【完結】心音を届けたくて

 夏休みが始まった。
 私立梅ヶ原高等学校の夏休みは海の日の後くらいから始まり、それが八月末まで続く。登校日が数日あることを除けば、約四十日間は休みとなる。
 高校三年生の夏休みといえば、受験勉強に明け暮れる生徒が多いだろう。夏を制する者は受験を制すると言われており、冬に行われる大学入学共通テストに向けて余所見をすることなく勉学に勤しむ者で図書館が溢れかえっていることだ。
 しかしそれがすべての生徒に当てはまるわけではない。高校を卒業してから就職をする生徒もいる。高校生の就職活動は一般的に七月頃に企業の情報解禁され、夏休み中に何度か学校に登校を行い、履歴書を書いたり、職場見学に行ったりすることもある。
 また高校生の就職活動は大学生の就職活動とは異なっており、学校側のサポートを受ける場合は一人一社制であるため複数の企業を同時に受けることができない。また生徒が直接企業に応募することは叶わず、必ず学校を通して企業に応募を行う必要があり、企業側も新卒の就活サイトを使って募集をすることは叶わず、ハローワーク経由で学校側に採用を行っている旨の通知を出す必要がある。
 学校からのサポートを受けずに生徒自身が自己開拓をすることも出来るが、その場合求人数が非常に少ない反面、一人一社制の制限が適応されないため自分にあった企業の選考を同時に受けることが出来るというメリットも存在する。

「灯花はどうするんだ?」
「大学に行くようなお金はウチには無いからな。就職するつもりではいる。辰之はどうすんだ?」
「俺はサッカーでスポーツ推薦を貰う予定だ。なら灯花は何回か登校するわけね」
「そうなるな。一応バイトのシフト調整はもうしてある」

 灯花のアルバイト先であるガソリンスタンドに、小型二輪免許で乗ることの出来るスポーツバイクの給油に来た辰之はフルフェイスのヘルメットを脱ぐことはなく、シールドだけを開けて灯花に話しかける。
 灯花は辰之の乗ってきたバイクの給油を行ったり、バイクのボディを拭いたりと仕事をしながら談笑に花を咲かせる。

「そう言えば夏休みは凪と遊ぶ約束とかしてんの?」
「なんで興大?」
「いやせっかく友達になったんだから、高校最後の夏休みくらい遊ぶだろ? さてはダーリン、アルバイトと就職活動を言い訳に遊ぶことを疎かにしてるな!」

 この真夏日によくもこんな元気があるものだ、と灯花は感心しつつも辰之の言っていることは概ね合っているため何も言い返すことができないでいた。

「ダメだぞー! 高校生最後の夏休みなんだから、少しくらい無理をしてでも遊ばないと」
「誰目線だよ」

 と辰之の大人のような意見に対し的確なツッコミを入れる。
 しかし灯花自身も凪と遊びたいと考えていた。凪が転校してからまだ数週間程度しか経過していないものの、灯花の中で凪の存在はかなり大きいものになっていたからだ。
 他のクラスメイトとは一線を画している凪に灯花はいつの間にか惹かれていた。感覚としてはミステリアスな雰囲気を醸し出す大人に惹かれるようなものだろう。頭が異常といえるほど良く、それでいてミスをしても悔しがらずに前向きに受け取るが、運動は一切しない。
 灯花はそんな凪のことを能ある鷹は爪を隠すとでも思っているのか、実は運動もできちゃうけど、高校生として周りに合わせるために運動はしない。といったような裏の顔があるのではないかと、勝手に錯覚している。

「まあでも、興大とも遊びたいけどさ……」
「けどさ、何だよ」
「俺、興大の連絡先知らんのよ」

 灯花のその発言に辰之はひどく驚いたようで、声を上げることなく目を見開き、何度も瞬きをする。口だけをポカンと開けた状態で固まってしまった。人間という生き物はジャンプスケアのようなビックリ演出のような驚き以外の驚きでは声は出ないものらしく、辰之はそれを身を持って証明した。
「驚きすぎだろ」と灯花は辰之を見て言った。

「いや、悪い……。マジで連絡先知らんのか?」
「ここで嘘ついてどうなるんだよ」
「連絡先を交換するほどではないってことか?」
「あー、違う違う。連絡先を交換することを忘れてたっていうか、連絡先をもう交換してるって錯覚するくらいには仲良くなってたって感じ」
 辰之はそれを聞いて、なんとなく腑に落ちないといった表情を作りながらも「めちゃくちゃ仲良くなったわけじゃないだろ」と冷静に灯花に向けて言葉を放つ。

