サトラレ体質の俺は好きバレしたら終わるので友達ポジション死守します

(『月が綺麗ですね』)
 たまたま俺の横に来た誰かのお母さんらしき人が、隣で人懐っこく呟いて来た。
「これだけ顔が分からない写真ねえ。月も写ってないし」
 もしかして、いや違うだろ。
 芽生えた期待と、それは流石にないだろうという否定で、胸の中にざわざわとさざ波が立つ。一旦落ち着こうと、他のポートレートを見た。みんな明るいメッセージ、色々な筆跡。
 もう一度メッセージと写真を見た。俺は陽翔の字をきちんと見たことがない。でもきっと、この朗らかな綺麗な筆跡は陽翔に違いないって、そう直感した。
(ねえ、これってどういう意味? 俺の名前の話をしたから? あの日の月が綺麗だったから? それとも……、もしかして……)
『月が綺麗ですね』
 夏目漱石が英語の『あなたを愛しています』をそうとでも訳しておけと生徒に伝えたという俗説がある。
(もしも、まさか。いや違う、でももしかしたら……)
俺は、好きな相手に好きって言ってもらってから気持ちを伝えれば楽勝とか、そんな風に安易に考えてたのに……。いざとなるとそれを確認するのすら怖い。
揶揄われているだけかも、深い意味はないかも。友達として好きってことかも。
ネガモンが頭の中で色々囁いてきて、とてもいいようには考えられない。
(俺ってヘタレすぎ……)
 メッセージの余韻を引きずって、ドキドキしたまま廊下に出たら、後ろから大声で名前を呼ばれた。
「望!」
「え……」
 背の高い陽翔は人混みの中でも頭一つ抜けている。さらに目立つように拳を掲げてから、俺に真っすぐ向かって来る。
(ダメ……、今触られたら……)
 思いを誤魔化しきれない。期待と不安とが全部かき混ぜられて、ぐちゃぐちゃな俺の心を陽翔に今伝えるわけにはいかない。俺は人をよけながら必死に走り出した。
「待って! 望!」
もう傷つきたくないだろ? 友達なら一緒に居られる!
 俺の中のネガモンが、淡い期待の方を押し潰してしまう。
 俺が乱暴に人を避けながら走ったから、周りがざわざわってする。
(今好きバレしたら、終わっちゃう。終わりたくないよ。折角仲良くなれたんだ!)
「待って!」 
 後ろから陽翔の声がした。でも今捕まるわけにはいかない。
(明日の文化祭終了まで逃げ切れば、あいつに彼女が出来て、この恋が終わるまで、絶対隠して、友達に戻るんだから!)
今日の文化祭終了まであと一時間。むしろこのまま一時間どっかに隠れていて、14時過ぎたらこそっと帰りの会に出るために教室に戻って、そのあとダッシュで帰る。
 それで明日も係りが終了したら勝手に帰っちゃえばいいんだ。後夜祭の出席は任意だし、打ち上げだって、行かないってだしてるし。
 一階にいた俺は模擬店がいくつも出ている中庭を突っ切った。クレープに水餃子や麻辣湯屋、じゃがバタ屋さんに行列ができてる。俺はチュロスを摘まんだこともあり、賑やかな中で一人で食べるのもなってお昼を食べそこなってた。身体は正直でぐーぐーと腹が鳴る。 
(陽翔が追って来てなかったら、このまま列に並んじゃおうかな……)
 後ろで女の子たちの悲鳴が聞こえた。振り返ったら陽翔が凄い勢いで追いかけてきてた。
(まじかっ!)
