サトラレ体質の俺は好きバレしたら終わるので友達ポジション死守します

※※※

 最悪なことに今日は陽翔とバイトが重なってた。文化祭期間二日ともバイトに入らないから今日は入ってたんだ。
 それは陽翔も一緒で、俺たちはなんとなく気まずい空気のまま仕事を終えた。
「お先に失礼します」
「あれ、今日はまかない食べないの?」
「あー、まあ」
 俺が賄いを食べないのって珍しいから、先輩にそう聞かれた。その後ろを、陽翔が通り過ぎてく。
「お先に失礼します」
「あれ、アオイも食べていかないんだな?」
「あ……、はい。今日は」
 言いながらちらって俺の方を見て、目が合ったら気まずそうに逸らされた。なんかムカッとした。
 広めの階段を上がって地上に出ていく陽翔の肩を掴もうとして、でも触れられなくて。階段を気合入れて駆け上がって先に陽翔を待ち伏せした。
「おい、陽翔!」
「……なに?」
 階段の途中で陽翔が立ち止まったから、俺たちはちょうど目線が同じくらいか、むしろ俺の方がちょっと高くなった。
「なんで無視すんだよ」
「無視なんてしてないけど」
「じゃあ、なんで、賄い食べて帰んないだよ」
「そっちこそ」
「うっ……」
 言われてみたら俺が先に賄いキャンセルしたんだった。ご飯の話をしたらぎゅるるってお腹が鳴った。
「腹減った」
「俺も」
 二人して目を見合わせて、笑いが込み上げてきた。
「お前、賄い食ってけよ」
「お前こそ」
「……戻る?」
「今更恥ずかしくね?」
「じゃあ、どうしよっかな……」
 俺はこっから歩いて帰れる。陽翔の住んでる駅は多分ここじゃなさそう。俺の方が多分駅の周りに詳しい。といってもまあ、食べんのなんでもいっか。
「……バーガー、食べてく?」
「おう」
 開発が進んでる駅の反対口まで移動してバーガーショップに入った。お互い気兼ねなく、自分の分を注文する。
「バーガー三つも食べんの?」
「腹減ったから。余裕」
「賄い食べてけば安上りだったのに」
「……お前が食っていかないんじゃ、詰まんねぇし」
(あー、こいつ、もうっ)
 諦めないとなって思ったのに。こういう言い方されると、胸が甘く疼く。
「お前こそ、なんで賄い食わなかったの?」
 いい言い訳を思いつきたい。でもあんまり思いつかない。
「まあ、そんな気分じゃなかった」
「気分て」
 久々に陽翔の笑顔を間近で見られたから、それだけでじゅんってバターが蕩けたみたいな多幸感が胸いっぱいに広がった。
 俺はコーラを啜って、バーガーに大きな口で被りついてる陽翔を見つめた。イケメンの癖に、全然気取ってない。だけど目が離せなくなる、ポテトを摘まむ長い指が綺麗だ。
(もともとイケメンだと思ってたけど……、今週ちょっと離れてたから改めてみると、余計なんか格好よくみえる)
「あのさ、日曜日……、ごめんな」
「……なにが?」
「あの、ほら。渋谷まで歩くって言ってたのに急に帰るって言いだして」
「ああ、そのことは、いいよ」
 そう言ってまたハンバーガーをむしゃむしゃ食べて、あっという間に一つ目を完食して包装紙をくしゃくしゃって丸めた。
(そのことは、って……。やっぱなんか別に怒ってる?)
「陽翔、なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「でもなんか……」
「それなら、望の方が、俺に言うことない?」
「聞いたの俺なのに質問すんの?」 
 そう答えながら、いつもより熱っぽく感じる陽翔の目つきに、落ち着かない気分になって、陽翔と過ごした記憶を探った。
(まさか……、触れてる時に俺の気持ちが陽翔に伝わってたとか、ある?)
