偏差値70だけど、この恋むずすぎ。


「……久しぶりね。今日は報酬のほかに、話したいことがあるのよ」
「なんでしょうか」

 母親の口から出た『報酬』という言葉に、息が止まりそうになる。
 隆太は、俺の母さんから金をもらっている。
 いったい、どういう理由で?

「あなた、必要以上に、一樹と会ってるでしょう。どういうつもりなの」
「どういうつもりって、百瀬先生に頼まれて会ってるだけですよ。なんですか、俺がお宅の息子さんに手を出しているとでも?」

 隆太の冷たい言葉に、くらくらした。
 俺の名前も、呼んでくれない。
 なんとなく、内容は理解した。うちの親が、隆太に〝お願い〟して、俺と一緒にいるってことは……。

(どうして、そんなことをするんだ?)

 俺のことが好きで、隆太は一緒にいてくれたのではないだろうか。

「だからって、恋人みたいにベタベタしてるじゃない。まさか……朔くんのときと、同じなんじゃないでしょうね。あなたには、朔君と引き裂いて、あの子の監視だけしてくれればいいのよ! こんな高いお金渡してるんだから、しっかりやってよ」

 (え……? 朔と引き離す? 待って)

 元々、まったく違うタイプの俺たちは、隆太が仲良くしてくれて始まった。
 俺があいつになら心が開けると、自然に思えたからだ。
 朔との別れの傷を癒してくれたのは、隆太だ。でもそれも、元々頼まれて行ったことなのか。

(いやだよ、そんなの。信じない――……)
 
 吐き気が襲った、その時だった。
 頑なに俯いていた隆太が、バンッと勢いよくテーブルを叩く。
 一斉にその場にいた客が、ふたりに視線を注いだ。

「変な探りは辞めてもらえます? 第一、俺が必要以上にお宅の息子さんに会っていたって成績は上がってるんですよ。別に、なんの迷惑もかけていない。クソチビのときとは、全然違いません?」

「そうだけど」

「――俺、時間ないんで。報酬、早く戴けますか?」

 無表情の隆太が母さんに向かって手を伸ばしたのを見て、ギリギリに保っていた心の糸が、ぷつりと切れた。

(あぁ、なるほど。こいつ、初めから金しか見えてないんだ)

 どういう経緯で母親と繋がったのか分からないが、あいつは雇われていただけで。
 ああ、そういえば。
 前に隆太のヤンキーの仲間も言っていたっけ。こいつは金がないと。
 奈緒さんだって、あいつの汚いところを知ってるっていっていたな。
 こういうことだったのか。
 金のためなら平気でうそをつき、人の心を弄ぶのも厭わない。

「……ざけんじゃねぇよ」

 自分じゃないような声を出し、気づいたら奴らがいる場所へ歩みを進めていた。

「おい、このアホ」

 自分でも驚くほど、大きな声が出た。一瞬で店内が静まり返り、隆太がぱっと顔を上げる。
 奴が俺を見て目を見開いた次の瞬間……俺はテーブルの上に置いてあったグラスを掴み、冷水を思い切り端整な顔にぶっかけた。

「……っ! 一樹、あなた何をやって――」

 母さんの悲鳴のような声を耳に入らない。
 隆太の金の髪から、水滴がポタポタとしたたり落ちる。

「お前、元々金だったのか」

隆太は俺から視線を外し、口を結ぶ。
だが――何故か口元に笑みを浮かべ、まっすぐ俺を見上げた。

「……金で何がわりいんだよ?」

「っ」

(この期に及んで何が面白い? こいつ、狂ってる)

あんなに愛おしかった瞳が、今は底なしに恐ろしい。

「二度とっ……現れんな。お前なんかっ、だいっきらいだ……」

 震える声でなんとか告げる。
 込み上げた涙は、ギリギリのところで耐えた。
 こいつのために、一滴の涙も流したくない。

「待って! 待ちなさいよ、一樹!」

 即座に荷物を抱え、テーブルに千円おいて店を出る。

(あぁ、最悪だ。どうして、あんな薄汚いやつを、好きになったんだ……)

 ずきずきと胸が痛んで仕方ない。
 短い時間だったが、少なからず幸せを感じてしまったからこんなに、苦しい。
 
(これから、どうしていけばいい……?)

 人混みの中、ついに足を止めたそのとき――突然、腕を掴まれた。
 振り返ると、あのバカではなく、ろくでなしの母親が立っていた。

「か、一樹……待って。話しましょう……」
「あのさ、一体、母さんは何がしたいわけ? 俺を監視してたってことなの?」

 感情のない声で問う。
 母親は唇を震わせて俺を見た後、苦しげな表情で言葉を振り絞った。

「だって、あなた……男なのに、朔君とそういう関係だったでしょう? 成績もどんどん落ちていくし、このままじゃ社会からのけものにされる。ダメになるって思ったのよ!!」
「は、母さんには関係ねーだろ。別に勉強だってそれなりにやってたじゃねぇか」
「関係あるわ! あなたが東大に合格しなかったら、周りから指さされるのは母さんなのよ!」