「嫉妬すんなって! ハニーとも遊んでやるから」
「嫉妬じゃねーよ、ダーリン! それにしても次あった時は連絡先聞いておけよ?」
「おー、そうするわ」

 灯花はすでに拭き終えているバイクのボディを改めて拭き直す。これはアルバイト先にサボっているように見せないための偽装工作であり、辰之とまだ話をするための口実でもある。

「興大ってやっぱり進学するんかな?」
「なんで?」
「だって、めちゃくちゃ頭良いし」
「頭が良いイコール進学じゃないとは思うけど、わざわざこの時期に転校してくるってことはその可能性は高いよな」
「……と言うと?」

 灯花は辰之の言っている意味が理解できず、そう聞き返した。
 辰之は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「これは俺の勝手な憶測だが、転校初日にした凪の挨拶、覚えてる?」
「たしか、転校してきたことだけを言った簡素な挨拶だったと思う」
 それを聞いた辰之は小さく頷いた。

「普通転校だったら、親の仕事の都合で……とか追加で一言あっても良かったと思うんだ。それがなかったってことはそういった外的要因が理由での転校じゃないってことだ。となると前の学校にいられなくなって転校してきたかもしれないが、いじめられていたとか、いじめていたとかでもないと思う」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
「申し訳ないがあの貧相な体でいじめいてる側ではないだろう。それに、いじめられていたにしては人間に対する恐怖心とかが一切見られない。でもなければ初対面の灯花に友達になりたいだなんて言わないだろ」

 辰之は案外探偵の素質があるのかもしれない、と灯花はそう思った。
 サッカー部である辰之は運動しか興味がないタイプの人間だと灯花は考えていたようで、現に辰之にはその外見からは考えられないが、誰かとお付き合いをしたという経験がない。更に言えば人を好きになるという経験もまだしたことがないのだ。
 一応今まで辰之に好意を寄せていた女性は数多く居るのだが、自身に好意が無いままお付き合いをするのは不誠実だ、と辰之自身考えており、その結果サッカー一筋の人生を歩んできている。
 そんな辰之のことをよく知る灯花であったが、彼は他人の行動を細かく記憶しているようなタイプではないと思っており、普段の彼とのギャップに驚きを隠せないでいた。

「よ、よく見てるんだな」
「まあ、初対面のインパクトがすごかったからな。嫌でも覚えるよ」
「……話を戻すけど、家庭の事情でも外的要因でも無いとなると、進学になるのか?」
 灯花は思い出したかのように、問いかける。辰之はヘルメットのシールドを閉めて、声を籠もらせながら答える。
「かもしれないってだけだ。気になるなら直接聞くんだな。バイクありがとう。俺も夏休み連絡するから付き合えよ。金は俺が出すからそこは気にするな」
「あんがと。でも金なら俺のほうがバイトしてるから、そんなに気を遣うなよ」

 灯花の返事を聞いた辰之は乗ってきたスポーツバイクに跨ると、左手を掲げてサインを送る。そのまま大きな音を立てて、ガソリンスタンドを後にした。
 灯花はそんな辰之の背中に向かって帽子を脱ぎ、深くお辞儀をする。灯花と辰之は親友という関係値であるが、今はガソリンスタンドの店員と、ガソリンの補充をしに来たお客さんという立場であるため、こうして灯花は頭を下げている。

 バイクのエンジン音が聞こえなくなると、頭を上げて誰に言うでもなく「興大、今何してっかな」と蝉の鳴き声にかき消されてしまうほど小さな声で呟く。
 入道雲が大きく育った空から照りつけられ、ガソリンスタンドの制服で被っている帽子を汗が貫通する。アスファルトに立ち込める陽炎が辰之の後ろ姿を揺らしてみせた。

 八月一日は登校日であり、いつもどおり同じ車両に乗り合わせた辰之と一緒に灯花は学校へと向かう。進学を希望している生徒も夏休みに一回は必ず登校をしなくてはいけず、それが今日の八月一日だ。
 今までであれば部活をしている辰之とは校門付近で離れ離れになるのだが、サッカー部を引退した辰之は仲睦まじく灯花と教室まで一緒に行く。普段ならエナメルバッグを肩にかけ、また制服ではなくサッカーをするためのポリエステルの半袖とハーフパンツ姿を直近で見ていた灯花にとって、制服姿で登校する辰之の姿は新鮮そのものであった。

