偏差値70だけど、この恋むずすぎ。


 掴まれた手首から、若月の相変わらず高めの体温が伝わってくる。

「若月って、平熱いつもいくつくらいなの……」

 何気に、気になってた。その心地いい、体温。

「三十六.八とか九とかだな。ちいまるは?」
「俺は、六度三くらい」
「低いな。外出てねぇからか?」
「全然意味わかんない」

 そう、こいつの言ってることは時々マジで意味わかんない。
 だがこんなくだらない会話の最中も〝恋愛対象として好き〟と自覚してしまったからか、俺の心臓は激しい音を立て続けている。

(こいつに、気づかれてないといいけど……)

 生暖かい夜風が、頬を優しく撫でた。
 砂浜を歩き、波打ち際に架かる赤い小さな橋を渡ると、そこは昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った『森戸神社』の境内だった。
 波音だけがザザァと心地よく響き、鳥居の向こうには黒い海と、遠くに見える江ノ島の灯りがぽつんと浮かんでいる。

(あ、やばい……若月とふたりきりじゃんッ!)

 遠くでみんなの笑い声と、騒がしい音楽が聞こえる。
 ようやく実感が湧いてきた。今ここにいるのは、こいつと俺だけだってこと。

「お前、元気にしてたのかよ」
「え?」
「恋愛に、うつつ、抜かしてない?」

 聞こえてきた低く、かすれた声に俺は自然と顔を上げた。
 薄暗い闇に見えたのは、若月の真剣な顔だった。

「大きなお世話だよ。勉強勉強で恋愛の『れ』の字もない」
「よかった。お前は惚れたら大変だからな」
「……その節は、どうも……」
 
 せっかく若月が気にしてくれたのに、俺は気の利いた返答ができなかった。
 だって、あまりに若月の顔が大人っぽくて、いつもよりかっこよく見えたから。

「俺もさ、若月が元気にしてたらいいなって思ってたよ?」
 
 恥ずかしかったが、思い切って奴も顔を見る。
すると若月は、何も言わずじっと俺の顔を見た後、ぐびっとラムネを呷った。

「へー、意外と考えてくれてたんだ」
「あぁ、忘れられなかった。お前が怖すぎて」
「好きすぎて、だろ?」
「違う!」
 
 意地悪くニッと笑いかけられ、俺はとっさに視線を外した。
 暗くてよかった。
 一時間、炎天下にいたんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ顔が熱い。

「まぁいいや、連絡先交換しよ。そしたらまた、一緒にちいまる観れるだろ」
「え、あぁ、うん」
「QRだして」

 ぎこちない俺とは違い、若月は自然に連絡先を聞いてくれた。
 この一か月間、ほしくて堪らなかったこいつの連絡先が、こんなに呆気なく手に入った。
 だが、画面に『隆太』というシンプルなアカウント名が表示されたとき、夢じゃないかと思わず目を擦ってしまった。

「いつでも連絡してこいよ。寂しくなったら飛んで行ってやるから」
「は、なんだよそれ……!」

 反射的に笑って返したものの、動揺を隠せずに中途半端な笑いになってしまう。
 いつでも来てくれる? 若月が?

「一樹は寂しがり屋だからな。本当は嬉しい?」
「っ!」

 余裕たっぷりに言いながら、突然若月は体を屈めて俺の顔を覗き込んできた。

「あ……」

 月明かりに照らされたこいつは、怪しく笑っている。

「お前が勉強頑張ってたら、俺が褒めてやるって言ってんの」
「子供扱いするなよ」

 若月が不敵に笑い、俺の頭をガシガシと乱暴になでてくる。
 ガサツで、分厚くて、熱すぎる手。
 こいつに抱きしめられたら、俺……全部どうでもよくなって、抑えていた感情全部出して、キスしたくなりそうだ。
 ああ、きしょい。自分がきしょい。

「お前がサボらずに必死こいて勉強してんの知って、俺も刺激受けてんだよ。……東大合格、楽しみにしてっからな」
「……うん。それは絶対、合格する」
「約束な」
 
 若月に言われたら、やるしかない。
 この男の目に嘘はない。俺を、信じてくれているのだ。

(まっすぐ俺を見てくれる人の期待を、裏切りたくない)

 自分のために生きてるのか、と言われたらまだよく分からないけれど、それでも俺は若月に褒めてもらいたい。