初めは楽しく話しながら食べられていたのに、急に視界が滲んできた。
あわてて下を向き、唐揚げをご飯と一緒に口へ押し込む。
けれど、一度溢れかけた涙は止まりそうにない。
からあげが美味しいから、もっと泣けてくる。
ちょうどそのタイミングで親方のスマホが鳴り「仕事の電話! ちょっと出てくる」と席を立って店の外へ向かう。
「……ちいまる、どうしたんだ?」
隣で黙々と飯を食っていた若月が、ふと箸を止めて覗き込んできた。
「……なんでもない」
「嘘つけ。泣いてんじゃねぇか。なんだ、まだあの失恋引きずってんのか?」
「違うっ……! そうじゃなくて……みんなが、すごく優しくしてくれるから……」
止めどなく溢れ落ちる涙を袖でゴシゴシと拭う。
食堂のおばちゃんも、親方も、目の前のこいつも。
こんな弱虫で卑屈で陰キャな俺を、明るく受け入れてくれている。
孤独とは無縁のこの空間に、いてもいいって、思わせてくれている。
「……あのさ、この前の恋人と別れた」
重たい空気が、一瞬にして漂う。
若月はからかうこともせず、ただ静かに俺の言葉を待っていた。
「朔も、俺のために、色んな料理作ってくれてた。だから……最後、あんなひどい別れ方でいいのかなって、ずっと悩んでた」
「……へぇ、そうなのか」
若月は少しの沈黙の後、ぶっきらぼうな返事をする。
「うちの両親、ずっと放任だから。三人で食卓を囲んだことなんて、片手で数えるくらいしかない。父親も母親も、肩書ばかり立派だけど、実際何をしてるのかもよく分からないんだ。でも朔が、いつも弁当を作ってくれた……」
あぁ、こんなことなんてこいつに話してるんだろう、って情けなくなった。
でも、すぐ真横から伝わってくるじんわりとした体温がなんだか、落ち着かせてくれて。
すべて受け止めてくれそうな、気配がした。
「昔から……『お前は一人で勝手に生きていけ』って言われてる気がしてたけど、朔がいてくれたから……頑張れてた」
今まで誰にも言えなかった惨めな本音が、ポロポロと口からこぼれ落ちていく。
若月は何も言わなかった。
ただ黙って話を聞き、俺の肩をぽんと力強く叩いてくれた。
分厚い掌だ。そして温かくて、がさつ。
以外と、俺はこいつのそういう体の一部が好きだ。
嘘をつかなそうな太くて武骨な骨。
「……俺が思ってた『ちいまる』とは違ったわ」
若月がボソリと呟く。
「え?」
「お前みたいな金持ちの坊ちゃんはさ、何不自由なく、恵まれて生きてんだと思ってた。……でも違ったな」
若月は残りの唐揚げを口に放り込むと、腕を組んで照れくさそうに視線を泳がせた。
「お前が部屋でさ、倒れそうになりながら必死に勉強してる姿……すげぇカッコいいよ」
どきり、と心臓が大きく跳ねた。
そんな風に、思われてるなんて夢にも思ってなかった。
「正直、俺もマジでちゃんと勉強してみたくなったわ。いつか……俺を捨てた親を見返してやるためにな」
「……若月」
「お互い、負けねぇように頑張ろうぜ」
若月はふっ、といつもの不敵な笑みを浮かべて、残り僅かになった水をグイッと呷った。
やっぱりこの男も、なんとなく気づいていたけど訳アリなんだ。
正直、こいつの生い立ちは、めちゃくちゃ気になる。だが、結局勇気がなくて聞けなかった。
若月と親方の明るさに押されるようにして、あっという間に楽しい時間が過ぎていく。
店を出る頃には、涙は引っ込んでいた。
「じゃあ、また明日」
「うん」
親方が家まで送り届けてくれ、解散した。
家にはひとりきりだし、朔もいないけれど、全然寂しくなかった。
目の前にはいないのに、若月の存在がすぐそばにあるような気がして。
(あぁ、俺、勘違いしてた)
若月はバカなんじゃない。むしろ、逆だ。
馬鹿なふりをして、上手く距離を縮めて。少しずつ少しずつ、凍てついた俺の心を溶かしてくれている。
そういう、あったかい心を持っている地頭のいいやつ。
「あいつ、多分勉強もできるな……」
冗談半分で呟いた言葉が、夜闇に溶けていく。
(また明日、朝になればあいつに会える)
早くあの騒音が聞きたいと思うなんて、俺もいよいよイカれてきたのかもしれない。
◆
翌日は――しとしとと、霧雨のような雨が朝から降り続いていた。
(あぁ、もう梅雨に入るんだな)
新緑の艶が眩しかった五月は、つい最近きたばかりだと思っていたのに。
気づかぬうちに、季節は変わりゆく。
俺は、雨で濡れたアスファルトを踏みしめながら歩いていた。
本来ならそのまま駅へ向かい、塾の教室へ入るはずの時間だ。
だが、俺の足は塾とは正反対の方向の自宅へ向かっていた。
(俺、本当にバカだな)
人生で初めて、塾をサボった。
模試の成績も落ちていて、受験も迫っているのに。勉強を何よりも優先すべきなのは分かっているのに。
