腕の中にすっぽりと収まる、念願の特大ちいまる。
「うわぁあああ、マジでありがとう……っ!」
急に現実感が押し寄せてきた俺は、目に涙を溜めて巨人に深々と礼を言った。
百円のクレーンゲーム、挑戦すること五十七回。ドブに捨てた金額、計五千七百円。
高校生の懐にはあまりにも痛すぎる出費。
もしこのまま取れずに手ぶらで帰っていたら、メンタルがマジで終わっていた。
あれほど苦手意識を感じて避けまくっていた目の前の巨人が、今この瞬間だけは後光の差す神様に見えた。
「んじゃ、行くわ」
巨人はひらひらと片手を挙げると、特に見返りを求める風でもなく、さっさとゲーセンの出口の方へ歩いていく。
仲間たちも何故か一仕事終えたような晴れやかな顔で、「マジ疲れたわー!」「くらったわー」と訳の分からないことを口々に言いながらゾロゾロと後に続いていく。
(え、なんか申し訳ない……っ!)
見知らぬヤンキーたちまで巻き込んで応援させておいて、このままタダで帰すわけにはいかない。何より、あの巨人に借りを作ったままなのが悔しい。
「あ、あのっ……待ってください!」
俺は慌てて足を踏み出し、遠ざかる大きな背中に向かって声を張り上げた。
ピタリと足を止めた巨人が、めんどうくさそうにひょいと首だけを振り返る。
「ん?」
「あ、あの……お礼、させてください! さっきのお金も払うし……その……!」
巨人はフッと口角を上げると、「金はいらねぇよ。お坊ちゃんの小遣い巻き上げる趣味はねぇから」と素っ気なく手を振った。
その不敵な余裕がまた悔しくて、俺はちいまるをぎゅっと抱きしめ直すと、ゲーセンの目と鼻の先にあるクレープ屋を指差した。
「じゃあ……とりあえず、クレープでいいですか?」
「……は?」
予想外の提案に、巨人がポカンと間抜けな顔をしたのを見て、俺はぎこちなく笑った。
◆
(金はあるんだよ。金は……!)
父親に支給されている家族カードなのだが、色はブラックだ。
ちなみに現金は千円もない。ちいまるで擦ったからだ。
とりあえず三人をクレープ屋の前に連れてゆき「好きなものをどうぞ」と伝えると、ヤンキーたちは目を輝かせ「えっ、マジ!」と興奮していた。顔に似合わず、甘々のキャラメルアイススペシャルクレープを注文していたのには笑った。
巨人――もとい、若月隆太と呼ばれる男は、シンプルな苺ホイップクリームクレープを選んだ。その屈強な体に似合わない可愛いチョイスをするのだな、少しだけ微笑ましく思った。
「大事にしろよ」
クレープを受け取った若月が、俺の腕の中にすっぽり収まっているスイカ頭のちいまるを顎でしゃくる。
「……あ、これ……友達にあげます」
「はぁああ⁉」
若月が大声であきれ果てた声をあげた。隣にいたヤンキーたちまで「えっ、あんなに五千七百円もかけたのにバカじゃね?」と目を丸くしている。
「俺はお前のために取ってやったんだよ。誰にもやんなよ」
不機嫌そうに落とされたその言葉に、ドキッと胸が跳ね上がった。
たしかに俺と顔見知りだったから、若月は友達と遊ぶ時間を中断してまで時間を割いてくれたのだ。
シンプルに、その厚意が嬉しかった。同時に、胸の奥から苦い罪悪感がこみ上げる。
「取ってくれたことには、めちゃくちゃ……感謝してます。俺も大好きだし……! 自分用に欲しい気持ちは山々なんですけど……でも、友達の方がちいまる、大好きだから。プレゼントして驚かせたくて。今回ばかりは、マジですみません……!」
自分でも引くくらい必死に弁明していた。自分が持つよりも、朔の弾けた笑顔が見たい。朔が喜んでくれるなら、俺の欲しいという欲望なんてどうでもよかった。
じっとその話を聞いていた若月は、急にフッと口角を上げると、こそっと耳打ちしてくる。
「ああ、分かった。あげたいやつって、あのときの男?」
「……っ⁉」
「てかお前ら、どういう関係なの?」
一瞬で血の気が引いた。
(やっぱ、見られてた)
もうほとんど諦めてはいたのだが、少しでも〝見られていない〟可能性にかけたかった。
何より……俺の重すぎる朔への想いまで全部気づかれているような気がして、額に汗が滲んだ。
どうしよう。上手く反応できない。
『ただの幼馴染です』って言えばいい? それとも『恋人なんです』って堂々と開き直ってみる? 俺にそんな勇気ある?
「別にいいんじゃね、俺、そういうの偏見ないし」
「へ?」
頭の中が真っ白になり、パニックでフリーズする俺を前にして、だが若月はわずかに口角をあげた。
「お前の恋人、喜んでくれるといいな」
「……っ!」
(まじかよ……馬鹿にされると思ったのに)
まさか、この男にそんな言葉をかけてもらえるなんて夢にも思ってもみなかった。
自分の最も秘密にしていた〝ゲイ(だと思う)〟が初めて他人に知られてしまった。
心臓もバクバクしてるし、指も震えている。
でも、この男は否定しなかった。むしろ優しく、朔との関係を理解してくれたのだ。
「ありがとう。若月さん……」


