十月三十一日になった。
不思議とそれほど緊張はしなかった。
日曜日ということもあり、母親も仕事が休みのようで、急ではあったが昼間の外食に誘ってみた。今までであればお金の心配をして外食なんてよっぽどのことがなければ行くことはなかったが、今では母親と話し合いをすることで以前までのような気を張り続けるような生活は送ってはいない。
さらに言えば灯花が奢ることを伝えると、少し複雑そうな表情を浮かべながらも母親は喜んでいた。
食べに行ったのは回転寿司のチェーン店だ。
本当はもう少し値の張るお店を選びたかったのだが、母親がお寿司を食べたいというので回転寿司屋に行くことにした。こういったときは高いものを食べるより、食べさせたい相手が食べたいものを食べに行くのが一番いいだろうと考えた。
母親はお皿をレーンから取り、口元へ寿司を運び入れるたびに美味しいね、と呟く。
灯花は目頭が熱くなるのを感じながらワサビ入れすぎちゃった、なんて嘘を吐く。
「お母さん、ありがとう」
「……なによ、改まって」
「お父さんとも、食べたかったね」
「……そうね。あの人はいつも灯花の好きな食べ物を気にしていたのよ」
「そうなの?」
「成人祝いにどんな店に連れてってやろうかって、ずっと考えてたわ。気が早いわよっていつも言ってたんだけど」
「そう、なんだ。じゃあ向こうに行ったら、たくさん祝ってもらわなきゃ」
「そうね。でもそれはもっと先の話よ」
「……うん、そうだね」
会計金額は二人合わせて三千円を越えなかった。
灯花はもっと食べてよ、と何度も懇願したが母親はお腹がいっぱいなのよと遠慮をしていた。最後くらい遠慮しないでほしかったなと呟きながら、灯花は会計を済ませる。
アパートへの帰り道、灯花は母親に頼んで父親の話を聞かせてもらった。
実は昔から小説家になることが夢だったということ。実は怖がりで怖い話が大の苦手であるということ。意外にも歌が上手で母親はその歌声にほれ込んだということ。
今まで知らなかった父親という人物をこの数か月でかなり深いところまで知ることができた灯花は「ずっと前からもっと知ろうとすればよかった」なんて言葉をこぼす。
それに対し母親は「あの人は自分の話をするより、誰かの話を聞いてる方が好きな人だったから」と笑いながら呟く。
アパートに帰り着くと、灯花はアルバイトへ行く準備を始める。
「夕方からなんでしょ? まだ早いんじゃない?」
「ほ、ほら。行きたくなくなっちゃうから」
「そうねー。あんなに美味しいお寿司を食べたんだもの。そうなるかも」
母親はそう言って洗濯物を取り込むためにベランダに出る。
灯花はそういう意味じゃないんだけどな、と聞こえないように呟くとスクールバッグを確認しにいく。スクールバッグの中には通帳と印鑑。そして母親に向けた手紙が入っている。
通帳の残高は五十万円だ。高校生のアルバイトにしてはかなり貯めたほうではないかと灯花は自分を褒める。
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。夜はご飯いる?」
「…………うん。帰ってきたら食べたいから残しておいて」
「分かったわ。気を付けてね」
「うん。ありがとう」
ベランダにいる母親と顔を合わせて灯花はアパートの扉を開けた。
アルバイト先まではゆっくりと歩いて向かった。
普段は気にしない塀のひび割れを気にしたり、野鳥や野良猫に声を掛けたりといつもとは違うことをしてみる。
灯花は自分でも分かっている。死ぬのが怖いのだ。
お母さんを一人残してしまうことへの恐怖。親友にもう二度と会えないという恐怖。
しかしそんな恐怖よりも、灯花は凪を助けたいと思っている。
灯花はふと思い出す。
未来では凪の元に辰之が訪れて「親友を生きさせてくれてありがとう」と伝えたと言っていた。今考えれば辰之らしい言葉だと思う。きっと今日灯花が死んだとしても、辰之は未来で凪に同じことを言っているに違いない。