「なんか、見慣れないな」
「惚れ直したのか、ダーリン」
「馬鹿言えハニー!」

 そう言って灯花は、暑い中抱きついてきた辰之の額に、少し強めのデコピンを喰らわす。それに対し痛みを口にすることはなく「照れるなよ」と軽口を叩く。
 二人はずっと同じ距離感を保ったまま、教室へと入っていく。
 教室にはすでに数名が登校しており、その中に凪の姿もあった。

「おはよう、興大」
「おはよう、宮崎くん。に、山内くん」
「おっはー凪。ついでの山内だぞー」
「え、いや! そういうつもりじゃなくて」

 辰之の発言に狼狽える凪であったが、すぐに灯花が止めろ、と言わんばかりに辰之の腹を先ほどのデコピンとは比べ物にならないほどの威力で殴りつける。
 その場に蹲る辰之に灯花は一切目を向けることなく、椅子に座っている凪に目線をあわせて、優しく肩を叩く。

「うちのハニーがごめんな。興大はそんなつもりで言ったわけじゃないのに……」
「ちょ、灯花! わりとガチで殴っただろ」
「興大を困らせた罰です」
「それなら甘んじて受け入れます」

 まるでコントでもしているかのようなスムーズな会話に凪は思わず笑みをこぼした。
 二人は凪が笑ってくれたことに対して、心が暖かくなるのを感じて、こちらも笑う。

「そういえば興大は夏休み何してんの?」

 灯花はそう思い出したかのように凪に問いかける。
 凪はしばらく考え込むような仕草をした後に、
「読書……とか?」
 と疑問形で回答をした。

「読書ってことは、やっぱり興大も進学なの?」
「え、あ、えっと、『も』ってことは宮崎くんは大学に行くの?」

 なんとも煮えきらないような回答をする凪に若干も疑問を抱きながらも、進学に関する質問を返されてしまったため、すぐにそれを否定する。

「いや、俺は就職。まだ職種は悩んでるけど、今バイトしてるガソスタでそのまま正社員になれたらいいなとは思ってる」
「そうなんだ。ぼ、僕も似たようなもんかな」
「え、そうなの? 興大もどっかでバイトしてる感じ?」
「ううん。そうじゃなくて……。進学じゃなくて就職って話」
「そうなんだ! じゃあもう目星ついてる感じ?」

 灯花の追撃するかのような質問に、凪はまた考え込むような仕草をする。それはまるで就職希望先を教えたくないというよりも、そこまで話が広がることを想定しておらず焦りを感じているようにも見える。そんな仕草だ。

「えっと、家業を継ごうかと、思って」

 灯花は彼の仕草と表情を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない、と感じ、すぐに話を切り替えた。

「ご、ごめんな、変なこと聞いて。人それぞれだよな! てか興大、連絡先教えてよ! 夏休み連絡しようと思ったんだけど、連絡先知らんことに気づいてさ」
 灯花のその申し訳なさそうにしながらも、笑顔を保ち続けるそんな表情に少し申し訳なさそうな表情をした凪が答える。
「うん、僕も知りたいと思ってたんだ」
「まじ? やりぃ!」
「お、凪! 俺とも交換しね?」

 話を聞いていた辰之も凪と連絡先を交換しようと声を上げる。

「うん、もちろん!」

 連絡先を交換し終えた三人は笑顔のまま、自分の席に着く。
 とは言ったものの、凪の席の真横が灯花の席であるため、辰之抜きで話を続ける。

「えっとさ、夏休み時間あったら、どっか遊び行かね?」
「いいの?」
「いいに決まってんだろっ! 何処に行きたいとかある?」
「そうだな……」

 凪が灯花からの問いかけに考え出したタイミングで教室の扉が開いた。
 入ってきたのは担任である神崎先生ではなく、副担任である志波先生であった。神崎よりも背の高い志波は生徒からの人気は神崎ほど高くはない。
 その理由は若干の高圧的とも捉えられる態度にある。
 神崎は教師とはこうあるべきだ、という持論を掲げている教師であり、どんな生徒にも分け隔たりなく接するタイプの教師である。そのため思春期真っ盛りな生徒が抱える複雑な悩みであっても真摯に向き合ってくれる先生であるため人気があるのだ。
 それに対し志波は高校生に近い年齢であるにもかかわらず、悩みは人それぞれ、と割り切って考えるタイプの教師であり、生徒が悩みを打ち明けてもそれを聞き流すタイプの教師である。それが故に生徒からは冷酷な教師と称され、神崎と比べると志波の教師の人気は高くない。
 それでも志波の方が若く、ルックス的にも女子生徒からはそれなりの支持があるようで、その冷酷さがクールと思われているようだ。
 そんな志波が教室に入ってきたということは、今日は神崎は休みなのだろうと、私立梅ヶ原高等学校の三年一組の生徒は皆そう思ったことだろう。
 神崎はこうして度々学校が休む。
 高校生ともなると、仕事には有給というものが存在していることを理解し始める頃で、それは教員にも当てはまることを知っている。そのため特になぜ神崎は休んでいるのか、という疑問を持つ生徒はほとんどいない。
 志波も教室に入ってくるなり「今日は神崎先生はお休みなので、僕がホームルームを担当します」と宣言したことで、神崎の休みが確定した。
 おそらくほとんどの生徒が「おはようくらい言えんのか」と心のなかで怒りを覚えただろうが、誰一人としてそれを口にしない。
 灯花も「そういうところだぞ」と心のなかで大きく声を張り上げる。ふと辰之の席に目を向けると、辰之も同じことを思っていたのか灯花と目が合った。
 その瞬間、声は出せないため肩を揺らすだけの笑いが二人の間で行われる。

