サトラレ体質の俺は好きバレしたら終わるので友達ポジション死守します

 笑顔で軽口を叩きながら香水の会計を済ませ、近所にあるビルの見晴らしのいいカフェに並んだ。インテレグラムで見かけて一度来てみたかったんだけど、やっぱりそれなりに混んでる。ようやくお店には入れた頃にはお日様がだいぶ傾いてきていた。
「なあ、写真撮らんの? 外暗くなっちゃうよ?」
 今日のお出かけの目的は俺は香水を買うこと、陽翔は写真部に出す俺の写真を撮ること。なのにまだ写真は撮れてない。俺はシュークリーム、陽翔は米粉のパウンドケーキを食べ終わって、窓辺の席で二人してちょっとまったりしてしまってた。
「まあ、撮るけどさ。撮ったら望はもう帰ろうって言ったりしない?」
「はい?」
「折角、望がデートしてくれたんだから、この後も、もうちょっと一緒に居たいからさ」
 真正面から甘えるような目線で微笑まれたら、また胸のドキドキが始まってしまって、俺は目線を手元に落とした。
「……別に、今日はバイト入ってないし、まだ帰らなくていいよ」
「本当? じゃあ、写真撮っちゃうか」
 陽翔はようやく、お洒落なストラップで肩から下げてたカメラのレンズカバーを外した。
「望は普通にしてていいから」
「普通って……」
「スマホ弄ったり、カフェラテ飲んだりしてて」
「緊張する……。そもそもなんでポートレートのモデルに、俺を選んだの?」
 陽翔は膝の上に載せたカメラを弄ってから俺に向けてレンズを構えた。
「……」
「え、そこ黙る?」
 口開けて喋った瞬間に撮られてた。
「おい、それ絶対事故ってるだろ」
「ごめん、もう一回」
「……って。どんな顔すりゃいいんだよ。勝手に撮れよ」
 恥ずかしすぎる。陽翔の方を向いたら、にやけるか怒るか、絶対変な表情になってる。
だから敢えて窓の方を向いたり、俺もスマホを弄ったり。そしたら陽翔までスマホを取り出してきた。
「通知来た?」
「うん。こっち向いて」
「あ……」
 陽翔の自撮りに続いて、今度こそ匂わせじゃなくてがっつり陽翔の投稿に載ってしまった。
「なんか枚数多くない?」
 そのままスマホで俺をとり続けるから、眉を顰めたら、陽翔がスマホを下ろしてなんか照れた顔をしてる。
「実はさ、俺まだ一眼レフで写真撮るの慣れてなくて。ポートレートレベルだと、正直スマホの方が上手く取れる」
「まじかー。まあそうだよな。スマホでもかなり綺麗に取れるもんな。じゃあ、ポートレートはスマホで撮ってもいいの?」
 突っ込みを入れたら、陽翔がスマホを持った手を下ろした。
「……どっちでとっても怒られない。写真部の文化祭の展示用に使う写真は、もう選んで大きく印刷してある……」
「そうなんだ。じゃあポートレートって言うのは?」
「ポートレートは写真部の別の企画に使う」
「なに?」
「沢山の人のポートレートを飾るコーナーがあるんだ。だから、あの。当日、見に来てほしい」
「ふうん?」
 陽翔にしては歯切れが悪い。大きい印刷物じゃなかったのが申し訳ないとか? 別にそんなのいいんだけど。むしろ恥ずかしいし。それに俺は今日一緒に出掛けられて楽しかったからいいやって思った。
 昼食後に集まったし、香水もゆっくり選んでいたからすぐに日が落ちて来た。
 お店を出て、表参道を渋谷方面へ歩く。休日だからすれ違う人が多い。観光客なのか、写真を撮っている人もちらほらいる。真似して陽翔が俺の写真を撮るから、逆に俺もこっちにカメラ向けてる陽翔をスマホで撮った。足がすらりと長くてスタイルがいいから、カメラを構えてる姿自体がさまになってる。
「やっぱ陽翔の方が映える」
「望が撮った俺の写真欲しいな」
「後で送るよ。陽翔のインテレ、今みたいな時間の写真沢山あるよな」
「うん」
 言いながら、陽翔は青い気配に包まれた街中をカメラに収めてる。それで振り返って俺を映した。
 俺はすぐに隣に駆け寄って、陽翔が撮ろうとしてる景色を一緒に見上げた。薄闇に沈んでいく手前の青を眺めれば、街の喧騒も少しだけ遠く感じる。
「ブルーモーメントっていうんだろ」
「そう。良く知ってるね」
「お前がハッシュタグ付けてたから」
「そっか……」
「俺も好きだよ。こんなに街の音が聞こえてても、写真だけ見ると青が静かで、落ち着いて、透明で……その中に惹き込まれる感じが好き」
 陽翔が上を向き空と木々を撮ってから、カメラを下ろして俺の方を静かな目で見た。
