交通系ICカードに五千円ほどの残金が残っているのを確認した俺は、さっそくちいまるゲットにトライすることに決めた。
正直、クレーンゲームは苦手だ。
だが、こんなに可愛いちいまるを前にして諦めるわけにはいかない。
(もしとれたら朔にあげよう!)
自分のためにとろうと思っていたぬいぐるみだったが、好きな人も好きなのだ。喜んだ顔が見たい。
密かにそう思いながら、俺はICカードをモニターにかざした。
あれから四十分後――。
「ねぇ、ママー! おにいちゃん、またとれなかったよぉ」
「しぃ!」
トライ、十回目あたりから俺の周りをうろついている家族連れの声に、さらに冷や汗が噴き出る。
(やばい。残高あと300円……)
ICカードにたっぷり入っていたお金が、あれよあれよとクレーンゲームの機械に吸い込まれてしまった。
ちいまるは、あともう少しのところでいつもアームからすり抜けてしまう。
何度も、店員に御情けでとりやすい位置に移動してもらったのに、よっぽどセンスがないのか、すべてミスった。
もう気持ちの余裕も、金の余裕もない。
もうここまできたら、ICの残高分はチャレンジすると決め、ICカードをモニターにかざそうとしたときだった。
「おーい、まだやってんのー?」
突然すぐ後ろから聞こえてきた声に、びくぅっと肩が跳ね上がった。
この声、どこかで聞いたことがある。
「百瀬さんですよねー? いつもお世話になってます」
「ひゃいっ……⁉」
突然背後から降ってきた低い声に、マヌケな悲鳴が漏れた。 慌てて振り返ると、そこには作業着の胸元を少し肌けさせた巨人の姿――若月が立っていた。
しかも最悪なことに、彼の後ろにはいかにもガラの悪そうな男たちが二、三人引き連れられている。
浅黒い肌に金髪、タトゥーのチラつく首筋。完全に夜の繁華街のヤンキー集団だ。
「うわ、お兄さんなにやってんの? ちいまる?」
「ちいまる欲しー! てかアンタ誰?」
下品なニヤニヤ顔で俺を品定めするように覗き込んでくる男たち。
一瞬で背中に嫌な汗が吹き出した。治安が悪い。怖すぎる。逃げたい。
「うるせぇな、静かにしろ。うちの施主様のお坊ちゃんだよ」
若月は後ろの男たちをシーッと片手であしらうと、すっと俺と仲間たちの間に割り込むように立ち、背中でヤンキーたちの視線を遮っ
てくれた。
大柄な背中が目の前を覆い、ふわりと木材と微かな汗の匂いが鼻腔をくすぐる。
「だいぶ熱くなってんなぁ。俺らがここに来た時からやってたよな?」
いや、知らねぇよ!と、心の中で突っ込む。
巨人は少し前から俺を認識していたようだ。
覗き込むように顔を近づけてきた巨人に、俺は思わず後ずさる。
この男の瞳には、明らかな面白がりと、どこか大人の余裕が浮かんでいた。
「こんなん簡単じゃん。貸してみ?」
そう言った巨人は、俺が握りしめていた操作レバーを横からひょいっと奪い取った。
巨人はポケットから百円玉を取り出すと、迷いのない手つきで投入口へ滑り込ませた。ちゃりん、と硬質な音が響き、クレーンゲームのBGMが切り替わる。
(おいおい……少し右寄りすぎない……!?)
横で息を殺して見つめる俺の心臓は破裂しそうだった。アームの降下位置が、ちいまるの重心からわずかに右へズレているように見えたのだ。
せっかくの百円が無駄になる――そう焦りかけた瞬間、ウィーンと音を立ててアームが下りた。
爪が狙ったのは、ちいまるの丸い胴体ではなく、頭に乗った大きなスイカのフチと、タグのわずかな隙間だった。
ガシッ、と爪がピンポイントで引っかかり、テコの原理でちいまるの巨体が斜めに跳ね上がる。
そのままアームが持ち上がり、ズザザッと音を立てて、ちいまるが出口の真上へ大幅に引き寄せられた。
(うそ……っ! めっちゃ良い位置……!!)
「おー! いいじゃん、いいじゃん♪」
「マジかよ、一発で出口まで持ってったぞ!」
俺と一緒に食い入るように見ていたヤンキーたちも、一気にテンションが上がった様子でクレーンゲームの周りを囲んだ。
金髪にタトゥー、強面の男たちが、スイカをかぶった白いぬいぐるみを囲んで「行け行け!」「あと一押しだ!」と目を輝かせて盛り上がっている。
(……あれ? こいつら、見た目はめちゃくちゃ怖くて治安悪いけど……もしかして意外といい奴らなのか……?)
あまりのギャップに俺が呆然としている間にも、巨人は得意げな笑みを浮かべ、二枚目の百円玉を投じた。
迷いのない操作でアームを走らせ、今度はちいまるの頭を上からちょんと優しく押す。
ゴトンッ!
重たい音とともに、ちいまるが取り出し口へと転がり落ちた。
「よっしゃあああ! 取れた取れた!!」
「すげぇな隆太! 百戦錬磨かよ!」
「さすがセ☆クスマスター」
(はい?)
聞き捨てならない単語が聴こえ一瞬、ぎょっとしたが、ヤンキーがハイタッチしてきたので、とりあえず聞き流すことにした。


