「望~、ちょっといいか」
手書きのオーダーシートを厨房チームに手渡ししてたら、店長に呼び止められた。
「はい!」
「今日からシフトに入ってもらう人、紹介するね」
振り返ると熊みたいな店長の横に、ぺらぺらな制服のポロシャツを着たとんでもないイケメンが立ってた。そいつは俺を見ると、やや垂れた目を細めて、にこっと爽やかに笑う。
(げっ、『アオハル』)
頭にぽっと浮かんだのは、そいつが周りの陽キャたちから呼ばれてるあだ名だ。
「青井陽翔です。よろしくお願いします」
こいつは俺のクラスメイト、だが交流はない。
180センチ超えの長身に、芸能人にも引けをとらない顔立ちの良さ。その上、気さくな明るい性格でいつでも人の輪の中心にこいつがいる。いかにも、都内のお洒落なカフェでバイトしてそうな見た目だ。
それなのに地元のリーマンしか通わないような、知る人ぞ知る炭火焼き鳥のチェーン店のバイトに、俺のあとから入って来るなんて思いもしなかった。
「……すっ」
内心の動揺を必死で押し殺しつつ、ぺこっと軽く頭を下げた。
「なんだ、望。ちゃんと自己紹介しないと駄目だぞ」
(あーもう、気まずっ)
「……佐藤望です。よろしくお願いします」
店長のお父さんみたいな口調に辟易しつつ、今度はちゃんと自己紹介すると、青井と目が合ってまた微笑まれた。
見上げるほどの長身で恵まれた体格をしているけど、人懐っこく微笑んだ目元がこいつの雰囲気を柔らかく見せる。誰がどう見たって好感度抜群のイケメンだ。
「店長、佐藤と俺、今、高校でクラス一緒です」
「おおっ、そうか。君も高二だったね。征吾の中学の後輩だって聞いてたけど、望とも元々『友達』だったのか。イケメン同士仲良しで、そりゃ良かった」
(良くねぇよ! 別に友達じゃないし、こいつと俺とじゃ、教室でサバンナと北極ぐらい生息域が違うんだよ!)
6月の頭にあった体育祭。青井は実行委員と応援団の副団長を兼任して、集団演舞もセンターで踊って抜群に目立っていた。
俺はと言えばそれを眺めるただのモブの一人。そのくらい、学校での立ち位置が違う。
なんて言ったら感じ悪いだろ。そのまま受け流しとこ。
「今日からよろしく」
俺のそんな複雑な気持ちなんて知る由もなく、青井はこっちに向かってきらきら眩い笑顔を向けて来た。
(まぶしっ)
俺はすっと視線を逸らす。
「じゃあ、今日は征吾もいないし、望について仕事を教えてもらってくれ」
「え……、はい」
(まあ、そうなるよな……)
「佐藤、俺も望って呼んでいい?」
陽キャ、いきなり距離詰めてくるなあ。
「いいよ。この店、下の名前で呼び合っている人多いし」
「じゃあ俺のことも、陽翔って呼んでくれ」
「分かった。じゃあ、……ついてきて」
すぐに名前を呼ぶのに抵抗がある。俺はひっそり溜息をついた。
(はー、困ったな。俺、こいつのこと、ちょっと苦手なんだよなあ)
といってもクラス一の人気者に対しての、俺の一方的で複雑な……、僻みみたいなやつだから、こいつは全然悪くない。まあでも、苦手とかそんなの、仕事ともなれば言ってられん。
「シフト入るの、今日が初めて?」
「うん、今日が初めて。征吾さん、今日シフト入ってないみたいだから、望がいてくれてほんと良かった」
なんて青井改め陽翔はナチュラルに俺を名前呼びしてきて無邪気なもんだ。フロアに向かってへ踵を返したら、人懐っこい大型犬みたいにぴったりくっついて来る。
「とりあえず、基本的に俺らはフロアをぐるぐる回る。それで、ほら、テーブルの端にああいう空いたグラスがあったら片づけに行く……、まあ見てて」
「はい」
俺はさっとスーツのおじさんたちが賑やかにしているテーブルの横についた。
「こちらお下げしますね」
俺がジョッキを下げる前に先回りした陽翔が持ち上げてた。
(お、中々いい反応)
グラスが持ち上がった後、テーブルに垂れた雫を俺がダスターで拭う。そのまましゃがんで低い姿勢をとると、満面の営業スマイルを浮かべて、グラスが空いているおじさんを見上げた。
「何か注文されますか?」
「メガハイボール2つと、烏龍茶貰っていい?」
「はい、他にご注文ございますか?」
「そうだな~、なんかお勧めある?」
