偏差値70のイレギュラーな恋


「てか、ちいまるって面白いの?」

 急に話が全く変わり、俺はほっとした。
 これ以上の追及は辞めてくれたようだ。

「だってさ、世間ではやたらめったら『ちいまる』推してんじゃん。ぱっと見地味じゃん、よさが全く分かんなくて」
「……ちいまるは、ただの可愛い子供騙しのアニメじゃないんですよ」
「え?」

 俺はちいまるの物語の深さを端的に、分かりやすく若月に伝えた。
 実はちいまるはその見た目の可愛さに反して、意外とシビアな内容なのだ。
 作中では可愛いキャラクターがたくさん登場する。
 
 彼らは最高のお昼寝をするために、毎日森で『ふわふわの落ち葉』を必死に集めて自分の家を作る、という生活を送っているのだが、必ず物語の最後に風が一吹きし、すべてが吹き飛ぶんでしまう。

泣きながら何度も作り直して、仲間と身を寄せ合って風に耐える。

「……あの理不尽さと、健気さのギャップこそが、ちいまるの真骨頂なんです!」

 はぁはぁと息を切らし熱弁し終えると、目を丸くして聞いていた若月がぷっと噴き出した。

「な、なんですか」
「意外としゃべんだな、と思って」

 そのあとゲラゲラと下品な悪い声を上げた若月につられて、ヤンキーたちも次々と笑いだして無性に腹が立った。

「あの、俺の話ちゃんと聞いてました?」
「……ああ、もちろん。ちいまるが、可愛いだけじゃないんだろ。見てみるわ」

 お、と声を上げそうになった。
 本当か嘘かは分からないが、とりあえず視聴しようと思ってくれたのは嬉しい。

「えと、アマプラで全話配信してるので……」
「あーアマプラか! だめだわ、見れない」

 若月に速攻拒否されて、期待した分がくっと肩を落とす。

「え、なんで……アマプラなんて、スマホからでも見れますけど……」

 俺がそう言いかけると、仲間のひとりが速攻「坊ちゃん、こいつ金ないから無理だよ」と遮られた。

(ど、どういうこと……?)

 茫然とする俺の前で、若月が不機嫌そうな顔で「うるせぇ!」と怒鳴っていた。

「まぁ、とりあえず見れない。坊ちゃんの部屋で見せてもらえばいっか」
「はい⁉」

 突拍子もない提案に、俺は所かまわず大きな声を上げた。

「いや、ぜっったいに無理です。俺の部屋散らかってるし!」
「……じゃねぇだろ? 女といちゃこきたいから、男がいたら困るもんな」

 突然忘れかけていた〝あの事件〟をぶっこまれて、俺は思わずブッ!と噴出した。
 するとヤンキーたちも「おいおい、どういことだよ」「お前見かけによらず、やってんなー」と茶化し始めた。
 正直、表向き朔のことを“女”と胡魔化してくれたことにほっとしたが、余計なことを言われたのには違いない。

(やっぱり、必要以上に関わるべきじゃなかった)

「何、言ってるんだか。じゃあ俺、帰ります」

一気にテンションが落ちた俺が立ち上がると、すかさず腕が伸びて手首を掴まれた。

「ちょっ……」

その手の大きさと力強さにぎょっとする。
自分とは何もかもが規格外すぎて、一気に怖くなった。
俺の力では絶対に振り解けなさそうで、背筋が寒くなる。

「……わりぃ。からかいすぎた」

意外にも素直に謝った若月は、ゆっくりと手を離してくれた。だが、掴まれていた手首には、彼の熱い体温が残像のように残っている。

「ちいまる、失くすなよ。お坊ちゃん」

最後に不敵な笑みを浮かべた若月に、俺は何か返そうと思ったが、結局思いつかず、ヤンキーたちに小さく会釈だけして、逃げるようにゲームセンターを後にした。
 
「あぁ、なんかどっと疲れたな……」

 外に出ると、少し外の気温が落ち着いて、風も吹いてて気持ちいい。
 俺は若月がとってくれた、ちいまるを腕に抱いて歩き出す。
 若月という男は、やっぱり苦手だ。
 今まで苦手としていた人種ということもあるが、なんだかからかわれている気がする。――言い方がよすぎた。馬鹿にされている気がする、が正しい。
 だがただの〝やばいやつ〟じゃないというのは、たしかだろう。
 ちいまるをとってくれたのだから。

 ふと、昼頃に朔へメッセージを送っていたのを思い出す。
『自習室終わったら、ちょっと話せる?』と送ったきり、クレーンゲームに夢中で画面を見ていなかった。
 ポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。 待ち望んでいた返事は着いていた。
『返事遅くなってごめん……! 今日は友達と朝から遊びに出てて難しいや』
 画面に踊る無機質な文字を見つめながら、ハァと重いため息が漏れた。

(……友達、か)

 朔には当然、俺以外の友達だってたくさんいる。
 そんなことは頭では分かっているのに、胸の奥がキュッと強く締め付けられた。
 自分以外の誰かと笑い合い、楽しい時間を共有している朔を想像するだけで、黒い嫉妬が渦巻く。
 俺にとって朔は世界のすべてなのに、朔にとっての俺は、たくさんいる『友達』の中のひとりに過ぎないのだろうか。

(あぁ、またやってしまった)

 朔が大切なのに、彼の幸せを願えないなんて俺は友人失格だ。
 そんなやるせない想いを抱え、スマホをポケットにしまい込もうとした、その時だった。

「え……?」

 通りを挟んだ少し離れた場所に、見覚えのある姿が視界に入った。
 どき、と心臓が跳ね上がる。
 
 あのゆるい癖毛の茶髪、少し猫背ぎみな立ち姿。そしてあの可愛らしい横顔。間違いなく朔だ。

 (朔……?)

 思わず駆け寄ろうとした俺の足が、ピタリと固まった。
 朔は俺の存在にまったく気づいていない。その視線は、隣に立つ人物へ向けられていた。

 そこにいたのは肩まである黒い髪が印象的な、女の子だった。

 ここからはよく見えないが、俺らとさほど年齢は変わらない。
 朔はその女の子に向かって、俺といる時と同じ――いや、それ以上に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
時間が止まった。


 周りの騒音が、どんどん遠ざかっていく。
 女の子が嬉しそうに笑うと、朔も優しく目尻を下げる。
 さっきまで腕の中でぬくもっていた『ちいまる』を落としそうになったが、寸でのところでぎゅっと力強く握った。

(朔、好きな人がいるんだ)

 それは、俺ではない。
 直感で、そう思った。
 俺は朔に見つからないように踵を返し、人混みの中へと姿を消した。
 誰にも、見つかりたくなかった。
 俺だけが男の朔を好きだって、知られたくなかった。