ふふっと笑いながら見上げた空は広かった。
もうすぐ行きます、と心で呟きながら灯花はまた歩み始めた。
アルバイト先であるガソリンスタンドに着き、着替えを済ませる。
少し前まで半袖で作業をしていたのだが、十月最終日ともなればすでに長袖での作業に変わっている。支給される制服は少し大きいサイズのつなぎ服で案外動きやすい。
灯花は靴ひもをきつく結び直すと、ロッカーを閉めた。
「あれ? 今日も俺と宮崎くんの二人?」
そう声を掛けてきたのは、先輩アルバイターだ。
「そうみたいです! 今日もよろしくお願いします」
「うん、よろしくお願いします。それにしても俺たちの扱いマジでひどいんじゃない?」
「あはは、結構シフト入れられてますよね」
「そうなんだよ。法律上は大丈夫なんだけどさ、アルバイト二人に夜の十時までさせるのもね」
「あ、来年になれば俺は正社員なんで、社員一にアルバイト一に変わりますね」
先輩アルバイターは思い出したかのように掌に、拳を叩きつける。
「そうか! 受かったんだっけ? おめでとう」
「ありがとうございます」
「本当に偉いね」
「そんなことないですよ」
そう言いながら前シフトの二人と交代する。
時刻は十六時。二十二時までの最後の六時間が始まった。
とは言っても日曜日のこの時間からは一気に車の出入りが減っていく。翌日が月曜日ということもあり平日前の貴重な休みを満喫するために家でゆっくりしようと交通量が極端に減るのだ。
しかし仕事がないわけじゃない。車が来ない間は掃除をしたり、使っているタオルの洗濯など、やることが山積みだ。
灯花は掃除を行いながら、ちょくちょく来る車のフルサービスを実施する。
「……なんか今日多くないですか?」
「あれだ、今日はハロウィンだからだ」
「あー、なるほど。あれですかね。うちの店も飾りつけとかやったほうが良かったですかね?」
「……片付けが大変になるだけだぞ」
「たしかに。先輩頭いいですね」
「大学生だからな」
そんな会話をしながら、普段よりも量の多い車を捌いていく。
一瞬だけ到底二人だけでは捌ききれない量の車が入ってきたのだが、ハロウィンでお客側も上機嫌になっているのか、遅いなどのクレームを言われることはなかった。
ある程度の車を捌き終え時間を確認すると、時計の針は二十時三十分を指していた。
「うわ、もう二十時半っすよ。先輩、先に休憩行ってきてください。俺はのぼりを徐々に回収してきますわ」
「お、いいのか? じゃあお言葉に甘えて」
そう言って店内に戻っていく先輩の後ろ姿を見送る。
先輩が店内に入ったことを確認してから、のぼりの回収作業をするために、歩道側まで向かう。
「…………そろそろかなって思ったんだよね」
「……」
「久しぶりだな。興大」
「うん、久しぶり。灯花くん」
歩道を歩いてガソリンスタンドに向かっている凪を見つけ、灯花はそう声を掛けた。
凪も声を掛けられることがわかっていたのか、返事をする。
灯花はのぼりを回収しながら、凪に質問をする。
「凪がここに来たってことは、俺はここで事故に遭うんだな」
「……分かってたのに、何で来たんだよ」
「俺は興大が好きだからだよ。俺は興大に生きてほしい」
「自分が死ぬんだぞ!」
「分かってるよ。それでも興大が俺と一緒に生きてくれないのなら、俺は凪が生きている世界を望む」
「僕はもう十分人生を楽しんだよ」
「そういう問題じゃねーよ」
そう笑う灯花に凪はひどく苦しんだ表情を見せる。
暗くてよく見えないが、きっと拳を握りしめているに違いない。
「……のぼり、もう回収しちゃうの?」
「ああ。このあたりは街灯も少ないから、このくらいの暗さから回収しておかないと、自転車の人とかが危ないんだよ」
沈黙が続く。
これは警戒をしているわけじゃない。どんな言葉を掛ければいいかが分からない状態だ。
すべてののぼりを回収し終えた灯花は、空を見上げながら呟く。
「なあ。最後にお願い聞いてくれるか?」
「……何?」
「キスしたい」