あわてて下を向き、唐揚げをご飯と一緒に口へ押し込む。
けれど、一度溢れかけた涙は止まりそうにない。
からあげが美味しいから、もっと泣けてくる。
ちょうどそのタイミングで親方のスマホが鳴り「仕事の電話! ちょっと出てくる」と席を立って店の外へ向かう。
「……ちいまる、どうしたんだ?」
隣で黙々と飯を食っていた若月が、ふと箸を止めて覗き込んできた。
「……なんでもない」
「嘘つけ。泣いてんじゃねぇか。なんだ、まだあの失恋引きずってんのか?」
「違うっ……! そうじゃなくて……みんなが、すごく優しくしてくれるから……」
止めどなく溢れ落ちる涙を袖でゴシゴシと拭う。
食堂のおばちゃんも、親方も、目の前のこいつも。
こんな弱虫で卑屈で陰キャな俺を、明るく受け入れてくれている。
孤独とは無縁のこの空間に、いてもいいって、思わせてくれている。
「……あのさ、この前の恋人と別れた」
重たい空気が、一瞬にして漂う。
若月はからかうこともせず、ただ静かに俺の言葉を待っていた。
「朔も、俺のために、色んな料理作ってくれてた。だから……最後、あんなひどい別れ方でいいのかなって、ずっと悩んでた」
「……へぇ、そうなのか」
若月は少しの沈黙の後、ぶっきらぼうな返事をする。
「うちの両親、ずっと放任だから。三人で食卓を囲んだことなんて、片手で数えるくらいしかない。父親も母親も、肩書ばかり立派だけど、実際何をしてるのかもよく分からないんだ。でも朔が、いつも弁当を作ってくれた……」
あぁ、こんなことなんてこいつに話してるんだろう、って情けなくなった。
でも、すぐ真横から伝わってくるじんわりとした体温がなんだか、落ち着かせてくれて。
すべて受け止めてくれそうな、気配がした。
「昔から……『お前は一人で勝手に生きていけ』って言われてる気がしてたけど、朔がいてくれたから……頑張れてた」
今まで誰にも言えなかった惨めな本音が、ポロポロと口からこぼれ落ちていく。
若月は何も言わなかった。
ただ黙って話を聞き、俺の肩をぽんと力強く叩いてくれた。
分厚い掌だ。そして温かくて、がさつ。
以外と、俺はこいつのそういう体の一部が好きだ。
嘘をつかなそうな太くて武骨な骨。
「……俺が思ってた『ちいまる』とは違ったわ」
若月がボソリと呟く。
「え?」
「お前みたいな金持ちの坊ちゃんはさ、何不自由なく、恵まれて生きてんだと思ってた。……でも違ったな」
若月は残りの唐揚げを口に放り込むと、腕を組んで照れくさそうに視線を泳がせた。
「お前が部屋でさ、倒れそうになりながら必死に勉強してる姿……すげぇカッコいいよ」
どきり、と心臓が大きく跳ねた。
そんな風に、思われてるなんて夢にも思ってなかった。
「正直、俺もマジでちゃんと勉強してみたくなったわ。いつか……俺を捨てた親を見返してやるためにな」
「……若月」
「お互い、負けねぇように頑張ろうぜ」
若月はふっ、といつもの不敵な笑みを浮かべて、残り僅かになった水をグイッと呷った。
やっぱりこの男も、なんとなく気づいていたけど訳アリなんだ。
正直、こいつの生い立ちは、めちゃくちゃ気になる。だが、結局勇気がなくて聞けなかった。
若月と親方の明るさに押されるようにして、あっという間に楽しい時間が過ぎていく。
店を出る頃には、涙は引っ込んでいた。
「じゃあ、また明日」
「うん」
親方が家まで送り届けてくれ、解散した。
家にはひとりきりだし、朔もいないけれど、全然寂しくなかった。
目の前にはいないのに、若月の存在がすぐそばにあるような気がして。
(あぁ、俺、勘違いしてた)
若月はバカなんじゃない。むしろ、逆だ。
馬鹿なふりをして、上手く距離を縮めて。少しずつ少しずつ、凍てついた俺の心を溶かしてくれている。
そういう、あったかい心を持っている地頭のいいやつ。
「あいつ、多分勉強もできるな……」
冗談半分で呟いた言葉が、夜闇に溶けていく。
(また明日、朝になればあいつに会える)
早くあの騒音が聞きたいと思うなんて、俺もいよいよイカれてきたのかもしれない。
◆
翌日は――しとしとと、霧雨のような雨が朝から降り続いていた。
(あぁ、もう梅雨に入るんだな)
新緑の艶が眩しかった五月は、つい最近きたばかりだと思っていたのに。
気づかぬうちに、季節は変わりゆく。
俺は、雨で濡れたアスファルトを踏みしめながら歩いていた。
本来ならそのまま駅へ向かい、塾の教室へ入るはずの時間だ。
だが、俺の足は塾とは正反対の方向の自宅へ向かっていた。
(俺、本当にバカだな)
人生で初めて、塾をサボった。
模試の成績も落ちていて、受験も迫っているのに。勉強を何よりも優先すべきなのは分かっているのに。