 ホームルームが終わった。
 高校生の夏休みに行われる登校日など、長くて二時間程度だ。
 出されている課題の進捗確認であったり、校則にそぐわない身なりになっていないかの確認であったりをする程度で、さほど時間は取られることはない。
 更に加えるのであれば、梅ヶ原の校則はそこまで厳しいものではない。現に辰之は茶色に髪を染め、灯花もところどころ濃いグレーのアッシュが入っているが、染髪に関してはどんな色であっても問題はない。ピアスも許可されており、女子生徒のほとんどが耳に穴を開けている。そんな緩い校則で唯一禁止されているものがある。
 それは制服の改造である。丈の長さを著しく短くしたり、ボタンを指定ボタンではなく服飾店などで販売されているおしゃれなボタンに変更したり、ハイターなどで色を抜いたりする行為が禁止されている。
 だがそんなことをする生徒はほとんどいないため、この校則はあってないようなものだ。

「な! 今から時間ある? 帰りに昼食がてら、このままどっか行かね?」

 自由の身になった灯花は真横を向き、凪の顔を見ながらそう問いかける。
 話を聞いていたのか、少し離れた席に座っていたはずの辰之が近づき灯花の方に腕を回す。

「なんだ? 俺は仲間はずれか?」
「まだ声をかけてないだけだ!」

 目の前で唐突に繰り広げられるコントにまたもや凪の顔から笑みがこぼれる。

「あははっ。うん、行きたい!」
「お! いいね! 興大は食べたいものとかある?」
「実はまだこの辺詳しくなくて……。有名なものとかあるの?」

 質問を質問で返されてしまった灯花は咄嗟に辰之の顔を見る。
 辰之も灯花からの意図を汲み取ったのか、肩に回していた手を今度は自身の顎へと持っていく。そのまま教室の天井についている蛍光灯を眺め始めた。

「商店街の方まで出れば割となんでもあるイメージであるけど、有名とか名物って言われるとな……」
「だよな……。買い食いの定番で言えば大判焼きとかがあるけど、あれはスイーツの部類だもんな」
「今川焼きな」
「店先には回転焼きって書いてあるけどな」
「残念ながら記録上最も古い呼称は今川焼きだそうだ。俺が正しい」
「サッカー部のイケメン男子高校生は雑学にも精通しているわけですか。それはそれは素晴らしいこって」
「もう部活は引退したけどな」
「イケメンは否定しないのかよ」
「ダーリンにそう言ってもらえて嬉しいぜ」
「はいはい。よーござんしたね」
「テンポ感が親友って感じでいいね」
 と凪が言った。
 そのまま凪は少し黙り込んだ後、思い出したかのように口を開く。

「あ! ファストフード店に行ってみたいです!」
「ファストフード? ハンバーガーとかってこと?」
「そう!」
「もしかして興大、食べたこと無い?」

 灯花の問いかけに凪は恥ずかしそうにしながらもゆっくりと頷く。

「実は、そう、なんだよね。今までは健康第一の食事を摂ってたから」
「マジか! 全然ファストフード店に行くのはいいけど、親御さんとかは大丈夫なのか? ずっと健康第一の食事だったんだろ?」
「うん、そこは大丈夫」
「よし! じゃあとりあえず行くか!」