「ここじゃもう一人のスタッフさんに見られるよ」
「大丈夫だ。ここにのぼりがあるから、旗で見えないよ」
「じゃあ僕の願いも聞いてくれる?」
「却下だ」
「……まだ何も言ってないんだけど」
「どうせ生きろ、とか言うんだろ」
「……僕の願いを聞いてくれないんじゃ、僕も灯花くんのお願いを聞いてあげられない」
「そいつは、困ったな……」
灯花は困った表情などしていない。
寂しそうに笑うだけだ。
「……よく考えてみてよ。僕は僕だよ。仮にここで灯花くんが命を落として、僕に心臓移植をしたとして、きっと僕はまた同じようにタイムマシンを作って君を助けに行く」
「俺は俺だ。俺もまた同じ選択をするよ。だって俺は興大が好きだから」
「じゃあ僕はどうすれば君を助けられるんだよ」
「もう助けてもらったよ。たくさん」
そう言って凪に灯花は距離を詰める。
そして二人は口を重ねた。
一瞬の口づけだ。それだけで灯花は満足だった。
「辰之がさ、興大がタイムスリップしてきたのが俺が事故にあう直前じゃなくて、数か月前だったのには何か理由があるんじゃないかって言ってたんだよ。それをずっと考えてたんだよ。一体どんな理由があるんだろうって。興大は俺と一緒に学生生活を送りたかったんだろ? 俺はいろんな人に愛されてるな」
「……バカ」
震える凪の声の止め方を灯花は知らない。
でも抱きしめることならできる。
灯花は持っていたのぼりを捨てて、両手で凪の両肩を抱く。
そしてもう一度口を重ねる。少し乾燥し始めた唇は夏ほどの弾力はないものの、好きな人と想いを通わせるこの行為だけで心が救われる。
「来るよ」
凪がそう呟く。
凪の後ろには蛇行運転をしており、ヘッドライトも付けていない車が薄っすらと見えた。
「ああ、あれか。あんな不規則な動きしてたら避けられないわな」
「最後まで一緒にいてもいい?」
「いてくれるのか?」
「うん」
灯花は凪を抱きしめる。「ありがとう」と呟く灯花に凪も返事をする。
「愛してる」
途端に身体に衝撃が走った。
不思議とそれほど緊張はしなかった。
日曜日ということもあり、母親も仕事が休みのようで、急ではあったが昼間の外食に誘ってみた。今までであればお金の心配をして外食なんてよっぽどのことがなければ行くことはなかったが、今では母親と話し合いをすることで以前までのような気を張り続けるような生活は送ってはいない。
さらに言えば灯花が奢ることを伝えると、少し複雑そうな表情を浮かべながらも母親は喜んでいた。
食べに行ったのは回転寿司のチェーン店だ。
本当はもう少し値の張るお店を選びたかったのだが、母親がお寿司を食べたいというので回転寿司屋に行くことにした。こういったときは高いものを食べるより、食べさせたい相手が食べたいものを食べに行くのが一番いいだろうと考えた。
母親はお皿をレーンから取り、口元へ寿司を運び入れるたびに美味しいね、と呟く。
灯花は目頭が熱くなるのを感じながらワサビ入れすぎちゃった、なんて嘘を吐く。
「お母さん、ありがとう」
「……なによ、改まって」
「お父さんとも、食べたかったね」
「……そうね。あの人はいつも灯花の好きな食べ物を気にしていたのよ」
「そうなの?」
「成人祝いにどんな店に連れてってやろうかって、ずっと考えてたわ。気が早いわよっていつも言ってたんだけど」
「そう、なんだ。じゃあ向こうに行ったら、たくさん祝ってもらわなきゃ」
「そうね。でもそれはもっと先の話よ」
「……うん、そうだね」
会計金額は二人合わせて三千円を越えなかった。
灯花はもっと食べてよ、と何度も懇願したが母親はお腹がいっぱいなのよと遠慮をしていた。最後くらい遠慮しないでほしかったなと呟きながら、灯花は会計を済ませる。
アパートへの帰り道、灯花は母親に頼んで父親の話を聞かせてもらった。
実は昔から小説家になることが夢だったということ。実は怖がりで怖い話が大の苦手であるということ。意外にも歌が上手で母親はその歌声にほれ込んだということ。