「俺が望のこと気になったのと同じ理由だ、それ」
(どんな理由だ……)
 意図を探りながら戸惑っていたら、陽翔がカメラを下ろして手をさしのべて来た。
 一瞬迷ったけど俺はその手に取ってしまった。大きな掌に載せたら直ぐに、陽翔がするりと器用に手を動かし、恋人繋ぎに変わった。
「……渋谷まで、歩かん?」
「うん……」
(恋人繋ぎ……) 
 きゅって手を握られると、それだけで心まで掴まった気持ちになる。
 色々考えてしまいそうで、とにかく思いついたことをすぐに声に載せた。
「もう月が見えてる」
「満月かな? 大分大きくて丸いね」
「ほんとだ。でも満月は今日じゃなかった気がするけど……」
「詳しいね」
「俺の名前『望』って満月から来てるんだよね。秋生まれだし。中秋の名月」
「そうなんだ。希望の望かと思ってた」
「まあ、そっちの意味もあるかもだけど。だから何となく、昔から月を意識してる」
「意識する相手のスケールがデカい」
「あはは。陽翔はアオハルを意識して名前つけられた?」
「らしいよ。笑えるだろ」
「親御さんも陽キャ?」
「母さんは昔はギャルだったらしい。若い頃は渋谷で遊びまくってたって」
「それまじのギャルだ。陽翔のお母さん、息子さんはアオハルって名前の通り、人気者の爽やか君に育ってますよ。名づけ大成功じゃん」
(アオハルってあだ名、こんなに似合うやつっていないよな)
 なのに陽翔はこっちをみてなんかちょっと複雑そうな表情になった。
「……そうでもないよ。俺は陽キャっぽいアオハルより、望のしっとりした雰囲気の方が好き」
「え?」
「望はクラスの男子が大騒ぎしててもクールで、……俺らのこととか馬鹿だなって心の中では笑ってるんだろうな、思ってた」
 まさかそんなこと言われると思ってなくて、さあって血の気が引いてきた。結構ショックで立ち止まる。
「それって、俺が『冷笑界隈』に見えてたってこと?」
「ともいう」
「うわー。それ、最悪。そっちから見たら俺ってそんな感じか」
 自分が忌み嫌っていた存在に、むしろ相手からは自分がそう見えていたなんて、ぞっとしない。すごく恥ずかしい。
「ほんと、最悪……」
「でも俺はずっとお前のこと、気になってた」
 ほんとか?って感じに少し睨むと、陽翔は眉を少し下げて寂しげに笑ってる。
「騒がしいクラスの中で、いつもお前の周りだけ空気が違う感じがいいなって」
「何それ、俺そんなに浮いてる? 悪口じゃん」
 クールを装ってたのは本当。そっちの方が格好いいって思ってたし、俺は人と本気で関わるのが、どこか怖いって思ってる。
 気持ちが伝わったのにぴしゃりとはねつけられて失恋したことが尾を引いてる。だから出来れば、人とは一線引いて接していたい。無駄に傷つかないでも済むだろうから。
 なのになんでこう、陽翔相手だとこんなに揺さぶられて、突っかかってしまうんだろう。
「悪い意味じゃない。お前ってさ、俺の中で孤高の存在っていうか」
「は? 孤高?」
 普段喋ってたら絶対に出ないような単語に思わず聞き返してしまった。
「簡単にいうと、気になる存在。何考えているか分からなくて、大人っぽくて、綺麗で、目の端にいると、気になる。目を惹く奴って認識だった」
 俺がむっつり黙って唇を噛んだら、陽翔は慌てた様子で手を放し、俺の頬に当てて宥めて来た。
「それに、違ったから。全然冷笑系じゃなかったから」
「……」
「望はさ、体育祭の時も俺が全然周りをフォローしきれなかった時も、応援団旗の手伝いとか黙ってしてくれてただろ。ああいうのみて、望はクールなんじゃなくて、自分を持ってて、落ち着いてるから、周りがよく見えてる人なんだって思ったんだ」
「ありがと」
 泣きそうだったのにフォローもありがたくて笑ったら、陽翔もほっとしたみたいで微笑み返してくれた。また手を繋ぎ直して歩き出す。
「俺さ……、どこいっても目立つ方だからさ」
「うん」
(自認してるのは面白いけど、さっきもそうだよな。ストリートフォトのお兄さん、陽翔に断られてすごく残念そうだったもん)
「……やりたいことも、たまにはやりたくないことも、先頭に立ってやって欲しいって周りから求められることが多くて。さっきの写真もきっと、他の奴らがいたらけしかけられて撮ってもらってたかもな」
「そうなんだ」
「いいことで目立つのはまだいいんだけど、みんなが悪ふざけし始めてコントロールできなくなった時も、いつも俺が率先して怒られる」
