急に、漠然とした不安が襲った。
朔に嫌われていないか。朔が他の人と楽しく過ごしているじゃないのか。
こんなに俺たちは仲がいいのに、俺は何を不安に思うんだ……と我に返って明るくなったと思えば、所詮朔にとって俺は友達のひとりにしか過ぎないのでは? と、とマイナスな思考になったりする。
どんどん自分が惨めな存在に思えた。めちゃくちゃダサい。
俺は無理やりサンドイッチを口に押し込み、家を後にした。
とりあえず、特に行きたい場所もないので、勉強することに決める。
俺の行っている塾は最寄り駅から数駅先にある。国内有数の進学塾というのもあり、生徒の数も多い。だが、西本(にしもと)という男以外友達はいない。
母屋を出て庭を歩いていると、工事現場のおっちゃんたちが近くで作業していた。
ぱっとあたりを見渡すが、巨人の姿は見当たらない。
(よかった。今日も最後まで会いませんように……!)
そう強く心で念じる。
かれこれ、家の工事が始まって数日が経過したのだが、その間あの男と一度だけ遭遇してしまったのだ。
その日――俺は学校が早く終わり、いつもより明るい時間に帰宅していた。
庭が静まり返っていたので、油断していたのだ。あの男が庭の木陰で寝ていたのに、気づかなかった。
『うわっ!』
あのアホは、長い足を思い切り伸ばしており、俺はそれにひっかかった。
顔面からすっころんだ音に、巨人は『ん?』と呑気な声を上げながら目を覚ました。
『あ……金持ちの息子……じゃなかった。坊ちゃん、ごきげんよう』
『ごきげんよう、じゃない! こんなところで寝て、危ないだろう!』
怒鳴り散らす俺を見上げ、巨人はふっと目を細めた。
『あ、どろついてますよ』
『……っ!?』
突然指が伸びてきて、俺の頬をくすぐる。
動きにつられ視線を追うと、奴の長い指には土が付着していた。
『綺麗な顔が台無しっすよ、ガキじゃないんだからドロつけてちゃだめでしょ』
『くそっ、誰のせいで……!』
カチ割れそうなくらい頭に血が昇りこのままブチ切れてやろうかとも思ったが、笑顔で再び目を閉じた男を前にして諦めた。
こいつには何言ったって駄目。だって馬鹿だから。
「おい、ちんたらしてんじゃねぇぞ!」
「しっかりしろよ!」
突然聞こえてきた職人同士の怒号に、意識が現実へと引き戻された。
(あー怖い怖い。昭和じゃないんだから、もう少し冷静に話し合って解決してくれよな)
小さくため息を吐き、足早に家の敷地内から出た。
あの〝職人〟といわれる人種に、俺は今まで出会ったことがなかった。
自分とは住む世界が違いすぎるし、乱暴な口調といい、がさつな感じといい、申し訳ないが今回限りで関わりたくないとさえ思う。
もちろん、家を綺麗にしてもらえることには感謝しているが、必要以上に話しかけられたり、視線を向けられても、上手く対応できる気がしない。
(特に、あの巨人には絶対に会いたくない)
この柄の悪い連中の中でも、あの巨人はとびぬけて存在感があるような気がする。
でかい図体に、周囲を圧するよく通る声。そして腹が立つことに、よく見ると俳優みたいに整いすぎた顔面だ。
一体、いくつなんだろう。
見た感じは若そうだが、二十歳は過ぎていそうなしっかりとした顔つきだった。
「はぁ……気が重い」
一番に俺と朔の触れ合いをあいつに見られたのが、弱みを握られたようで超ネックだ。
あの時に向けられた意味深な笑みは、思い出すだけでムカつくし、なんだか胸のあたりがザワザワする。
(関わりたくない、二度と顔を合わせたくない)
漠然とそんなことを思いながら、俺は塾へと足を向けるのだった。
◆
塾に到着し、自習室に籠もること三時間。
複雑な数式と英文の山と格闘し、すっかり集中力を使い果たした俺は、気分転換に外へ出た。
塾からほど近い場所にある繁華街のゲームセンター前を通りかかった――その時だ。
「うわ、ちいまるだ……!」
ゲーセンの一番見えやすい位置に、大人気キャラクター『ちいまる』の特大サイズ型ぬいぐるみが陳列されてる。
しかも初夏バージョンなのか、頭に大きなスイカをひっつけていて超キュートだ。
『ちいまる』とは、某絵師がSNSで発表し爆発的な人気が出たキャラクターだ。 雪だるまのような白い丸いフォルムに、大きな黒目。
そして何を考えているか分からない『得体の知れぬスマイル★』が特徴の、謎の生き物である。
そもそも俺がちいまるを好きになったのも、もともと朔が好きだったからだ。
それがいつの頃からか、あの掴みどころのない愛らしいフォルムが朔自身に見えて仕方がなくなっていた。
世間の女子高生はもちろんのこと、過酷な受験プレッシャーで荒みきった俺の心をも鷲掴みにしている。
俺の癒やし! 朔の次に大好きな存在! それが『ちいまる』だ。
交通系ICカードに五千円ほどの残金が残っているのを確認した俺は、さっそくちいまるゲットにトライすることに決めた。
正直、クレーンゲームは大の苦手だ。
だが、こんなに可愛いちいまるを前にして諦めるわけにはいかない。
朔に嫌われていないか。朔が他の人と楽しく過ごしているじゃないのか。
こんなに俺たちは仲がいいのに、俺は何を不安に思うんだ……と我に返って明るくなったと思えば、所詮朔にとって俺は友達のひとりにしか過ぎないのでは? と、とマイナスな思考になったりする。
どんどん自分が惨めな存在に思えた。めちゃくちゃダサい。
俺は無理やりサンドイッチを口に押し込み、家を後にした。
とりあえず、特に行きたい場所もないので、勉強することに決める。
俺の行っている塾は最寄り駅から数駅先にある。国内有数の進学塾というのもあり、生徒の数も多い。だが、西本(にしもと)という男以外友達はいない。
母屋を出て庭を歩いていると、工事現場のおっちゃんたちが近くで作業していた。
ぱっとあたりを見渡すが、巨人の姿は見当たらない。
(よかった。今日も最後まで会いませんように……!)