今まで知らなかった父親という人物をこの数か月でかなり深いところまで知ることができた灯花は「ずっと前からもっと知ろうとすればよかった」なんて言葉をこぼす。
それに対し母親は「あの人は自分の話をするより、誰かの話を聞いてる方が好きな人だったから」と笑いながら呟く。
アパートに帰り着くと、灯花はアルバイトへ行く準備を始める。
「夕方からなんでしょ? まだ早いんじゃない?」
「ほ、ほら。行きたくなくなっちゃうから」
「そうねー。あんなに美味しいお寿司を食べたんだもの。そうなるかも」
母親はそう言って洗濯物を取り込むためにベランダに出る。
灯花はそういう意味じゃないんだけどな、と聞こえないように呟くとスクールバッグを確認しにいく。スクールバッグの中には通帳と印鑑。そして母親に向けた手紙が入っている。
通帳の残高は五十万円だ。高校生のアルバイトにしてはかなり貯めたほうではないかと灯花は自分を褒める。
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。夜はご飯いる?」
「…………うん。帰ってきたら食べたいから残しておいて」
「分かったわ。気を付けてね」
「うん。ありがとう」
ベランダにいる母親と顔を合わせて灯花はアパートの扉を開けた。
アルバイト先まではゆっくりと歩いて向かった。
普段は気にしない塀のひび割れを気にしたり、野鳥や野良猫に声を掛けたりといつもとは違うことをしてみる。
灯花は自分でも分かっている。死ぬのが怖いのだ。
お母さんを一人残してしまうことへの恐怖。親友にもう二度と会えないという恐怖。
しかしそんな恐怖よりも、灯花は凪を助けたいと思っている。
灯花はふと思い出す。
未来では凪の元に辰之が訪れて「親友を生きさせてくれてありがとう」と伝えたと言っていた。今考えれば辰之らしい言葉だと思う。きっと今日灯花が死んだとしても、辰之は未来で凪に同じことを言っているに違いない。
ふふっと笑いながら見上げた空は広かった。
もうすぐ行きます、と心で呟きながら灯花はまた歩み始めた。
アルバイト先であるガソリンスタンドに着き、着替えを済ませる。
少し前まで半袖で作業をしていたのだが、十月最終日ともなればすでに長袖での作業に変わっている。支給される制服は少し大きいサイズのつなぎ服で案外動きやすい。
灯花は靴ひもをきつく結び直すと、ロッカーを閉めた。
「あれ? 今日も俺と宮崎くんの二人?」
そう声を掛けてきたのは、先輩アルバイターだ。
「そうみたいです! 今日もよろしくお願いします」
「うん、よろしくお願いします。それにしても俺たちの扱いマジでひどいんじゃない?」
「あはは、結構シフト入れられてますよね」
「そうなんだよ。法律上は大丈夫なんだけどさ、アルバイト二人に夜の十時までさせるのもね」
「あ、来年になれば俺は正社員なんで、社員一にアルバイト一に変わりますね」
先輩アルバイターは思い出したかのように掌に、拳を叩きつける。
「そうか! 受かったんだっけ? おめでとう」
「ありがとうございます」
「本当に偉いね」
「そんなことないですよ」
そう言いながら前シフトの二人と交代する。
時刻は十六時。二十二時までの最後の六時間が始まった。
とは言っても日曜日のこの時間からは一気に車の出入りが減っていく。翌日が月曜日ということもあり平日前の貴重な休みを満喫するために家でゆっくりしようと交通量が極端に減るのだ。
しかし仕事がないわけじゃない。車が来ない間は掃除をしたり、使っているタオルの洗濯など、やることが山積みだ。
灯花は掃除を行いながら、ちょくちょく来る車のフルサービスを実施する。
「……なんか今日多くないですか?」
「あれだ、今日はハロウィンだからだ」
「あー、なるほど。あれですかね。うちの店も飾りつけとかやったほうが良かったですかね?」
「……片付けが大変になるだけだぞ」
「たしかに。先輩頭いいですね」
「大学生だからな」
そんな会話をしながら、普段よりも量の多い車を捌いていく。