 中庭を突っ切って隣の校舎に駆け込む作戦に変えたけど、俺の体力ゲージはそもそも運動部だった陽翔の半分ぐらいしかない。
 ぜーぜー言いながら校舎に飛び込んで、二階に駆け上がったところで、今日は立ち入り禁止の看板が立ててある、選択授業用の教室のある廊下へわき目もふらずに侵入した。
 廊下はにぎわっているけど、俺を咎める人はいない。
 二番目の教室に飛び込んで、ドアを乱暴に閉めて、流石に息が上がって椅子窓側の壁に身を隠すように座り込んだ。もう無理、走れない。自分の運動不足が恨めしい。
(陽翔……、陽翔をまけたかな)
 はあはあはあ息をついてたら、扉がガラガラって勢いよく開いた。
「わあああああ!」
ホラー映画並みに絶叫して、心臓が止まりそうなぐらい驚いた。
「望! 見つけた!」
「こっわあああああ!」
「待ってっていったのに!」
 陽翔はずかずかと今度こそ俺の前まで歩いて来た。俺はだらしなく床に尻をつけて窓の下に座り込んでいたから、立ち上がってまた陽翔から逃げるのは不可能だった。
 ついに正面まで来た陽翔を乱れた息をつきながら見上げたら、陽翔は少し開いたカーテンの隙間から、漏れて落ちている光の中にすっとしゃがんで片膝を立てた。
 眩くて、格好よくて、まるで王子さまみたいに見える。
「おい、白パンが汚れるぞ」
「お前もな」
 俺だけ手を床に突き、股を広げたような姿勢は格好が悪すぎて、そろそろって正座に直す。そんな俺の目の前に、陽翔が拳を突き出した。
「手ぇだして」
「なんでよ」
「いいから出して」
 光の中キラキラしてる陽翔の顔を見つめてから、陽翔に触れないように警戒しながら掌を差し出した。
「なにすんの?」
 緊張してドキドキしてたのに、陽翔は切れ長の目を細めて柔らかな笑顔になった。
「これ、見て」
 大きな掌がグーからパーに開いた。でも特に何も手には触れなくて、俺がちょっと口を曲げて「なに?」って聞いたら、陽翔が慌てて自分の掌をひっくり返した。
「あ……、汗で張り付いてた」
 そのあと陽翔は「恥ずかしい……」って言いながら片手で顔を覆ってしまった。でも俺はそんなことより、陽翔の掌に張り付いていた白くて薄いぴらぴらした紙に釘付けになった。
「これって……」
 指先でつまみ上げてよく見た。白い紙は息を吐いたら飛んでいきそうなほど、小さくて薄い。そこに赤い文字で「当たり」と書いてあった。
 そして耳まで真っ赤になった陽翔も、もう一枚を摘まみあげてる。
「これ……、ガムの当たりくじ?」
「一枚は俺が当てたけど、もう一枚は望が当てたんだよ」
「すごい! すごいな!」
 こんな奇跡ってあるんだろうか。当たりくじを手に握りしめて、俺は思わず陽翔に抱き着いてしまった。
「わあ! ちょっとまった!」
 陽翔が俺の肩に手を掛けてぐぐっと前に押して俺を引き剥がした。
「っ!」
 これでは立場が逆転したみたいだ。今まで自分が散々陽翔にしてきたことなのに、いざ自分が拒否られると哀しくて堪らない。
 陽翔に彼女ができたら平静でいられるのかとか、いつになったら触れてもいいんだろうとか。色々考えすぎて寝不足、しかもお昼を食べていない。立ちっぱなしで人より一時間多くチュロスを揚げたから身体に甘い匂いが染みついていて、お腹がぐーってなる。
 色んな感覚に一斉に苛まれて、俺の身体が誤作動したみたいに、涙がじわって染みだしてきた。俺は上目遣いに陽翔を見上げながら、口をへの字に曲げた。
「なんだよ……、拒否んなよ……」
「え……、望、泣いてる?」
「泣いちゃ悪いかよ。お前のせいだからな」
「ごめん、そんなつもりじゃ……。でも俺、今お前に触れると……」
「触れるとなんだよ!」
 意味分からないキレ方をしたのに、陽翔は黙って腕を伸ばして俺を腕の中へと強く抱き寄せた。
(陽翔……陽翔……)
「望、好きだ。友達じゃない方の、好き。お前は、俺のこと……、どう思ってる?」
 陽翔の声は少し震えてた。
 俺の中で心の声も、口に出した言葉も。どっちもぴたりと重なった。
 そこになんの迷いもない。震えるような衝動が身体を駆け巡る。
「(俺も好き!)」
 するとまた、陽翔が俺を抱きしめていた腕を緩めたから、俺はもう、気持ちがいっぱいになって、自分の方から陽翔にぎゅうぎゅうって抱き着いた。
「なんで離れようとするの?」
(俺のこと好きって、友達の意味じゃないって……。なら俺だって、陽翔にくっつきたいよ)
「だから、その、ダメなんだよ」
「どうして?」
(俺はもう腹をくくったんだから)
「いや……その……」
(煮え切らないなあ)
「煮え切らないとかじゃなくて、ってああ……、言っちゃったよ……」
 陽翔は焦った顔をして口元を片手で覆った後、腕の中から見上げてた俺の目を覗き込んできた。
「……」
「実は俺、超能力使えるようになっちゃったみたいで……」
「え、は?」
(それって、俺の声が聞こえてるってやつ?)
