偏差値70だけど、この恋むずすぎ。

「あ、まただ……」

 葉山で若月と連絡先を交換してから、なんだかんだで毎日連絡がくるようになった。
 朝も、昼も、そして夜も、内容のないメッセージがぽつぽつと送られてくる。
『暇なのかよ、仕方ないな』と呆れたふりをして、俺はいつもなんだかんだで返事をしてしまう。
 
 初めこそ他愛のない話だったものの、こうやって毎日メッセージの交換をしていると、若月が日常に自然と馴染んでいく気がした。
 そんな日々を続けて二週間ほどが経ち、夏の暑さが落ち着いてきた九月上旬――若月たっての要望で、奴が家にやってくることになった。
 なんでも、勉強を教えてほしい、とのことだった。

「おー、マジで懐かしい。俺の定位置、ここだな」
「若月の定位置になった覚えはない」

 部屋に着くなり、若月はベッドに背をもたれるようにしてドカっと腰を掛けた。
 そしてベッドの上に転がっていた『ちいまる』のぬいぐるみをひょいっと抱きかかえる。

「あ、ちょっ、そんなに強く抱きしめんなっ……潰れる」

「なんかこいつ、無性に愛おしく感じる形態してんだよなぁ。なあ、一樹も毎晩こうやってこいつ抱きしめんだろ? かわいー」

「抱いてないわ! ただ飾ってるだけっつーの」

 文句をいいつつ、そろそろと奴の隣に座ってみる。
 座った拍子に、屈強な上腕二頭筋と自分の腕がすり合わさる。
 あいつの熱い体温が伝わってきて、ごく、と小さく喉を鳴らした。

「ちいまる~。可愛いなぁ」

(なんか、俺が可愛いって言われてるみたいじゃんかよ……)

 もしかして、若月はわざとちいまる、ちいまる、と言って見せつけるようにして抱きしめるのかもしれなかった。
 俺の顔をちらっと見て、笑ってるのが何よりもその証拠だった。
 
 覚悟はしていたものの、この男を好きだと自覚した分やっぱり緊張する。

「……んじゃ、本題な。さっそくだけどこの単元がよく分かんなくてさ」
「どれ?」

 若月は持ってきたリュックから、次々と参考書を出してくる。
 結構勉強熱心なのか、参考書の書き込みが多く、熱心に勉強をしているように思えた。

「なるほど……じゃあ、このあたりから一緒に解いていこう」
「うっす」

 若月は俺の指示に従うようにして、ノートとシャーペンを手に、その大きな体を小さくして問題を解き始めた。

(あ、この香り……)

 同じ教科書を見ているのだから、必然的に距離が縮まる。
 ふわっと奴が身じろぎした拍子に、少し香料が強い柔軟剤の香りがした。

「あ、違う。ここはこの数式を使うんだよ」
「へー、なるほどな」

 若月は、一度俺が教えたことをすぐに理解した。
 それだけに留まらず、すいすいと難易度が高い問題も解いていってしまう。
 やっぱり、前も感じていたがこいつは勘がいいし、地頭がいい。

「……若月、高校卒業できたら、普通に大工だけやっていくの?」

 俺の突然の質問に、奴はぴたりと動きを止める。

「なんでよ?」
「いや、結構飲み込み早いし……今からでも、全然偏差値が高すぎる大学じゃなきゃ狙っていけるんじゃないかなって」

(なんだかこんなに出来がいいのに勿体ない)

 素直に伝えてみるが、若月はじっと固まって、やがてはっと笑い飛ばした。

「別に大学に行ったって金が手に入るわけじゃない。それに……」

 若月はそう言って、俺に笑いかけた。

「ちいまるがいない学校なんて、別に行く意味なくね?」
「は?」

(ど、どういう意味だよ! それ)

 カーッと、頬に熱が集まってくる。
 時々若月のストレートすぎる言葉のカウンターが飛んできて、俺は瀕死状態になってしまう。今も、例外ではない。

「てかさっきから気になってたんだけどさ、この汚れ何?」
「え? これ?」

 大きな若月の手が、がしっと俺の右手を掴む。
 手の側面に、黒や黄色の絵具が付着していた。

「あ、やばい。落とし忘れた」
「なんか作ってんのかよ?」
「そうそう。もうすぐ学祭があるから、看板とか壁に貼る装飾とか作ってて……」

 俺が通う私立男子校は、進学校のわりにイベントごとにはかなり力を入れる方だ。
 毎年秋の文化祭では、一般客も関係者も含め、大勢の人が訪れる。
 とはいえ、受験を控えた俺たち三年生は、そこまで大掛かりな出し物はできない。
 そのため俺たちのクラスは、比較的負担が少ない『レトロ喫茶』をやることになり、昭和風のナポリタンや、クリームソーダを提供する予定だった。

 俺も看板づくりや装飾物係に抜擢されていたのだが――悲しいかな。壊滅的な不器用さでまさかのクビ。
 クラスメイトからは『一樹のビジュはまぁ中の上だし、頼むからおとなしく接客をやっててくれ!』と情けを頂いた。

「なんだよレトロ喫茶って。めっちゃおもろいな」