一瞬だけ到底二人だけでは捌ききれない量の車が入ってきたのだが、ハロウィンでお客側も上機嫌になっているのか、遅いなどのクレームを言われることはなかった。
ある程度の車を捌き終え時間を確認すると、時計の針は二十時三十分を指していた。
「うわ、もう二十時半っすよ。先輩、先に休憩行ってきてください。俺はのぼりを徐々に回収してきますわ」
「お、いいのか? じゃあお言葉に甘えて」
そう言って店内に戻っていく先輩の後ろ姿を見送る。
先輩が店内に入ったことを確認してから、のぼりの回収作業をするために、歩道側まで向かう。
「…………そろそろかなって思ったんだよね」
「……」
「久しぶりだな。興大」
「うん、久しぶり。灯花くん」
歩道を歩いてガソリンスタンドに向かっている凪を見つけ、灯花はそう声を掛けた。
凪も声を掛けられることがわかっていたのか、返事をする。
灯花はのぼりを回収しながら、凪に質問をする。
「凪がここに来たってことは、俺はここで事故に遭うんだな」
「……分かってたのに、何で来たんだよ」
「俺は興大が好きだからだよ。俺は興大に生きてほしい」
「自分が死ぬんだぞ!」
「分かってるよ。それでも興大が俺と一緒に生きてくれないのなら、俺は凪が生きている世界を望む」
「僕はもう十分人生を楽しんだよ」
「そういう問題じゃねーよ」
そう笑う灯花に凪はひどく苦しんだ表情を見せる。
暗くてよく見えないが、きっと拳を握りしめているに違いない。
「……のぼり、もう回収しちゃうの?」
「ああ。このあたりは街灯も少ないから、このくらいの暗さから回収しておかないと、自転車の人とかが危ないんだよ」
沈黙が続く。
これは警戒をしているわけじゃない。どんな言葉を掛ければいいかが分からない状態だ。
すべてののぼりを回収し終えた灯花は、空を見上げながら呟く。
「なあ。最後にお願い聞いてくれるか?」
「……何?」
「キスしたい」
「ここじゃもう一人のスタッフさんに見られるよ」
「大丈夫だ。ここにのぼりがあるから、旗で見えないよ」
「じゃあ僕の願いも聞いてくれる?」
「却下だ」
「……まだ何も言ってないんだけど」
「どうせ生きろ、とか言うんだろ」
「……僕の願いを聞いてくれないんじゃ、僕も灯花くんのお願いを聞いてあげられない」
「そいつは、困ったな……」
灯花は困った表情などしていない。
寂しそうに笑うだけだ。
「……よく考えてみてよ。僕は僕だよ。仮にここで灯花くんが命を落として、僕に心臓移植をしたとして、きっと僕はまた同じようにタイムマシンを作って君を助けに行く」
「俺は俺だ。俺もまた同じ選択をするよ。だって俺は興大が好きだから」
「じゃあ僕はどうすれば君を助けられるんだよ」
「もう助けてもらったよ。たくさん」
そう言って凪に灯花は距離を詰める。
そして二人は口を重ねた。
一瞬の口づけだ。それだけで灯花は満足だった。
「辰之がさ、興大がタイムスリップしてきたのが俺が事故にあう直前じゃなくて、数か月前だったのには何か理由があるんじゃないかって言ってたんだよ。それをずっと考えてたんだよ。一体どんな理由があるんだろうって。興大は俺と一緒に学生生活を送りたかったんだろ? 俺はいろんな人に愛されてるな」
「……バカ」
震える凪の声の止め方を灯花は知らない。
でも抱きしめることならできる。
灯花は持っていたのぼりを捨てて、両手で凪の両肩を抱く。
そしてもう一度口を重ねる。少し乾燥し始めた唇は夏ほどの弾力はないものの、好きな人と想いを通わせるこの行為だけで心が救われる。
「来るよ」
凪がそう呟く。
凪の後ろには蛇行運転をしており、ヘッドライトも付けていない車が薄っすらと見えた。
「ああ、あれか。あんな不規則な動きしてたら避けられないわな」
「最後まで一緒にいてもいい?」
「いてくれるのか?」
「うん」
灯花は凪を抱きしめる。「ありがとう」と呟く灯花に凪も返事をする。
「愛してる」
途端に身体に衝撃が走った。