(陽翔が、自分のこと話してくれてる)
 正直欠点なんてないって思ってたやつが、俺に多分唯一の弱点を晒し始めているかと思ったら、小さなぞくぞくが止まらない。
「小中学校の時は、先生に好かれることも多かったけど、見せしめみたいに怒られたり、目の敵にしてくる人もいたよ」
「えー、嫌な先生!」
「だろ。まあそんなに何回もなかったけど」
(陽翔って、てっきりどこに行ってもちやほやされてきたと思ってたんだけど、人気がある人にはその人なりの悩みがあったんだなあ。そっか悪いことしたな)
「じゃあ体育祭の時、俺も同じようなことしちゃってたな……。ごめん。お前が代表なんだから、なんでも把握してろよって……。お前にばかり、その。期待してたからって言えば聞こえがいいけど、負担かけてた。俺も結局周りの奴らと一緒のことしてたってことだよな。本当にごめん……」
(それで勝手に、お前が代表じゃん、進捗遅れてんの気がつけよって、言葉に出さないで睨んだりして……。俺も周りの奴らと同じだ。陽翔が困ってる時、手を差し伸べてあげられなかった)
「でも、望はさ、文化祭の打ち合わせの時、俺と一緒に声上げてくれただろ?」
「……うん」
「本当はそんなに目立つの好きじゃなさそうなのに」
「それは、そう」
「心強かったよ。やっぱこいつ、いい奴だなって思ったし。嬉しかった」
 いつもはみんなに向けてる『アオハル』のとびきりピッカピカの笑顔が、今は俺だけ独り占めみたいに注がれてる。
 こいつにずっと感じていた特別な眩しさや、少しの妬ましさよりずっと、笑ってくれて嬉しいなって気持ちが溢れて、胸が熱くなって、きゅってなる。なんだか泣きそう。
「なんか……、色々ありがと」
(陽翔がそう言ってくれると、俺なんかでも役に立ててたんだなあって、自信がつきそう)
「俺こそ、ありがと」
 お互い少しだけ黙る。心の中に湧き起こった切なくてちょっと甘いこの思いを味わうみたいに。先に陽翔が口を開いた。
「俺の中では望は体育祭のあとからずっと、気になってた人だから、バイトも一緒で、沢山話もできるようになって、仲良くなれてすごく嬉しい」
「俺も」
 急に陽翔が立ち止まったから、お互いの手がちょっとだけ伸ばされる。写真でも撮るのかと思ったけど違った。
 すっかり日は落ちて、お店から漏れる灯りを背にして陽翔の顔には影が落ちて、少し真面目な表情に見えた。
「望のこと、すごい、好き」
 『好き』の一言に今までにないぐらい、胸の鼓動が一段高く跳ねた。
(俺も好き……、でも、好きになっちゃ、ダメだ)
 俺は反射的に、繋いでいた手を不自然なぐらいに強く振り払ってしまった。
「望?」
 戸惑った声。俺も酷く動揺してしまって、陽翔の顔が見られない。だって仕方ないだろ。手を繋いでいたら、この好きって気持ちが全部伝わっちゃうかもしれないから!
(もう気がついちゃったんだ。俺、こいつに惹かれてるって)
 自分の気持ちを沢山誤魔化そうとしたけど、俺の心臓は俺よりずっと素直で、ドキドキ、バクバク。
(ああ、もう動揺すんな、馬鹿。陽翔は友達として、俺のことが好きって言ってるんだから、俺も、ちゃんとそう言わないと……。勘違いしちゃって、気持ちが伝わったら……。何か言え。陽翔が不審に思うだろ。ほらなんかフォローしなきゃ)
「……俺も前はお前のこと、ちょっと苦手だったけど、今は友達になれて、良かったなって思ってる」
 覚悟もなく、勝手に伝わった『好き』の気持ちは、あの時。
 花と一緒にぐちゃぐちゃになって散った。
 もうあんな思いはしたくない。
 俺は陽翔の顔を見られずに、先に歩き出す。外の気温は下がったはずなのに、炙られるみたいに身体が熱い。
(顔……、熱い……)
 まだ心臓はバクバク言ってる。顔を覗き込まれたらヤバイそう。
(また傷つきたいのか? 俺は俺のこと、確実にラブの意味で好きな人とじゃないと、恋しちゃ駄目)
 でも……。『望のこと、すごい、好き』あの一言に煽られて、衝動のままわーって声を上げて走り出したくなる気持ちがあるのも本当で……。
(冷静になれよ……。恋をするならどれほど相手の心を細かくゆさぶれるかで勝敗が決まるだろ。それなら俺はもうすでにこの勝負に負けてる。俺は負けてる戦に出る勇気はない)
「やっぱ、もう電車乗る。帰ろ」
「えっ、まって」
 俺は後ろで呼ぶ陽翔を置き去りにするように、目の前に会った駅へ降りる階段目掛けて走り出した。