 三人はスクールバッグを肩にかけ、教室を後にする。
 こうして三人並んで下校するなど初めてのことで、ポジション取りに悩むかと思われたが、自然と凪が真ん中で右側に灯花、左側に辰之という並びになった。
 目当てのファストフード店は学生御用達のハンバーガーショップだ。梅ヶ原高等学校を出て、少し歩いたところにある商店街に鎮座している。
 辰之の提案でこの時間は混むからと、事前にスマホで注文を済ませ、店舗についたら受け取ってすぐに座れるようにしようということになり、辰之は慣れた手つきでスマホでメニュー表を確認すると、それをスマホごと凪に手渡す。
 それを見た凪はあまりの種類の多さにビックリしたようで、キョロキョロと左右にいる灯花と辰之に助けを求めるように振る舞う。
 見かねた灯花は笑いながら
「俺のおすすめはコレ!」
 とチーズとパティが二段に積み重なっているハンバーガーを指さす。

「これにセットでポテトとコーラは必須かな」
「じゃ、じゃあそれにしようかな」
「おっけ! じゃあ俺は……どれにしよ」
「別に凪と一緒でも良いんじゃねーの?」
「それはそうなんだけど、別の買ってシェアしたいじゃん。興大初めてらしいし」
「それは一理ある」
「だろ? 興大って嫌いな食べ物とかある?」
「えっと、特にはないかな」
「おっけ! なら俺はこの期間限定の竜田揚げのバーガーにしようかな。セットはポテトとコーラでよろー」
「はーい。じゃあ俺は照り焼きバーガーのセットにするわ。別で十五ピースのチキンナゲットも頼んでおくぞ」
「お、さすがハニー。良いチョイスです」
「もっと褒めたまえダーリン」

 またも始まった二人のコントに「本当に仲がいいね」と凪は笑いながら呟く。

「今日の興大、めっちゃ笑ってくれんじゃん!」
「それ俺も思ってたわ!」
「これは俺のお笑いのセンスが開花し始めたな」
「灯花だけにってか?」
「ごめん、それはつまらんかも」
「俺のボケをつぶすなよ」

 凪の笑顔に機嫌を良くした二人は、畳みかけるようにボケを続けていく。凪の目には涙が浮かぶほど、口を大きく開いていた。
 事前に注文を済ませていたおかげで、ファストフード店は時間帯も相まってか、かなりの混み具合であったが難なく席に座ることができた。四人席のテーブルに灯花と凪。向かい側に辰之と全員分の荷物という配置で座る。

「一人で来てたら、絶対に注文すらできなかったと思う」
「初めてだとそうかもな」
「メニューも種類多すぎて、最初何を頼めばいいか分からなくなるしね」
「ありがとう、二人とも」
「良いってことよ! それより早く食べてみ」
「ホントそれ! うまいからさ」
「うん!」

 凪は包み紙を丁寧に剥がすと、チーズとパティが二段になっているハンバーガーをその小さな口でガブリつく。リスのように頬を膨らませ、目を見開く。
 どうやら本当に初めて口にするのだと、灯花と辰之は目くばせを行う。
 ゆっくりとした咀嚼を何度も繰り返し、一口で味をかみしめるように味わうその姿は、両親の教育の賜物なのだろうかと考える灯花であったが、灯花は凪がどんな感想を口にするのかが気になり、そんな考えはすぐにどこかへ消えていった。

「す、すっごいよ! こんなにも美味しいものが世の中にあるんだね!」
「だろー? 俺の竜田揚げのバーガーも食べてみるか?」
「え、いや、それは悪いよ!」
「気にすんなって、シェアできるよに別のバーガー買ったんだから」

 そう言って灯花は自分のハンバーガーを雑に半分に千切る。それを見ていた辰之もハンガーバーを千切って、買っておいたチキンナゲットの蓋の部分をお皿代わりにして置く。

「俺のも食べていいからな」
「あ、ありがとう! じゃあ僕のも……」
「いや! それは興大一人で食べなさい! 俺たちは何度も食べてるんだから」
「でも、凪はそんなに食べれるのか?」

 灯花は少し凪から離れて、全身を確認する。
 細い腕ではあるものの、転校してきた直後を比べると若干は肉がついてきたようにも思える。

「興大はもっと食べるべきだな」

 そう頷きながら灯花はチキンナゲットの蓋に乗せたハンバーガーを凪に近づける。

「興大は細すぎる。もっと太ったほうがいいぞ! それじゃ夏は乗り切れない」
 と少し強めに言い放つ。

「あー、ごめんな凪。灯花は健康に少し厳しいんだ。多めに見てやってくれ」

 それを聞いた辰之がすぐさま凪にフォローを入れる。

「ううん。僕ももっと筋肉付けたいなって思ってたところなんだよね。ありがとう、たくさん食べるよ」

 そう言って凪は先ほどとは違って、大きく口を開けて頬袋をいっぱいにする。
 灯花はそんな凪の姿を見て、何度も頷いていた。