偏差値70だけど、この恋むずすぎ。

「かずくん、大丈夫? 元気ない?」
「あぁ、うん……ごめん、ちょっと疲れてるのかも」

 向かい側に座っていた朔は、手に持っていた参考書ごしに微笑みかけ、また視線を落とした。
 今日は朔と一緒に自宅で勉強すると前々から決まっていた。
 正直今日この日を、どう迎えるのか沢山考えた。何も見なかったことにするのか、それともちゃんと確かめて白黒はっきりつけるのか。

 怖くて仕方ない。今日、俺の朔じゃなくなるかもしれないのだ。

(ま、まだあの女の子と関係があるって決まったわけじゃないし……。第一、朔はそういうことをする人じゃない)

 俺が見てきた朔は昔からすごく優しくて、親切で、他人を心から思いやれる人だ。
 だから、大丈夫。絶対に、関係は壊れない。

「ねぇ、さっきから気になってたんだけど……あのちいまる、超かわいいよね」
「えっ……!」
「UFOキャッチャーのだよね! あれ僕も見て、ほしいなぁって思ってたんだぁ~」

 朔が指さしたのは、先日ゲーセンで偶然会った、若月にとってもらった『ちいまる』だった。
 もともと朔にあげるためにとったぬいぐるみだ。
 本人もほしい、と言っているのだし、今すぐそれを掴んで渡してやればいいのに。
 手が、動かない。
 脳裏には、なぜか若月の顔がちらついていた。

『これはお前のためにとってやったんだ』

 そうあいつは言っていた。不思議と、その言葉が心に引っかかっている。

「……か、可愛いよな。でも結構金かかっちゃって。六千円近く……」
「うそ! そんなに……? でも、よかったね! 最後までとれなかったら最悪じゃん」
「うん、まじそれ……」

 結局『ちいまるをあげる』とは言えず、そこから適当に会話を合わせていた。
 何を話したのか、正直覚えていない。
 最近まで朔との会話ならどんな些細な言葉も、一言一句忘れなかったのに。
 今は不思議なくらい頭に入ってこない。

「……かずくん?」

 突然会話を辞めた朔は、少し不安そうな表情で俺の腕をぎゅっと握ってきた。

「今日、様子おかしくない? どうしたの?」
 そういった朔は、いつものように自分から俺の懐に潜り込んできた。
 その瞬間、体が強張り、心臓の音が激しさが増す。

「うん。やっぱり、かずくんのここは落ち着くなぁ……」

 朔はそう言ってくれたけれど、一ミリも心が動かない。
 喜びよりも、不信感の方が勝つ。
 今までどうやって笑っていたっけ。今までどうやって、朔と触れ合っていたっけ。
 全然、思い出せない。
 ああ、もう――世界で一番の幸せ者の俺は戻ってこないのだろう。

「さ……朔……あのさ」
「うん?」

 くるっと笑顔で振り返った朔の顔を見て、決心した。
 今しか、言えない。

「この前、女の子と遊んでたよね」
「えっ……」
「手、繋いでたの。見た」

 朔は目をまん丸とさせて驚いている。まさか、俺に見られているなんて思いもよらなかったんだろう。

「最近、様子もなんか変だったし、その子と俺、同時並行で付き合ってるんじゃないかなって思ったんだけど……違う?」

 一息に吐き出すと、部屋に重たい沈黙が落ちた。朔はじっと固まったまま、俺を見つめている。
 長い沈黙が落ちた。
 やがて、朔は緊張を解くように「あはっ」と小さく吐き出すと、困ったように首を傾げた。

「なんだぁ。かずくん、気づいてたんだ? そうそう! 三か月くらい前から、同じ学校の女の子と付き合ってるよ~!」
「……っ⁉」

 あまりにも軽いトーンに、一瞬で目の前が真っ暗になった。

「三か月前……? ってことは、俺と付き合ってる最中からってことだよね」
「ん~まぁそういうことになるかな。でもさ、別に僕たちの付き合いって未来があるわけでもないじゃん。遊びでしょ?」

 『遊び』という言葉に、ズキッと胸が痛んだ。
 悪気のない刃のような鋭い言葉に、今までふたりで大切に過ごしてきた時間が全部、ズタズタに切り裂かれた気がした。
 俺は本気だった。朔への想いも、朔へ伝えた言葉も、時間も全部。
 でも、朔は違うのか?

「てかさ、僕のこと大好きでいてくれるのはすごく嬉しかったんだけど、かずくんの愛ってちょっと重いじゃん……? だから女の子とも付き合って息抜きした感じ。そしたらすっごくバランスがとれてさ!」

 あっけらかんと放たれたその言葉に、俺の思考は完全に停止した。

「かずくんのことも大好きだし、俺は今まで通りいっしょにいたいよ? いいかな、女の子とも遊んでても」