になって稼ぎたかった。
「よし、次、持ってこい!」
「うすっ!」
俺は汗を拭うと、再び一階へ駆け下りていった。
そこで、ばったり制服姿の一樹と鉢合わせた。
「……あ」


