◆俺たちのヒミツ
ガガガ、と鈍い硬い音が、深い眠りについていた俺を強制的に叩き起こした。
「ん……」
薄目を開けて壁掛け時計を確認すると、時刻は午前八時半。
一瞬遅刻した!と背筋を冷やすが、すぐに我に返った。
(いや、今日は休みだ。もう少し寝る!)
強い意志でぐっと目を強く閉じるが、今度はさらに大きな音でごゴゴゴ、という鈍い音とともに、部屋全体が揺れた。
意識を睡眠に向けようとすると、すかさず騒音に阻まれる。
家の修繕工事といえど、さすがに自分の自由は奪われたくない。
勢いよく布団を被って耳を塞ぐが、容赦なく工事音が部屋を揺らした。
「あぁ、くっそ……」
むくり、と重い体を起こし、俺はすっかり冴えてしまった頭でスマホに手を伸ばした。
(今から近所のカフェで実習でもしようかな……)
もうすぐ、塾の模試がある。前期の中で一番大きな模試とあって、今後の進学に大きく関わる。だからだろうか、いつも賑やかな塾もここ最近は少しぴりついた空気が漂っているのだ。
「朔う……」
少しすると、すぐに朔の存在が頭を埋め尽くした。
今日は土曜日。朔は学校も料理教室も休みだ。
数日前に会ったばかりだが、最後はバタバタと別れてしまったので、もう少し話したかったという気持ちをずっと抱き続けていた。
早速ラインでメッセージを送ってみるが、なかなか既読にならない。
「あー腹減った……なんか食いもんあるかな」
適当にその辺に落ちていたTシャツを羽織り、お気に入りのジーンズを履き、デスクにどさっと置かれていたバッグを肩にかけ、俺は自分の部屋を出た。
向かう先は徒歩数十メートル先にある、本宅である。主にそこには、父親と母親が暮らしていた。
俺は去年から大学受験勉強が本格化した理由で、『勉強に集中しろと』別宅を与えられている。
高校生の俺が、半分独り暮らしのような生活をしていると知ったら、同級生も度肝を抜かれるだろう。
俺の家――百瀬家は、大昔からこの辺で有名な地主だ。
ここ、世田谷区成城学院前のごく一部である高級住宅街の中でも、頭ひとつ抜けた大豪邸に住んでいる。
そんな家で育った父は、昔から心にも金銭的にも余裕のある家でしっかりと英才教育を受け、幼児期からインターナショナルスクールに通い、高校生時代から度々海外留学をしていた。そして大きな転機が訪れる。
大学生時代に、これもまた留学中のお嬢様だった俺の母親と交際を始めた。
やがて結婚し、ふたりの間に俺が生まれた。そう――言わずもがな、俺は正真正銘のお坊ちゃんだった。
どちらも由緒正しい家柄ということもあって、道に逸れた選択は許されない。
物心ついたときには勉強をして、学校を受験していた。
そこからは母親に言われるがまま習い事をこなし、勉強漬けの日々を送っている。
正直、ふたりは自分のことで手一杯だ。
父親は不動産会社の社長で、海外の別宅を点々としながら暮らし、ほとんど家を空けている。
母親は母親で、循環器内科の外科医としてバリバリと仕事をしているので、家に帰ってくるのは二日に一回。そして帰ってきても寝ているか、外の誰かと会っている。
正直――両親から受験勉強が名目で別宅を与えられたというより、『あとは自分の好きなようにして』という、形を変えたネグレクトをされているんじゃないかと思っている。
「あ、ゼリーとサンドイッチあるじゃん」
ビニールの蓋が取り辛いタイプの容器に入った、高そうなゼリー。そしてやたら色鮮やかな野菜が覗いている、ライ麦タイプのサンドイッチだ。
(全然好きじゃない。セブンのサンドイッチの方が百倍美味しい)
だが背に腹は代えられない。
母親が仕事帰りに自分のために買ってきたものだとは思うが、遠慮せずにいただく。
冷蔵庫にあるものはなんだって食べて言いと言われているし、いつだってデリバリーを呼んでいいと言われている。
そもそも父親からブラックカードももらっているし(所詮、家族カードなのだが)、別に好きなものは好きなだけ食べられる。
俺は適当にさらに乗せチンしたサンドイッチをテーブルに置き、一目散にかぶりついた。
「まっず!」
……いや、誰かが作った料理に対してまずい、は失礼だ。
世間一般からしたらこういう健康志向なサンドイッチが好まれているのかも。
そう自分に言い聞かせるのだが、朔が作ってくれる和食っぽい弁当だったり、夜食用のお惣菜が世界で一番大好きだ。
ときどき交ざっている冷凍の唐揚げも、ポテトも美味い。
作りたての料理は、冷めているはずなのに不思議と温度を感じる。それに、一生懸命俺のためを想って作ってくれたと考えたら、無性に嬉しくなる。
(朔のことを考えてたら、もっともっと朔に会いたくなってきた)
静まり返ったスマホを手に、LINEを確認するが、朔からのメッセージはきていなかった。それどころか、既読にもなっていない。
(まだ寝てんのかな)
朔は基本的に即既読にしてくれるし、なるべく早く返事をくれるのだが、今日はなかなか遅い。かれこれ俺がメッセージを送って約四十分も返事がない。
ガガガ、と鈍い硬い音が、深い眠りについていた俺を強制的に叩き起こした。
「ん……」
薄目を開けて壁掛け時計を確認すると、時刻は午前八時半。
一瞬遅刻した!と背筋を冷やすが、すぐに我に返った。
(いや、今日は休みだ。もう少し寝る!)