 いや、ないと思う。陽翔への気持ちを自覚したのって、日曜日に夕方歩いてた時で、すぐに手を放して家に帰ったから多分それじゃないと思う。多分……。
「分かんないよ……。お前の考えてることなんて。俺、心とか読めないもん」
「……っ。そうだな。言わなきゃわからないよな。考えてることなんて」
「うん……」
(あーあ、俺が触れたら、陽翔の考えてることが読めたらいいのに)
 そうしたら、俺のことどう思っているのか、分かったのにな。
 でもわかったとして……、陽翔に好きな人がいるっていう事実は変わらない。それなら俺が出来ることってなんだろ。
(簡単だろ。諦めて、友達に戻るんだ)
 また会話が途切れてしまった。黙ってポテトを食べてたら、眉をやや顰めてチーズバーガーを食べ終えた陽翔がまた包装紙をくしゃくしゃってやった。
「……あのさ」
「なに?」
「後夜祭の後、クラスの打ち上げあるだろ? あれ、行く?」
「……迷ってるかな」
「俺は、行かない」
「え……、そうなんだ」
 意外すぎる答え。だけど思い当ってしまった。
(後夜祭で……、好きな子に告白するからだ。その子と過ごしたいんだ)
 だからきっと、打ち上げに行かないんだ。なんか悔しいような寂しいような、言いようのないモヤモヤが喉元までせり上がって来た。
「陽翔がいかないなんていったら、クラスのみんなが行かないって言いだしそう。ダメじゃない?」
 詰るような言葉を言ってしまって、すぐに恥ずかしくなった。
「……そういうお前は、どうすんの? なんか予定あんの?」
「さっきからなんなの? 陽翔、質問返してばっかで、俺の言葉ちゃんと受け止めてくれてないよ!」
 陽翔ははっとしたような表情になった。
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「もういい。俺、先帰るね」
「望、待って」
 立ち上がって、トレーを持った俺の手首を陽翔が掴んできた。
 それを俺は、ばんって反射的に振り払った。
 いつも爽やかで、明るくて、太陽みたいな陽翔の顔が、さあっと曇った。
(好きな人に、こんな顔させるなんて、俺って最悪だ……)
 その後は本当に、最悪だった。
 片手を放したトレーから飲み終わった飲み物が落ちてきて、床に勢いよく氷が散らばった。
「……っ、ごめん」
(もう、最悪、泣きたい)
「大丈夫だから、ちょっと待ってろ」
 陽翔が俺の方をぎゅっと一瞬掴んで目を合わせた。強い眼差しで、迷いがなかった。陽翔は店員さんを呼びに行った。さすがにこのまま帰るのは人としてどうかと思って、下を向いてしゃがみ、手で氷をかき集めている間に涙が出そうになった。
(おい、ご先祖様、あんたのせいだぞ。好きな人に触れてもらうのが嫌だなんて、どういうことだよ)
「お客様大丈夫ですか?」
 確認されたけど、すぐに立ち上がれなかった。目の前に陽翔の長い腕が降りて来た。俺は覚悟を決めて、自分から陽翔の手をがっつり掴んで立ち上がる。心の声と、口に出す言葉を一致させた。
「『ありがとう』」
 ぱっと手を放して、うつむき気味に店員さんにも頭を下げた。
「すみません」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、俺、帰るね」
「……ああ。気を付けて」
 まだ涙が乾いたわけじゃなくて、気を抜いたら零れそうだ。迷いなく出口に向かって歩いた。
「望!」
 陽翔に呼ばれて、振り返ったらまだ泣きそうなのがバレてしまいそうで、そのまま立ち止まる。
「写真部の展示、絶対見に来てくれ」
 何も言わないで、力なく腕をあげて、指先だけひらひらって返事した。
(あーあ。人ってこんな簡単に、人を好きになってしまうものなんだ。それで全然ままならない……)
 恋って落ちるときは踏み出した先が深い穴で、足の先から首の丈まですとんて、落ちちゃうんだ。ドキドキしながらすぐ傍にいられたら、ただ純粋に嬉しいって思えるだけだったら、どんなに良かっただろう。
(触れたら好きバレして、友達でいられなくなっちゃう……)
 せっかく友達になれたのに……。折角好きになれたのに。陰キャご先祖様のバカ! こんな力いらないよ!
