偏差値70だけど、この恋むずすぎ。


 真っ暗な闇の中に、俺はちいまると一緒に堕ちて行った。
 どれだけその暗い場所にいたか、分からない。

 少しずつ、少しずつ……視界が開いていって、クリーム色になった。
 キラキラと光の粒が視界いっぱいに輝く。

―――では、いち、にっ、さんっ、し! ごーろくっ、しち、はち♪

(ん?)

 スピーカーのような電子音から、聞き覚えのある声に、聞き覚えのあるメロディが流れている。
 俺はその瞬間、目やにがこびりついた瞼を無理指でやり広げ、むくり、と体を起こした。

「ラジオ、体操……?」

 遊具の丸い穴から、そっと外を覗く。

(やべぇ……)

 澄み切った朝日が差し込む冬の公園に、近所のおじいちゃんやおばあちゃんたちが二十人ほど集まり、一斉にラジオ体操を始めていた。

「早く荷物まとめて出ないと……!」

 浮浪者扱いされたら溜まったもんじゃない。
 焦って荷物をかき集めた、その時だった。
 参加者の最後列――首に白いタオルを巻き、大きな体をダイナミックに揺らして深呼吸している作業着姿の中年男性と、バッチリ目が合った。
 
 「「ん?」」
 
 互いに、目を丸くする。

(え? もしかして、親方?)

 夢じゃないかと、ごしごしと目を擦ってみるが、景色は何も変わらない。
 隆太の職場の、親方だ!
 すると親方は体操の手を止め、鬼の形相でこちらへ猛ダッシュしてきた。

「うわぁ!」
「おい、坊ちゃん! こんなところで何してんだ、お前!」

野太い大声が公園中に響き渡り、お年寄りたちが一斉にこちらを振り返る。
親方は俺の腕をぎゅっと掴んで「くそ……冷えてんじゃねぇかよ!」と、怒りを滲ませた顔で声を上げた。

「あ……ご、ごめんなさい……色々ありまして……」

 寒さで気道が狭くなり、全然声がでない。
身体中は氷のように冷え切り、指先を動かす感覚すらない。

「とりあえず、ここにはいさせられねぇ! 一緒に来い!」
「えっ、ちょっと!」

俺は親方に半ば無理やり腕を引かれて、大勢のギャラリーに見守られながら公園を後にした。
 
◆

「とりあえずこれ飲みな」
「あ、ありがとうございます」

 公園のすぐそばだった親方の木造一軒家に連れていかれ、俺はすぐにこたつに入れられた。
 こたつに入るのは、実は初めてだ。
 
 布団に包まれているような感覚とともに、足がしっかり暖められて顔がゆるんだ。
 そんな俺の前に、温かい湯のみを置いてくれる。

「……それで、どうしてあんなところにいたんだ。その様子じゃ、家出って感じだが……」

 速攻見破られ、思わず苦笑する。

「はい。もう許せないことがあって。家を出ることにしました」
「なんでだよ。あんないい家に住んでるのに」
「そんなこと関係ないんです。両親は俺のこと、ただの見栄を張るための道具にしか思ってないし」

 親方は難しい顔で耳を傾けてくれている。

「まぁ、お前さんにもいろいろ事情があるんだろうけどよ。親御さん心配するぞ。隆太だって……」
「っ」

 突然隆太の名前が出て、びくっと肩を揺らす。
 遅れてドクドクと心臓が激しい音を立て始めた。
 もうあいつのことは忘れると決めたのに、頭より先に体が反応してしまうらしい。

「やっぱり、隆太と何かあったんだろう。あいつもおかしいんだよ……」
「な、なんですか? あのバカもおかしいって?」
「あいつ、一昨日……急に現場の仕事、辞めちまったんだよ」
「え?」
 
 青天の霹靂で、俺は言葉を失った。
 仕事を辞めた? なんで?
 親方は目を瞑り、腕組みをして唸るような声を上げる。

「もう寮も出ちまった。理由を聞いてもまともな返答がないし、ただ『金が貯まったから』の一点張りで――」

 その言葉を聞いた瞬間、鋭い胸の痛みが走った。

(あぁ、まとまった金……俺の母親から受け取った報酬があったからか……)

 どうしてそんなに金が必要なのか分からないが、隆太は何か大きな理由があるに違いない。
 それにしても身勝手な奴だ。
 こんなに世話になった親方に急に仕事を辞めると言い出すなんて。

「でもな、俺も悪いことをしたなと思って……少し前に、あいつに金を貸してほしいって言われてたんだ」