「そう。望に手で触れると、考えてることが分かるんだ。今もほら」
(それっていつから聞こえてたの?)
「いつからって……、アイスクリーム食べ行った日から」
「(まーじーかー)」
 思わず陽翔の腕から逃れて、窓の下に背中を預けた。
「ちょっと待って。え、意味が分からない。アイス? そんな前から? え、その頃俺どんな? はあ? 俺の心の声、聞こえてたの?」
「それで望が俺と距離を置きたがってるって分かって……。多分俺ぐいぐい行き過ぎて嫌われたんだろうなって思ったから、だから少し頭を冷やそうって思ったんだ」
「……」
(だから、急にあんな、俺のこと避け始めたんだ)
 そして冷静に考えると自分も陽翔のことを避けていたんだから、この反応は当然の結果と言えた。
「でも……、望の傍にいられないのがきつくて……、全然頭が冷えなかった。俺が傍にいなくても、望はクラスのみんなとすげぇ楽しそうにしてたし。岡本と引っ付いたり、女子と写真撮ったり、ああ、もうっ……」
 言いながら陽翔はいらだったみたいに自分の髪の毛をくしゃくしゃってやった。
「心を読んだりしたから、そのせいで罰が当たって望に避けられたって思ってた……」
「陽翔……」
 ええ、ちょっと待てよ。
落ち着いたら今の状況がだいぶ面白くなってきたぞ。
(陽翔、自分が超能力者になったと思ってる? 可愛いかよ……)
 流石はポジモン。ポジティブが過ぎると、突然人の心の声が聞こえてきてももいい様に解釈するだなあ。感心してにやついてしまったら、陽翔がちらっと俺を見た。
「気味悪くない? 心読まれて」
「あー、いや、それに関しては……」
「そうだよね……」
 これは流石に予想ができなかった展開だ……。陽翔というと意表を突かれることばかりだ。
「逆にさ、陽翔が俺の立場だったら、どう思う?」
「心読まれちゃうってこと?」
「そうそう」
「うーん? 俺ならま、いいかな。触ってる時だけだし。多分だけど好きな人に触れてる時はその人のことばっか考えちゃって、恥ずかしいけどそれで俺の大好きって気持ちが沢山伝わるなら一石二鳥だし!」
すっと、長い間胸に突き刺さっていた、チクチクする棘が陽翔の言葉で抜けた気がした。
「お前本当に根っから……、ポジモンだ」
「でも、望は思っていることが全部俺に知られたら嫌だよね?」
「そりゃ……。考えてること全部が読まれちゃうなんてさ……、怖いし恥ずかしいよ」
 するとすうっと陽翔が真面目な顔つきになって、俺を真っすぐに見すえた。
「……俺は、心を読まれるなら、多分怖くない。でも望の心を読んで全部知ってしまうことの方が、怖かったよ」
「え……」
「望が俺のこと嫌いになったら、先にそれが分かるって、怖いだろ?」
(そっか……、そんなこと考えたこともなかったな)
 俺は全部自分のこと中心に考えてばかりで、相手がどう思うかの視点が欠けてた。
俺がしょぼんとしたら、陽翔はにこっとした。いつもの明るくて、俺を安心させるピカピカの笑顔だ。
「でもさ。生きてるんだから、相手にムカつく日もあるだろ? それならまた何度でも、また大好きになって貰えばいいだけだよな?」
「ポジモン……」
 陽翔は俺の心を読んでも、俺みたいにネガティブに物事を捉えない。明るい方へ、良い方へ物事を考えてくれるだろう。
「だから、ごめんだが、これからも俺に心を読ませてください。何度でも好きになって貰えるように頑張るから! 俺の恋人になってください」
 陽翔はこれから何度でも、今みたいに俺に手を差し伸べてくれるんだろうな。
