夏休みの間にも、進学を念頭に置いた夏期講習だったり、進路指導もあるので、みやこ――ミヤ、の事ばかりを考えてもいられなかった。文化祭やコンクールに提出する作品を作ったりもしなければならないし、受験生は暇ではない。けれど、夏期講習や部活動の終わりだったり、休日の昼間だったりに、ミヤとの時間をどうにかして作った。図書館、公園など、学生らしく、あまりお金がかからない所でミヤと会った。話をすればそれなりに面白く、時間はいつもあっという間に過ぎていった。
夏休みの前半が終わりに差し掛かろうかというその日も、僕らは小さな公園の片隅で、話に花を咲かせていた。部活の後の時間からで、話は尽きず、気付けば夏の夕暮れが迫っていた。
「それで、町田で――」
話題にしていたのは、好きなデザイナーの個展が東京で開かれるという話。そこから長じて、首都圏は美術展やライブが充実していて羨ましい、という話もしていたと思う。あまりにも話に夢中で、僕らは気が付いていなかった。――見知らぬ男が、こちらへと近づいてきていた事に。
「すみません」
聞き間違いでなければ、男はそう言ったと思う。「思う」と言ったのは、直後に男が掴みかかってきたからだ。
僕らが雑談をしていたベンチは公園の片隅にあったし、声量が極端に大きかったとも思っていない。だから、見知らぬ男から急に襲われる理由にも心当たりがなかった。ただ、彼氏としてミヤは守らなければ、という気持ちで抵抗をしていたのだが。
「っつ……!?」
半ば取っ組み合いになったそのさなか、首筋に痛みを感じた。絶叫する程の痛みでもなかったのだが、それなりに痛いとは思った。が、痛みは驚くほど即座に消えていった。心なしか、痛みを感じた所から何かが吸われている感覚もした。何が吸われているのかは良く分からなかったが。
「っあ……?」
その内に意識が落ちた。ブラックアウトだった。ミヤの事を、男として、彼氏として、守らなければならない、という危機感だけを胸に、僕の意識は途絶えた。
◆
「おい、君たち、大丈夫か?」
そんな声で僕は意識を取り戻した。目覚めて見た空は、既に満天の星空だった。僕に声をかけてきたのは警察の制服を着たおじさんたちで、「君たち」と言った通り、僕の横にはミヤがもたれて眠っていた。
「高校生? お話、聞いても良いかい?」
そう提案してきたのは、2人の警察官の年配の方の人で、僕の両親と同じくらいではないかと思うような年頃の人だった。
「あの……えっと……?」
「時間も遅いし、危険だから。ちょっとパトカーに乗ろうか」
そう言ったのは、若い方の警察官だった。隣の女の子が知っている子なら起こしてあげて、と促され、何となく彼女だとは言えないままミヤを揺する。彼女はすぐに目覚めたものの、僕と同様、状況が良く掴めていない様子だった。
ふたりでパトカーに乗せられて警察署へ。その間に、名前だとか年齢だとか住所、連絡先だとかを聞かれて、どうしてあんな所で眠っていたのかを聞かれた。主に聞かれたのは僕で、ミヤは名前と年齢と住所くらいしか答えられなかった。顔色がすごく悪くて、きっと緊張しているのだろうと思ったから、僕はミヤの分も多く喋った。
「知らない男に掴みかかられて、そこからの記憶が曖昧なんだね?」
それぞれの両親を呼んだ、と言われて待たされている間に、その時の状況を何度も聞かれた。ミヤは「良く分からないです」と繰り返していた。よほどショックが大きかったと思われたのか、ミヤに話を聞いていた女性の警察官の人も、あまり深くは聞いていなかった。
「――どう思う?」
「吸血鬼案件ですか? 今の所、報告は都市部だけですよ? 離れ過ぎてますよ」
「だよなぁ」
僕に話しかけていた若手の警察官と、ミヤに話しかけていた女性の警察官が、そんなやりとりをする。「そんなわけがないですよ」とふたりで苦笑している、その間に僕は割り込んだ。
「吸血鬼案件……って何ですか?」
その問いに、傍らのミヤがなぜかビクリとした気がした。警察官ふたりは、一瞬だけ「しまった」と言わんばかりの顔をして僕を見た。
「ここ数年、ニュースとかで時々話題になってるんだけど、知らない? 東京とか大阪とか……大都市で流行してる病気なんだけどね」
「吸血鬼が、ですか?」
吸血鬼なんて物語の中の生き物ではないのか。そう思いながら問うと、女性の警察官が答えてくれた。
「吸血鬼、って言っているのは、お話の中の吸血鬼みたいな体質になってしまうから、なんだけど。今の所で分かっている範囲で、どうやら人から人に感染する病気らしい、って事は分かっているの。だからもしかしたら、って思って。でも、まだ大都市でしか患者は確認されていないし、あなたたちはきっと違うと思うわ」
とはいえ、体調に何かおかしな事があったら病院へ行ってね、と彼女は言った。
その直後に僕の家族が飛び込んできて、ミヤの両親がかけつけて、大騒ぎの謝罪合戦みたいになってしまったので、「吸血鬼案件」の詳しい話は聞けずじまいでうやむやになってしまった。何が何だか良く分からないまま、ミヤとミヤの家族に謝って、引き離されて、説教を受けながら帰宅をした。