強い意志でぐっと目を強く閉じるが、今度はさらに大きな音でごゴゴゴ、という鈍い音とともに、部屋全体が揺れた。
意識を睡眠に向けようとすると、すかさず騒音に阻まれる。
家の修繕工事といえど、さすがに自分の自由は奪われたくない。
勢いよく布団を被って耳を塞ぐが、容赦なく工事音が部屋を揺らした。
「あぁ、くっそ……」
むくり、と重い体を起こし、俺はすっかり冴えてしまった頭でスマホに手を伸ばした。
(今から近所のカフェで実習でもしようかな……)
もうすぐ、塾の模試がある。前期の中で一番大きな模試とあって、今後の進学に大きく関わる。だからだろうか、いつも賑やかな塾もここ最近は少しぴりついた空気が漂っているのだ。
「朔う……」
少しすると、すぐに朔の存在が頭を埋め尽くした。
今日は土曜日。朔は学校も料理教室も休みだ。
数日前に会ったばかりだが、最後はバタバタと別れてしまったので、もう少し話したかったという気持ちをずっと抱き続けていた。
早速ラインでメッセージを送ってみるが、なかなか既読にならない。
「あー腹減った……なんか食いもんあるかな」
適当にその辺に落ちていたTシャツを羽織り、お気に入りのジーンズを履き、デスクにどさっと置かれていたバッグを肩にかけ、俺は自分の部屋を出た。
向かう先は徒歩数十メートル先にある、本宅である。主にそこには、父親と母親が暮らしていた。
俺は去年から大学受験勉強が本格化した理由で、『勉強に集中しろと』別宅を与えられている。
高校生の俺が、半分独り暮らしのような生活をしていると知ったら、同級生も度肝を抜かれるだろう。
俺の家――百瀬家は、大昔からこの辺で有名な地主だ。
ここ、世田谷区成城学院前のごく一部である高級住宅街の中でも、頭ひとつ抜けた大豪邸に住んでいる。
そんな家で育った父は、昔から心にも金銭的にも余裕のある家でしっかりと英才教育を受け、幼児期からインターナショナルスクールに通い、高校生時代から度々海外留学をしていた。そして大きな転機が訪れる。
大学生時代に、これもまた留学中のお嬢様だった俺の母親と交際を始めた。
やがて結婚し、ふたりの間に俺が生まれた。そう――言わずもがな、俺は正真正銘のお坊ちゃんだった。
どちらも由緒正しい家柄ということもあって、道に逸れた選択は許されない。
物心ついたときには勉強をして、学校を受験していた。
そこからは母親に言われるがまま習い事をこなし、勉強漬けの日々を送っている。
正直、ふたりは自分のことで手一杯だ。
父親は不動産会社の社長で、海外の別宅を点々としながら暮らし、ほとんど家を空けている。
母親は母親で、循環器内科の外科医としてバリバリと仕事をしているので、家に帰ってくるのは二日に一回。そして帰ってきても寝ているか、外の誰かと会っている。
正直――両親から受験勉強が名目で別宅を与えられたというより、『あとは自分の好きなようにして』という、形を変えたネグレクトをされているんじゃないかと思っている。
「あ、ゼリーとサンドイッチあるじゃん」
ビニールの蓋が取り辛いタイプの容器に入った、高そうなゼリー。そしてやたら色鮮やかな野菜が覗いている、ライ麦タイプのサンドイッチだ。
(全然好きじゃない。セブンのサンドイッチの方が百倍美味しい)
だが背に腹は代えられない。
母親が仕事帰りに自分のために買ってきたものだとは思うが、遠慮せずにいただく。
冷蔵庫にあるものはなんだって食べて言いと言われているし、いつだってデリバリーを呼んでいいと言われている。
そもそも父親からブラックカードももらっているし(所詮、家族カードなのだが)、別に好きなものは好きなだけ食べられる。
俺は適当にさらに乗せチンしたサンドイッチをテーブルに置き、一目散にかぶりついた。
「まっず!」
……いや、誰かが作った料理に対してまずい、は失礼だ。
世間一般からしたらこういう健康志向なサンドイッチが好まれているのかも。
そう自分に言い聞かせるのだが、朔が作ってくれる和食っぽい弁当だったり、夜食用のお惣菜が世界で一番大好きだ。
ときどき交ざっている冷凍の唐揚げも、ポテトも美味い。
作りたての料理は、冷めているはずなのに不思議と温度を感じる。それに、一生懸命俺のためを想って作ってくれたと考えたら、無性に嬉しくなる。
(朔のことを考えてたら、もっともっと朔に会いたくなってきた)
静まり返ったスマホを手に、LINEを確認するが、朔からのメッセージはきていなかった。それどころか、既読にもなっていない。
(まだ寝てんのかな)
朔は基本的に即既読にしてくれるし、なるべく早く返事をくれるのだが、今日はなかなか遅い。かれこれ俺がメッセージを送って約四十分も返事がない。