お客さんがメニューを見ながら悩み始めたので、俺はすかさず「僕的には牛ハラミ串とピーマンの肉詰め串がお勧めですね」とにっこり笑顔で勧めてみた。
「じゃあそれ、2本ずつ」
「ありがとうございます」
今どきレアな紙の伝票に注文を書いて、挨拶をしてテーブルを離れた。
「こんな感じで、注文取って、この伝票をカウンターから厨房にいる人に見せて、お酒作ってきて、配膳して、掃除、片づけをぐるぐる回りながらやる。レジは社員さんとかベテランの人たちがしてくれるから、俺たちはひたすらこれを繰り返す」
「すげー! めっちゃ手慣れてた! 紙に書くのも新鮮」
心底感心したような声を出されたから、なんだかこそばゆい。
「メニューは伝票に書くとき略して書いたりするから、それはまたあとで教え……『いらっしゃいませ』」
早速入口からお客さんが入店した音がしたので、俺は立ち止まって声を張り上げて挨拶した。
「望ってそんな大きな声でるんだ!」
またもや感心するように言われたけど嬉しくないぞ。
「仕事中だから当たり前だろ。こんな風にお客さんがいらしたら声出して、先輩たちがテーブルに通してくれるから、注文取りに……」
「「いらっしゃいませ」」
来店を知らせるベルの音がして、続けての来客だ。早速教室にいる時と同じぐらいに元気な声を響かせた陽翔に、俺も通路の向こう側にいた先輩も顔を合わせて目を見張る。
「よし、じゃあそれ片づけたら、お酒作って出して、注文取りいこう」
「はい」
次に注文を取ったグループは、大学生ぐらいの男女四人組。このグループはさっきもその前も、中々注文が決まらない感じ。一応またお勧めメニューを口にしてみる。
「牛ハラミ串とピーマンの肉詰め串とかいかがですか?」
「あー、お兄さん、さっきからそればっかお勧めしてくるね~ どうしても注文して欲しい?」
残りの三人もくすくすって笑う。大学生のこういう冷笑系のノリって苦手。うちの店には今月のお勧めメニューってのがあるんだ。だから声掛けしてるんだけどさ……。顔には出さないで「そうですね~」とか流してみたんだけど、本当はお勧めとかするのがそもそも苦手だから、地味に傷つく。
そしたら陽翔が俺の横に膝をぐっと折ってしゃがんだ。
「あー、注文して欲しいっすね。このメニュー今日、沢山出てます! どっちもすごく美味しいですよ!」
人懐っこく陽翔が笑ったら、お姉さんたちが二人ともいきなり食いついてきた。
(これってもしや、庇ってくれた?)
「なんか、お兄さんさあ、月が満ちて~みたいな歌のグループの人に。似てるって言われない?」
「すごいカッコいいね!」
お姉さんたちは大分酔っぱらってるから、正直な気持ちが駄々洩れているみたいだ。男子二人はちょっと面白くなさそうで、器が小さい俺は逆にちょっと胸がすく。
(そういえば、俺も似てるって思ってたもんな)
俺達と同年代のダンス&ボーカルグループのメンバーに似てる。陽翔もダンスが上手だ。体育祭の応援団の演舞でソロパートを踊った時、力強く堂々としていて、めちゃくちゃ格好よかった。周りの女子が耳が痛くなるぐらい悲鳴上げてたし、俺以外の男子もきっとあんな風になれたらいいなって一瞬思っただろうな。
(こいつみたいだったら)
心の中でずっと抱えてる、密かなコンプレックスが刺激される。そのせいで嫌な思い出再生スイッチをまた自分で押してしまった。
『アヤナだってさ、望じゃなくて、レン君から貰いたかったよねえ?』
「ありがとうございます。たまに言われます」
陽翔の元気なお礼の声に我に返った。にこっと柔らかく笑って話題を流す、似てるって言われ慣れてるんだろうなって感じだ。
「それじゃあ、4本ずつ、貰おうかなあ。いいよね?」
「ありがとうございます」
俺がジョッキを持つ前に陽翔が片手で軽々と四つも回収。俺は伝票を書いて、テーブルを拭いて立ち上がる。
「はは、陽キャ、半端ねぇな……」
思わず口からでてしまったら、前を歩き出した陽翔が俺を振り返って悪戯っぽく笑うと、「楽しいね」なんて口の動きだけで囁いて来た。
ああ、無邪気なもんだ。圧倒的陽キャモテオーラが、厨房に向かって先を歩く背中から迸ってる。
(あー、やっぱ、こいつちょい苦手かも……)