そう強く心で念じる。
かれこれ、家の工事が始まって数日が経過したのだが、その間あの男と一度だけ遭遇してしまったのだ。
その日――俺は学校が早く終わり、いつもより明るい時間に帰宅していた。
庭が静まり返っていたので、油断していたのだ。あの男が庭の木陰で寝ていたのに、気づかなかった。
『うわっ!』
あのアホは、長い足を思い切り伸ばしており、俺はそれにひっかかった。
顔面からすっころんだ音に、巨人は『ん?』と呑気な声を上げながら目を覚ました。
『あ……金持ちの息子……じゃなかった。坊ちゃん、ごきげんよう』
『ごきげんよう、じゃない! こんなところで寝て、危ないだろう!』
怒鳴り散らす俺を見上げ、巨人はふっと目を細めた。
『あ、どろついてますよ』
『……っ!?』
突然指が伸びてきて、俺の頬をくすぐる。
動きにつられ視線を追うと、奴の長い指には土が付着していた。
『綺麗な顔が台無しっすよ、ガキじゃないんだからドロつけてちゃだめでしょ』
『くそっ、誰のせいで……!』
カチ割れそうなくらい頭に血が昇りこのままブチ切れてやろうかとも思ったが、笑顔で再び目を閉じた男を前にして諦めた。
こいつには何言ったって駄目。だって馬鹿だから。
「おい、ちんたらしてんじゃねぇぞ!」
「しっかりしろよ!」
突然聞こえてきた職人同士の怒号に、意識が現実へと引き戻された。
(あー怖い怖い。昭和じゃないんだから、もう少し冷静に話し合って解決してくれよな)
小さくため息を吐き、足早に家の敷地内から出た。
あの〝職人〟といわれる人種に、俺は今まで出会ったことがなかった。
自分とは住む世界が違いすぎるし、乱暴な口調といい、がさつな感じといい、申し訳ないが今回限りで関わりたくないとさえ思う。
もちろん、家を綺麗にしてもらえることには感謝しているが、必要以上に話しかけられたり、視線を向けられても、上手く対応できる気がしない。
(特に、あの巨人には絶対に会いたくない)
この柄の悪い連中の中でも、あの巨人はとびぬけて存在感があるような気がする。
でかい図体に、周囲を圧するよく通る声。そして腹が立つことに、よく見ると俳優みたいに整いすぎた顔面だ。
一体、いくつなんだろう。
見た感じは若そうだが、二十歳は過ぎていそうなしっかりとした顔つきだった。
「はぁ……気が重い」
一番に俺と朔の触れ合いをあいつに見られたのが、弱みを握られたようで超ネックだ。
あの時に向けられた意味深な笑みは、思い出すだけでムカつくし、なんだか胸のあたりがザワザワする。
(関わりたくない、二度と顔を合わせたくない)
漠然とそんなことを思いながら、俺は塾へと足を向けるのだった。
◆
塾に到着し、自習室に籠もること三時間。
複雑な数式と英文の山と格闘し、すっかり集中力を使い果たした俺は、気分転換に外へ出た。
塾からほど近い場所にある繁華街のゲームセンター前を通りかかった――その時だ。
「うわ、ちいまるだ……!」
ゲーセンの一番見えやすい位置に、大人気キャラクター『ちいまる』の特大サイズ型ぬいぐるみが陳列されてる。
しかも初夏バージョンなのか、頭に大きなスイカをひっつけていて超キュートだ。
『ちいまる』とは、某絵師がSNSで発表し爆発的な人気が出たキャラクターだ。 雪だるまのような白い丸いフォルムに、大きな黒目。
そして何を考えているか分からない『得体の知れぬスマイル★』が特徴の、謎の生き物である。
そもそも俺がちいまるを好きになったのも、もともと朔が好きだったからだ。
それがいつの頃からか、あの掴みどころのない愛らしいフォルムが朔自身に見えて仕方がなくなっていた。
世間の女子高生はもちろんのこと、過酷な受験プレッシャーで荒みきった俺の心をも鷲掴みにしている。
俺の癒やし! 朔の次に大好きな存在! それが『ちいまる』だ。
交通系ICカードに五千円ほどの残金が残っているのを確認した俺は、さっそくちいまるゲットにトライすることに決めた。
正直、クレーンゲームは大の苦手だ。
だが、こんなに可愛いちいまるを前にして諦めるわけにはいかない。