帰宅してしまってから、ミヤの両親に交際している事を言えずじまいだったな、と思いながら、様子を窺いたくてミヤにメッセージを送ったけれど、その晩、ミヤからの返事はなかった。
夏休みの前半が終わりに差し掛かろうかというその日も、僕らは小さな公園の片隅で、話に花を咲かせていた。部活の後の時間からで、話は尽きず、気付けば夏の夕暮れが迫っていた。
「それで、町田で――」
話題にしていたのは、好きなデザイナーの個展が東京で開かれるという話。そこから長じて、首都圏は美術展やライブが充実していて羨ましい、という話もしていたと思う。あまりにも話に夢中で、僕らは気が付いていなかった。――見知らぬ男が、こちらへと近づいてきていた事に。
「すみません」
聞き間違いでなければ、男はそう言ったと思う。「思う」と言ったのは、直後に男が掴みかかってきたからだ。
僕らが雑談をしていたベンチは公園の片隅にあったし、声量が極端に大きかったとも思っていない。だから、見知らぬ男から急に襲われる理由にも心当たりがなかった。ただ、彼氏としてミヤは守らなければ、という気持ちで抵抗をしていたのだが。
「っつ……!?」
半ば取っ組み合いになったそのさなか、首筋に痛みを感じた。絶叫する程の痛みでもなかったのだが、それなりに痛いとは思った。が、痛みは驚くほど即座に消えていった。心なしか、痛みを感じた所から何かが吸われている感覚もした。何が吸われているのかは良く分からなかったが。
「っあ……?」
その内に意識が落ちた。ブラックアウトだった。ミヤの事を、男として、彼氏として、守らなければならない、という危機感だけを胸に、僕の意識は途絶えた。
◆
「おい、君たち、大丈夫か?」
そんな声で僕は意識を取り戻した。目覚めて見た空は、既に満天の星空だった。僕に声をかけてきたのは警察の制服を着たおじさんたちで、「君たち」と言った通り、僕の横にはミヤがもたれて眠っていた。
「高校生? お話、聞いても良いかい?」
そう提案してきたのは、2人の警察官の年配の方の人で、僕の両親と同じくらいではないかと思うような年頃の人だった。
「あの……えっと……?」
「時間も遅いし、危険だから。ちょっとパトカーに乗ろうか」
そう言ったのは、若い方の警察官だった。隣の女の子が知っている子なら起こしてあげて、と促され、何となく彼女だとは言えないままミヤを揺する。彼女はすぐに目覚めたものの、僕と同様、状況が良く掴めていない様子だった。
ふたりでパトカーに乗せられて警察署へ。その間に、名前だとか年齢だとか住所、連絡先だとかを聞かれて、どうしてあんな所で眠っていたのかを聞かれた。主に聞かれたのは僕で、ミヤは名前と年齢と住所くらいしか答えられなかった。顔色がすごく悪くて、きっと緊張しているのだろうと思ったから、僕はミヤの分も多く喋った。
「知らない男に掴みかかられて、そこからの記憶が曖昧なんだね?」
それぞれの両親を呼んだ、と言われて待たされている間に、その時の状況を何度も聞かれた。ミヤは「良く分からないです」と繰り返していた。よほどショックが大きかったと思われたのか、ミヤに話を聞いていた女性の警察官の人も、あまり深くは聞いていなかった。
「――どう思う?」
「吸血鬼案件ですか? 今の所、報告は都市部だけですよ? 離れ過ぎてますよ」
「だよなぁ」
僕に話しかけていた若手の警察官と、ミヤに話しかけていた女性の警察官が、そんなやりとりをする。「そんなわけがないですよ」とふたりで苦笑している、その間に僕は割り込んだ。
「吸血鬼案件……って何ですか?」
その問いに、傍らのミヤがなぜかビクリとした気がした。警察官ふたりは、一瞬だけ「しまった」と言わんばかりの顔をして僕を見た。
「ここ数年、ニュースとかで時々話題になってるんだけど、知らない? 東京とか大阪とか……大都市で流行してる病気なんだけどね」
「吸血鬼が、ですか?」
吸血鬼なんて物語の中の生き物ではないのか。そう思いながら問うと、女性の警察官が答えてくれた。
「吸血鬼、って言っているのは、お話の中の吸血鬼みたいな体質になってしまうから、なんだけど。今の所で分かっている範囲で、どうやら人から人に感染する病気らしい、って事は分かっているの。だからもしかしたら、って思って。でも、まだ大都市でしか患者は確認されていないし、あなたたちはきっと違うと思うわ」
とはいえ、体調に何かおかしな事があったら病院へ行ってね、と彼女は言った。
その直後に僕の家族が飛び込んできて、ミヤの両親がかけつけて、大騒ぎの謝罪合戦みたいになってしまったので、「吸血鬼案件」の詳しい話は聞けずじまいでうやむやになってしまった。何が何だか良く分からないまま、ミヤとミヤの家族に謝って、引き離されて、説教を受けながら帰宅をした。
帰宅してしまってから、ミヤの両親に交際している事を言えずじまいだったな、と思いながら、様子を窺いたくてミヤにメッセージを送ったけれど、その晩、ミヤからの返事はなかった。