 何度だって、きっと俺が逃げてもさっきみたいに追いかけてきて、俺の手をとって、一緒に歩んでくれるに決まってる。
 俺は陽翔の目を見つめ返して、ハイタッチするぐらいの強さでパーンってその手を握った。
「うん」
 手をつないだまま校舎内を歩くのはまだちょっと勇気が出なかったので、笑顔がいつにもまして輝いている陽翔と隣同士に歩いた。
「望、お腹空いてる?」
「すっげぇ、すいてる」
 色々悩んでいたことが消えたせいか、一気に空腹に襲われていた。
「あー、結構売り切れてるな。じゃがバタならありそう。じゃがバタ好き?」
「好き」
「じゃあ、望はあっちに座ってて。買ってくるから!」
 そういうと張り切って列に並びに走っていった。
陽翔のいきなりの彼氏ムーブが凄いな……。俺はちょうど空いてラッキーだったパイプ椅子に座って、近くの椅子をずずっと自分に引き寄せて、陽翔の分も確保した。
 腹が減りすぎてる上に、色んな事が一度に起こってわけわからんくなってた。とりあえず何か食べて落ち着こうと思った。
 賑やかな中庭、適度に涼しく、ぽかぽかとしたいい天気。
 ずっと気持ちが塞いでていたから気がつかないふりしてたけど、今日はいい日だ。気持ちに入り込みすぎると天気にも気がつかないとか俺って本当に……。
(でもきっと、陽翔と一緒にいたらこういうとこちょっとずつ改善されそうな気もする)
 俺たちはいいところも悪いところも真逆だから、お互いをフォローしあっていけそうな気がする。
ポケットを探りスマホを出した時、さっき慌ててしまってた当たりくじも指先に引っ付いて出て来た。
(これマジでミラクル。後夜祭じゃなくても、二枚揃ったら即、両思いになれるよとか……、ジンクス増やしちゃったりして)
 なくしたくなくて、スマホケースの裏に挟んだ。眺めてるだけで自然と頬が緩んじゃって、流石に恥ずかしくて真面目な顔をしようと思うのに、にやけてしまう。
 程なく戻って来た陽翔は、ラムネをわきに抱えて、じゃがバタを二つ手にしてた。
「あ。それ」
 陽翔は目ざとく俺のスマホケース見て笑顔になった。
「うん。ここ入れた」
「俺も無くす前に俺もそうしよ」
 そのまま椅子にドカッと座って、俺にじゃがバターとラムネを渡してくれた。
「食べよ」
「うん」
 俺がラムネを膝に置いて、黙々とじゃがバタを食べてたら、陽翔は湯気が立つじゃがバタを三口で食べ終わって、ラムネをあおってた。俺をちらちらもの言いたげに見る。
「なに?」
「あのさ、写真部……、行ってくれた?」
 こいつにしては珍しくモジモジした感じに聞いてきたから俺まで恥ずかしくなってしまう。
「……見た」
「どうだった?」
「ブルーモーメントはいい感じだったけど、お前、ポートレート撮るのは下手だな」
「うぐ、毒舌……」
 陽翔が眉をわざとしかめて、大袈裟に胸に手を当ててふざけた。
「でも……、メッセージは」
「伝わった?」
 またもやアイドルみたいに指ハートを作ってニコッとしてきやがった。
「また調子づいてやがる」
「そりゃ調子づくっしょ。好きな子に好きって言って貰えたんだから」
 すると隣からすごい悲鳴が上がって、振り返ったら色違いの猫耳にメイド服を着ていた女子グループがこっちを見てなんか騒いでる。
「あー、これ、お前に彼女できたって大騒ぎになるやつだ」
「え?」
 でもまあ今日はあと三十分で終了なんだ。このまま二人でのんびりチルらしてくれ。
 俺は陽翔に肩に身を持たれかけて、日の光にキラキラするラムネの瓶の栓を勢いよく抜いた。