診断は、頭蓋骨骨折と、急性くも膜下出血。
死ぬか生きるかの橋を繋いでくれた、間違いなく『命の恩人』。
その後も、定期検査で顔を合わせる仲だった。
そんなある日、彼女から持ち掛けられたのが――『自宅の外壁工事と、一樹の監視と男と別れさせる』だった。
命の恩人が泣いて頼んできたんだから、断る理由はねぇ。
だが同時に、俺の素行の悪さや見た目の派手さを利用して、一樹をビビらそうとするのは、ある意味、ものすごく最悪な考えを持っているな、と思った。
少なからず、信用もしてくれていたとは思うが――。
だが、彼女が一樹を手元に閉じ込めたかったように、俺もまた、一樹と関わっていくうちに、鳥の籠に入れたくなってしまった。
あんなに健気で、まっすぐで、一途で、ツンデレで。秀才で、高学歴で。おまけに顔もすげぇ男前で、みんな……惚れちまうに決まってんだろ。
だから、必死だったんだ。
まぁ、なんとか、自分のものにできたんだ。
両親からも、一樹を奪い取ることができたし、安心、安心。
(一生一緒にいような、一樹)
それから二時間車を走らせ、ついに、葉山の森戸海岸までやってきた。
今日は海岸沿いで、大きなスクリーンが設置され、日本国内の駆け出しの監督の作品が上映されるイベントがあった。
毎年この時期に開催され、知名度も高いからか、すでに多くの人が集まっていた。
「ふぅ~! きっもちぃ――!」
駐車場に車を停め、外へ出る。
暑い三月の後半ということもあり、強めの生暖かい風が吹き抜けた。
Tシャツと、ふくらはぎ丈のズボン姿に着替えた一樹は、今までがちがちに制限されていた体を存分に伸ばしている。
そんな奴を横目で見つつ、俺は途中で買ってきたキンキンに冷えたハイネケンの瓶を二本手にして、砂浜を歩き出した。
「ほら、一樹。座るぞ」
「おっけ、もうちょい、海の近く行こうよ」
一樹は無邪気に笑うと、俺の腕をぐいっと強引につかんで、歩き出す。
「分かった、分かった。はしゃぐな」
「だってさぁ、隆太とまた来れて嬉しいし。お前最近、俺をほっときすぎ」
「ごめん、ごめん」
――そうだな。
もう何回も一緒にここに来てるけど、俺が仕事で忙しかったから少し久しぶりになっちまったもんな。
寂しい思いをさせてしまったのは事実なので、胸が痛んだ。
だがここ最近、仕事だけが、忙しかったんじゃない。
「この辺にするか。……じゃあ、乾杯!」
「卒業おめでとう、一樹」
カチン、と爽やかな音を立てて緑の瓶同士が重なる。
一樹が決めた波打ち際から少し離れた砂浜に、ふたりで腰を下ろし、風に揺れるスクリーンからの光を、ぼんやりと眺める。
「きれぇだなぁ~……早く映画始まんねぇかな」
ぐびぐびとビールを勢いよく呷った一樹が、ぷはぁと息を吐いて呟いた。
よく見たらこいつ、すでに顔赤いな。
(もしかして、学校でこっそり飲んだのでは……?)
疑惑の目を向けるが、今は、喧嘩はよそう。
待ちに待った、大事な、大事な……発表があるんだ。
「――一樹ちゃん」
「んぅ?」
もうすでに酔っ払いの一樹が、間抜けな顔でこちらを振り返る。
ああ、目がとろんとして、白目が充血してて、顔もピンクで。
そんなまぬけな顔も、可愛すぎる。
酒飲んで甘えん坊全開の一樹も、すげぇメロいんだよな。
あーあ、ここで抱きてぇ――なんて、最低な雑念が浮かぶが、必死で追い払う。
「これを見ろ!」
「はッ!」
俺はポケットに隠し持っていた四つ折りの紙を一樹の顔の前に、ばばーん、と広げて見せた。
【東京大学大学院 経済学研究科 合格通知書:若月隆太】
と、太字でしっかり印字されている。
一樹は、がばっと身を乗り出して、俺から通知書を奪い取った。
「ままま、マジで⁉ お前、大学院に入んの?」
「あぁ、入る。ようやくお前と学生生活を送れそうだ」
「っしゃあ!」
一樹は人目もはばから叫ぶと、俺をその勢いのまま砂浜に押し倒した。
砂が飛び散ってお互いに汚れたが、そっと唇を合わせた。
「お前、マジで最高。大好き」
「俺もだ。あーあ……これで悪い虫に関しては、少しは安心だな……」
「なんのことだ?」
「なんでもねぇよ」
俺は上体を起こし、上に乗ったままの一樹の頬を掴む。
柔らかい唇を食んだ瞬間、映画の上映の光が辺りを照らす。
俺たちの新しいラブストーリーは、またこの瞬間から、始まっていく――。
END.
