偏差値70のイレギュラーな恋

「しゃあ……抜けた! 自由だー!」
「大っ、成っ、功!」

見張りに怯えながら背中を丸めて走っていた俺たちは、坂道を下りきったところで一気に解放された。
目の前に広がっていたのは、夕暮れ時の森戸海岸だ。
今日は雲がほとんどなく、夕日のオレンジが交ざった青紫色の空に、富士山の影がはっきりと浮かんでいた。
もう夜はそこなのだ。

規則的な波音が心地よく鼓膜を揺らす。
一日中暗い教室に閉じ込められていた身体に、温かい潮風が気持ちいい。

「はぁ〜! 最高! やっぱ脱走して正解だったな一樹!」
「ああ。……で、夕飯どうする?」
「決まってんだろ。あっちの海の家で、なんか美味いもん食おうぜ!」

波打ち際に沿って歩いていくと、浜辺にぽつんと灯りがともる賑やかな海の家が見えてきた。
浜焼きの香ばしい匂いと、楽しげな音楽が風に乗って漂ってくる。

(あれ……なんか思ってたのと違う?)

 海の家に近づきにつれ、不安が襲ってきた。
 てっきり海の家では家族連れや、カップルがのんびり屋台飯を食べているのだろうと思っていたが、全然違った。
 海岸に響き渡るほどのイケイケな洋楽が流れ、見るからに派手な水着の男女が沢山集まっている。
 完全に俺らは場違いだった。

「もしかして、貸し切り中とか……?」
「あ、なるほど」

 こそっと耳打ちをしてきた西本に、俺は妙に納得した。
 みんな打ち解けたように談笑しており、知り合いのような雰囲気だ。
 どこかの大学のサークルで団体で海に来て、そのまま海の家でも貸し切って夕飯でも食べているのだろう。

「……違う店行く?」

 西本に提案してみる。
 周りを見渡してみても、どこの海の上も騒がしいような気がしたからだ。
 そういうところが好きな人はいいが、俺らはただのがり勉陰キャのガキだから。

「そうしよ、そうしよ、ちょっと高そうだけど、あっちにうどん屋あったし」

(さすが西本、リサーチ力が強い!)

 関心しながら揃って踵を返したその時だった。
 背後で「ちいまる!」と大きな声が聞こえてきた。

(ん……? ち、ちいまる……?)

 この声、聞き覚えがある。
 いや、まさか、そんな。
 遅れてドクドクと激しく心臓が動きだす。俺は震える体をゆっくりと後ろに向けた。

「え? 若月?」
「やっぱ、ちいまるだったか!」

 その大きな図体を見た瞬間、時間が止まった。
 間違いない。
 一か月前よりも日焼けをした若月が、そこにいた。
 金髪で眼光の鋭い、柄の悪さはあの時と何も変わらない。

「えぇッ、嘘! 一樹の知り合いなの?」

 西本が目をまん丸にして絶叫した。うん、そうなるよね。俺が逆の立場でもそうなる。
 俺は西本にぎこちなく笑いかけた後、再び若月を見た。

「なんで、こんなところにいるんだ……?」

 緊張で声が震えた。
 だって、ずっと会いたかったんだぞ。こんな偶然あるのかよ。
 すると、若月はにこっと無邪気に笑い、海の家を指さす。

「今日は通信のクラスメイトたちと遊びに来た。一緒に飯食おうぜ!」
「は⁉」

 若月にぐいっと強引に腕を引かれ、つんのめる。

「ちょ、離せ!」

(俺たちが、あの集団に……?)

 確かに若月には会いたかった。
 だが見るからに派手な連中のやつらに交じって飯を食うなんてハードルが高いこと、できない!

「おら、行くぞ! えっと、君はなんて名前? ちいまる二号?」
「いえ、西本っていいます! お兄さん、めっちゃかっこいいっすね!」

 キラキラと目を輝かせる西本に、ずっこけそうになる。

「そうか? お前、めっちゃ良いやつだな! いっぱい飯食っていけよ!」
「おっす!」

(西本! 無駄にコミュ力高いのやめてぇー!)

 どうやら、西本は相当若月の容姿が気に入ったらしい。
 全然コミュニティが違うのに、なんとか馴染もうとしている姿を見て、そう感じた。
 しかも若月も分かりやすくニコニコしていて、まんざらでもなさそうだ。

「あ、やっと戻ってきた~! って、何その人たちッ!」

 海の家に到着するや否や、グラマラスボディーの超絶綺麗なお姉さんに、ぎょっとされる。

「俺のダチのちいまる。あと、その隣はえっと……」
「西本です!」

 西本が食い気味で言うと、わっとその場にいた人たちが歓声を上げる。
 先ほど聞こえてきた騒がしい声に構えていたが、よく見るとみんな俺たちと年齢が近いように見えた。