俺は、今日が最後になるからという理由で、若月に会うことを選んだ。
このまま会話を交わさずにお別れは、さすがに寂しい気がした。
自宅の敷地内に入ると、すでに作業音が聞こえていた。
ガンガンと金づちを叩く音や、丸鋸が木材を断ち切る鋭い音。
雨音に混ざってひっきりなしに響く工事の音は、初めこそただの騒音としか思っていなかった。
だがこんな雨の中、汗水流して仕事をまっとうしているのだと思うと、尊敬の気持ちがふつふつと湧いてくる。
(怪我、しませんように)
俺は勉強机に向かいながら、窓の向こうに見える工事現場に視線を送った。
ただただ、奴と、工事の人が最後まで無事にいてほしいと願いながら。
「お疲れした」
挨拶を口々に、後片付けを行っている若月のもとに、俺は傘を差し、緊張しながら向かう。
若月の金髪交じりの頭髪はヘルメットをしていてあまり濡れていなかった。だが、作業着は全身びしょ濡れで、だいぶ色が変わっていた。
「ちいまる!」
驚いた顔の若月を見ると、動悸が激しくなる。
今から自分らしくないことをするから。
――でも、ここまできたのなら。
傘を少し前に差し出しながら、大きめのバスタオルと一緒に、手に持っていた『ちいまる』のキーホルダーを渡す。
その瞬間、濡れた若月の指先がかすかに俺の手に触れた。
ジンと熱い体温が伝わってきて、胸がぎゅう、と切なく締め付けられる。
「大丈夫か? あとこれ、やる」
「え……? なんだ、これ」
「お前、ハマってたし……気に入らなかったら捨てていいからさ」
急いで今日の学校帰り、塾へ行く足を止め、近くの雑貨屋に寄って買ってきた。
何を最後の挨拶に渡したらいいのか分からなくて、とりあえず、目についたちいまるにした。
あと、これならさり気ないだろう。俺の微かな下心は、気づかれない。
「あのさ、今までありがとな。なんだかんだで、めっちゃ楽しかった。お前と話す時間」
「マジか。めっちゃ嫌われてると思ってた」
「まぁ、始めはすっげー嫌いだったけど、今は好き寄り」
「やった」
若月の表情が緩んだのを確信して、俺は自然と礼を口にできた。
俺を見て若月は一瞬言葉に詰まっていたが、すぐに手に収まっているちいまるを見て、柔らかく目を細めた。
「これ、リュックにつける。一樹の分身だな」
「怖ええよ……」
次の瞬間、視線が絡んだ。
何か、言わないと。何か、言ってくれないかな。
だが、若月が親方に呼ばれたので、呆気なく再び時間が動き始めた。
「じゃあ、またな。ありがとう、一樹」
「ん……さよなら」
「またな」
若月はタオルを使わずに俺に返して、踵を返した。
俺はあいつが見てなんていないのに、なぜかずっと手を振り続けた。
(あぁ。寂しいな)
遠くなっていく大きな図体を追いかけたくなった。
追いかけて、もし追いついたとしても抱きしめることはできないけど。
俺は「もう少し一緒にいないか?」って、誘ってしまうだろう。
(なんでだろうな。好き、とかじゃないのに)
俺はこの時、全然分からなかった。こいつへの本当の想いに。
このまま会話を交わさずにお別れは、さすがに寂しい気がした。
自宅の敷地内に入ると、すでに作業音が聞こえていた。
ガンガンと金づちを叩く音や、丸鋸が木材を断ち切る鋭い音。
雨音に混ざってひっきりなしに響く工事の音は、初めこそただの騒音としか思っていなかった。
だがこんな雨の中、汗水流して仕事をまっとうしているのだと思うと、尊敬の気持ちがふつふつと湧いてくる。
(怪我、しませんように)
俺は勉強机に向かいながら、窓の向こうに見える工事現場に視線を送った。
ただただ、奴と、工事の人が最後まで無事にいてほしいと願いながら。
「お疲れした」
挨拶を口々に、後片付けを行っている若月のもとに、俺は傘を差し、緊張しながら向かう。
若月の金髪交じりの頭髪はヘルメットをしていてあまり濡れていなかった。だが、作業着は全身びしょ濡れで、だいぶ色が変わっていた。
「ちいまる!」
驚いた顔の若月を見ると、動悸が激しくなる。
今から自分らしくないことをするから。
――でも、ここまできたのなら。
傘を少し前に差し出しながら、大きめのバスタオルと一緒に、手に持っていた『ちいまる』のキーホルダーを渡す。
その瞬間、濡れた若月の指先がかすかに俺の手に触れた。
ジンと熱い体温が伝わってきて、胸がぎゅう、と切なく締め付けられる。
「大丈夫か? あとこれ、やる」
「え……? なんだ、これ」
「お前、ハマってたし……気に入らなかったら捨てていいからさ」
急いで今日の学校帰り、塾へ行く足を止め、近くの雑貨屋に寄って買ってきた。
何を最後の挨拶に渡したらいいのか分からなくて、とりあえず、目についたちいまるにした。
あと、これならさり気ないだろう。俺の微かな下心は、気づかれない。
「あのさ、今までありがとな。なんだかんだで、めっちゃ楽しかった。お前と話す時間」
「マジか。めっちゃ嫌われてると思ってた」
「まぁ、始めはすっげー嫌いだったけど、今は好き寄り」
「やった」
若月の表情が緩んだのを確信して、俺は自然と礼を口にできた。
俺を見て若月は一瞬言葉に詰まっていたが、すぐに手に収まっているちいまるを見て、柔らかく目を細めた。
「これ、リュックにつける。一樹の分身だな」
「怖ええよ……」
次の瞬間、視線が絡んだ。
何か、言わないと。何か、言ってくれないかな。
だが、若月が親方に呼ばれたので、呆気なく再び時間が動き始めた。
「じゃあ、またな。ありがとう、一樹」
「ん……さよなら」
「またな」
若月はタオルを使わずに俺に返して、踵を返した。
俺はあいつが見てなんていないのに、なぜかずっと手を振り続けた。
(あぁ。寂しいな)
遠くなっていく大きな図体を追いかけたくなった。
追いかけて、もし追いついたとしても抱きしめることはできないけど。
俺は「もう少し一緒にいないか?」って、誘ってしまうだろう。
(なんでだろうな。好き、とかじゃないのに)
俺はこの時、全然分からなかった。こいつへの本当の想いに。