死ぬか生きるかの橋を繋いでくれた、間違いなく『命の恩人』。
その後も、定期検査で顔を合わせる仲だった。
そんなある日、彼女から持ち掛けられたのが――『自宅の外壁工事と、一樹の監視と男と別れさせる』だった。
命の恩人が泣いて頼んできたんだから、断る理由はねぇ。
だが同時に、俺の素行の悪さや見た目の派手さを利用して、一樹をビビらそうとするのは、ある意味、ものすごく最悪な考えを持っているな、と思った。
少なからず、信用もしてくれていたとは思うが――。
だが、彼女が一樹を手元に閉じ込めたかったように、俺もまた、一樹と関わっていくうちに、鳥の籠に入れたくなってしまった。
あんなに健気で、まっすぐで、一途で、ツンデレで。秀才で、高学歴で。おまけに顔もすげぇ男前で、みんな……惚れちまうに決まってんだろ。
だから、必死だったんだ。
まぁ、なんとか、自分のものにできたんだ。
両親からも、一樹を奪い取ることができたし、安心、安心。
(一生一緒にいような、一樹)
それから二時間車を走らせ、ついに、葉山の森戸海岸までやってきた。
今日は海岸沿いで、大きなスクリーンが設置され、日本国内の駆け出しの監督の作品が上映されるイベントがあった。
毎年この時期に開催され、知名度も高いからか、すでに多くの人が集まっていた。
「ふぅ~! きっもちぃ――!」
駐車場に車を停め、外へ出る。
暑い三月の後半ということもあり、強めの生暖かい風が吹き抜けた。
Tシャツと、ふくらはぎ丈のズボン姿に着替えた一樹は、今までがちがちに制限されていた体を存分に伸ばしている。
そんな奴を横目で見つつ、俺は途中で買ってきたキンキンに冷えたハイネケンの瓶を二本手にして、砂浜を歩き出した。
「ほら、一樹。座るぞ」
「おっけ、もうちょい、海の近く行こうよ」
一樹は無邪気に笑うと、俺の腕をぐいっと強引につかんで、歩き出す。
「分かった、分かった。はしゃぐな」
「だってさぁ、隆太とまた来れて嬉しいし。お前最近、俺をほっときすぎ」
「ごめん、ごめん」
――そうだな。
もう何回も一緒にここに来てるけど、俺が仕事で忙しかったから少し久しぶりになっちまったもんな。
寂しい思いをさせてしまったのは事実なので、胸が痛んだ。
だがここ最近、仕事だけが、忙しかったんじゃない。
「この辺にするか。……じゃあ、乾杯!」
「卒業おめでとう、一樹」
カチン、と爽やかな音を立てて緑の瓶同士が重なる。
一樹が決めた波打ち際から少し離れた砂浜に、ふたりで腰を下ろし、風に揺れるスクリーンからの光を、ぼんやりと眺める。
「きれぇだなぁ~……早く映画始まんねぇかな」
ぐびぐびとビールを勢いよく呷った一樹が、ぷはぁと息を吐いて呟いた。
よく見たらこいつ、すでに顔赤いな。
(もしかして、学校でこっそり飲んだのでは……?)
疑惑の目を向けるが、今は、喧嘩はよそう。
待ちに待った、大事な、大事な……発表があるんだ。
「――一樹ちゃん」
「んぅ?」
もうすでに酔っ払いの一樹が、間抜けな顔でこちらを振り返る。
ああ、目がとろんとして、白目が充血してて、顔もピンクで。
そんなまぬけな顔も、可愛すぎる。
酒飲んで甘えん坊全開の一樹も、すげぇメロいんだよな。
あーあ、ここで抱きてぇ――なんて、最低な雑念が浮かぶが、必死で追い払う。
「これを見ろ!」
「はッ!」
俺はポケットに隠し持っていた四つ折りの紙を一樹の顔の前に、ばばーん、と広げて見せた。
【東京大学大学院 経済学研究科 合格通知書:若月隆太】
と、太字でしっかり印字されている。
一樹は、がばっと身を乗り出して、俺から通知書を奪い取った。
「ままま、マジで⁉ お前、大学院に入んの?」
「あぁ、入る。ようやくお前と学生生活を送れそうだ」
「っしゃあ!」
一樹は人目もはばから叫ぶと、俺をその勢いのまま砂浜に押し倒した。
砂が飛び散ってお互いに汚れたが、そっと唇を合わせた。
「お前、マジで最高。大好き」
「俺もだ。あーあ……これで悪い虫に関しては、少しは安心だな……」
「なんのことだ?」
「なんでもねぇよ」
俺は上体を起こし、上に乗ったままの一樹の頬を掴む。
柔らかい唇を食んだ瞬間、映画の上映の光が辺りを照らす。
俺たちの新しいラブストーリーは、またこの瞬間から、始まっていく――。
END.


