偏差値70だけど、この恋むずすぎ。

 若月が太い杉材に添え木をして固定してくれる。
 俺は教えられた通り、ぎこちない手つきで金づちを振り下ろした。
 カーン、カーン!と、軽い音が響く。

(なんだこりゃ。藁人形かよ!)

 若月が打ち付けたときの音は、もっと重厚な音だった。
 その差がめっちゃ恥ずかしい。
 だが、奴が真剣な表情のままだったので、俺はぐっと羞恥心に耐えながら釘を打ち続けた。
 少し曲がりながらだが、釘が少しずつ木材の中にめり込んでいく。
 最後のひと叩きで平らになった瞬間、自然と笑顔がこぼれた。

「できた……!」
「おう、筋いいじゃん!」

 若月がポンと俺の頭を撫でたその瞬間。
 ずっと俺の心にへばりついていた重たい感情が全部吹き飛んで、俺は自分でも分かるくらい満面の笑みを浮かべた。

「意外と楽しいな……!」

 だが、そんな俺とは違い、若月はこちらを見て固まってしまった。

(え……?)

 何か様子がおかしくて、思わず首を傾げる。すると若月は、急にはっとしてわざとらしく視線を外してきた。

「……意味分かんねぇ」
「え?」
「は?」

(お……俺も意味分かんねぇんですけど!)

眉を顰めると、若月はおもむろにその場から立ち上がる。

「とりあえずさ。今日はこの後親方たちと食堂に行こうって話になってる。お前も一緒に来るか?」
「え、ど、どういうこと?」

 話が飛躍して全然ついていけなかったが、どうやら若月たち職人は、工事の仕事が終わったら必ず立ち寄る定食屋があるらしい。
 今日もその定食屋で夕食を食べるという話になっているので、俺も一緒にどうか、と誘われたのだった。

「来るよな?」
「……っ」

 圧……とまではいえないが、鋭い眼光で見据えられたら拒否なんてできない。
 俺は小さく頷いて「行く」とだけ告げた。


 それから数時間後。
 十七時半に撤収作業を終えた職人たちに混ざり、俺は親方の運転する作業用トラックに乗せられていた。
 運転席にはコワモテの親方。助手席には体の大きな若月。そしてその二人に挟まれる形で、俺は真ん中の簡易的な席にちょこんと座っていた。

 (ま、真ん中に席って……これ、本当に座ってて大丈夫なのかな)
 
 当たり前なのだが、世間一般に流通している普通の車にしか乗ったことがない。
 工具や養生シートの匂いが充満しているし、競馬やスポーツ新聞があちこちに散らばっていて、正直今すぐ逃げだしたい。
 でもそんなの絶対に無理。両隣からの圧迫感がすごくて、ガチガチに身を縮めるしかない。

 しかも右隣の若月とは、肩と太ももが直に密着していて、作業着越しに熱い体温が伝わってくる。
 それもそうだし、やっぱりこの男は筋肉隆々なようだ。太ももの弾力がすごい。
 すると隣に座っていた親方が、ハンドルの上の太い腕を動かしながらサイドミラー越しにガハハと豪快に笑った。

「いやぁ、なんだか不思議な感じだな! まさかお世話になってるお屋敷のぼっちゃん乗せて、飯食いに行くことになるとは思わねぇ」

「こいつ、こんなすました顔して、大工に興味を持ってたらしいんすよ。だから飯も体験させてやろうと……」

「おい、適当なことを言うな!」

 即座に反論すると、若月が窓枠に肘を預けたままニヤリと笑う。

「ったく、いつ見ても顔色がわりぃな。たまには白飯お腹いっぱい食わせねぇと、倒れちゃいそうで見てらんねぇ~」
「なっ……! べ、別に倒れたりしないし!」
「よし一樹くん、今日は親方が奢ってやるから、何でも好きなもん食え!」
「えっ、あ、ありがとうございます……!」

 気前よく笑う親方の豪快さと、隣で不敵にニッと笑う若月に、結局成すすべなし。
 エンジン音の激しい音を身体に感じながら、少しずつ緊張が紛れていくのを待った。

 トラックが停まったのは、木造建築で昭和感満載のこぢんまりとした、小さな定食屋だった。
 ガラガラと引き戸を開けた瞬間、香ばしい油と醤油の匂いが一気に鼻腔をくすぐる。
 すでにカウンターは埋まっており、みっつあるうちのテーブル席がひとつ残っているだけだった。

「いらっしゃい! おやっさん、今日も暑かったねぇ!」
「おう、おばちゃん! ぶっ倒れそうだったぜ! よっしゃ、カラアゲ定食三つ! 飯は大盛りでな!」

 店内は仕事終わりの職人たちで賑わい、威勢のいい声と笑い声が飛び交っていた。いつも見ている落ち着いた世界とはまるで違う。
 すると突然、俺の腹が、ぐううぅっ、と情けない大きな音を立てた。

「ぶはっ! お前、最高にいい音鳴らすじゃねぇか!」
「お、おい若月、笑うなっ……!」
「ガハハ! ほら見ろ、やっぱり腹ペコじゃねぇか!」

 親方と若月に散々茶化されているうちに、湯気を立てた山盛りのカラアゲ定食が運ばれてきた。
 こぶし大はありそうな唐揚げにガブリと噛みつくと、肉汁が一気に溢れ出す。

「うまっ!」
「だろ? ここの唐揚げは絶品なんだよ」

 おばちゃんが「ぼっちゃん、足りなかったらご飯お代わりしなね」と優しく微笑みかけてくれる。店の中にあふれる笑顔と、揚げ物の温かい湯気。

(なんだよ、これ)