 家に帰ってから、いつものナイトルーティーンを終わらせて、リビングのソファーで無の表情で低脂肪ヨーグルトを食べてたら、姉さんがデカい紙袋を持ってやって来た。
「望、明日文化祭に持って行きたいって言ってたメイク道具、これ全部持ってっていいよ。肌に合う合わないは確認してあげて。低刺激のクレンジングも入れといた。この中のものは全部、欲しい子いたらあげていいし」
「うん……ありがと」
 アメリカンダイナーのウェイトレスっていうことで、着たい子はみんな衣装を用意して可愛いワンピースを着る。メイク道具は手持ちを沢山持っている子もいるし、ほとんどメイクしないって子もいるから、姉さんが試して好みじゃなかったコスメを沢山提供してくれることになった。
 みんな楽しみにしてくれてるし、シフトにも入っているから、こんなに沈んでても僕が明日文化祭に行かないなんてことはあり得ない。
 だけど後夜祭で陽翔が好きな子に告白をすると思ったら気持ちが塞いだ。
「なにそのしょぼくれた顔は」
「うー」
「悩み事?」
「うん。……そうだ姉さんさ」
「うん」
 爆美女で評判な姉だけど、すっぴんは俺と似ている。今はメイクを落としてゆで卵みたいにつるんとした顔をしてる。
「姉さんもさ、浩司さんに触ったら姉さんの考えてることバレる?」
「あー、あれか。うん。そうだね。触ってる時は判るみたいだよ。でもあの人そういうの人の気持ちに左右されない人だから、分かっててもなんか全然大丈夫みたい」
 僕は眼鏡をかけてニコニコと穏やかな顔つきの、近い将来義兄になる人の顔を思い浮かべた。
「確かに、穏やかだよね」
「そうよ~。この変な力のせいでさ、やっぱり好きな人を作る時は色々慎重になったよ。お父さんみたいな男、そうそういないし」
「姉さんって、ほんとファザコン」
「うるさいなあ。ほら、やっぱうちは父さんと母さんが凄く仲良しだから、憧れるじゃない? やっぱり情緒が安定している優しくて穏やかな人が一番だもん」
「でもそれはさ、姉さんとか母さんがポジティブで、相手にいい感情ばっかり行くからじゃないの? 俺みたいにネガティブじゃないもん」
「えー。人間だから、穏やかじゃない日もあって当然だもん。当たり散らしそうって時は絶体触れないようにしてるし」
「そうなんだ」
「でも……、それでもさ。この人になら何もかも知られてもいいって覚悟できるほど、好きになっちゃったんだよね」
「覚悟……」
(そっか……、俺に足りないのは覚悟ってやつか)
「ちょっと、眉間にしわが寄ったら勿体ないわよ。折角肌の調子いいんだから」
 姉さんは柔らかな指先で僕の眉間によった皺をフニフニ押して伸ばしながら、にやって笑った。
「で、どんな子なの。望の好きな人」
「どんなって……、なんだろ。アオハルって感じの人」
「なにそれ? 爽やかな子?」
「うん、いや?」
「どっち?」
「爽やかで、格好良くて、何でもできて、クラスの中心で……」
「目立つ子?」
「うん。目立つ。笑顔が明るくて、人懐っこくて、誰でも絶対あいつのこと好きって思うだろうなって。俺とは色々真逆」
「ふうん? うちの弟も中々イケてると思うよー。姉さんは」
 仕事柄、綺麗な人を見慣れてる姉さんがそう言ってもらうと、まあ嬉しくはあるけど。
「俺さ、好きになるなら俺のこと好きな人にしようって思ってたんだ。……それならきっと心を知られても、嫌われにくいんじゃないかって。でも……。そううまくいかない。もしかしたら俺のこと、少しは好きかもって思うけど、それってどういう意味の好きかとか分からないし。もしも相手の気持ちが分かったからって、気持ちを返す勇気があるかどうかはまた別問題だって分かった」
 頷いてる姉さんの顔を見ながら、なんか答えが出たなって思い始めてた。
「多分すごい好きになっちゃってるかもなんだけど、まだ後戻り出来てそうしたら友達のままで、仲良くできるんじゃないかなって思ったんだけどさ……」
「無理そう?」
「……頑張ってみようかなって思う。文化祭の間に、ちょっと距離置いて、それであいつに彼女ができたら諦めついて、この気持ちを終わらせられるかも。そうしたらさ、また触れても大丈夫になれるから。その方が幸せかも」
「……そっか。頑張ってね」
 隣に座ってた姉さんがむぎゅって俺に抱き着いて来たから、さすがに恥ずかしくて押しのけた。