「ミヤ」こと、澤田(さわだ)みやこは、元々、美術部員で僕の後輩だった。
美術部、と言っても半分は本来の意味での美術、もう半分はイラストや漫画、いわゆるサブカルチャーを好むオタクで構成されていたが、軋轢みたいなものはなく、それぞれが、それぞれの描きたいもの、やりたい事を好きにやっているような部活だった。僕はポスターアートやポップカルチャー系のイラストを好んで描いていて、みやこは写真を元にした風景画を描いている事が多かった気がする。そんな美術部は、良くも悪くも個人主義で自由だった。
「先輩の事が好きなんです」
接点があると言えばあるものの、特別に親しかったわけでもなかったみやこから告白されたのは、高3の夏の初めの頃だった。
高校3年生の美術部員は、夏休み明けのコンクールへの絵の出品をもって引退となる。秋の文化祭では、コンクールに出品した作品かその複製、あるいは夏休みの終わりまでに作り置いた別の作品を展示するのみとなる。受験に集中するための仕組みだ。僕も例に漏れず、夏休みを期限に美術部の活動を一旦、終了する事に決めていた。みやこからの告白は、その「引退」をようやく意識し始めた頃だった。
「先輩が、これから本格的に受験勉強をしなければいけないのは分かってますし、先輩の邪魔にはなりたくないんですけど、その、夏休みから講習が多くなって、部室に先輩が来るのも減っちゃいますし、夏休みが終わったら3年生は引退するのが普通ですし、今の内に言わないと、言う機会がなくなっちゃいそうで、私、焦っちゃって。……その、迷惑、ですよね……?」
「えっと……迷惑、なんて事は……」
部員の中には、絵も描かずにアニメの考察をしている集団も一定数いる。僕もアニメを観ないというわけではないのだが、その集団の事は、いつも騒がしくて賑やかな集団という印象があって苦手だった。その集団とはあまり交わらず、黙々と絵を描いているのが、みやこの印象だった。来れば必ず挨拶をしてくれて、礼儀正しくて、大人しくて、顔も可愛らしい。活動の合間に何度か話もしているが、それなりに真面目に活動をしている部員同士、話は合わせやすかった。
「……本当ですか……?」
彼女の方から告白されるより前から、彼女に好意があったか、と問われれば自信はない。しかし、この時の僕は、己が告白されていて彼女ができるかもしれない、という下心、それから優越感のような感覚を覚えていた。受験や進路という、息が詰まりそうな未来の中の、一服の清涼剤にでもなりそうだ、という感情も、少し。
「……その、本格的に受験勉強が始まったら、あんまり会えなくなっちゃうかもしれないけど。……僕もみやこの事は嫌いじゃないし、だから、その……」
「……本当ですか!?」
嬉しい、とはにかむ顔はとても可愛らしくて、きっとその感情を恋や愛と呼ぶのだろう、と僕は思った。
「うん。よろしくね、みやこ」
こういう時にどういう行動をしたら良いのか分からなくて、僕は咄嗟に右手を差し出した。顔を赤らめて泣きそうな顔をしながら、たった今、僕の恋人になったみやこは、その手を握り返してきた。
それが夏の初め。僕らが付き合う事になった、ある放課後の話だった。
美術部、と言っても半分は本来の意味での美術、もう半分はイラストや漫画、いわゆるサブカルチャーを好むオタクで構成されていたが、軋轢みたいなものはなく、それぞれが、それぞれの描きたいもの、やりたい事を好きにやっているような部活だった。僕はポスターアートやポップカルチャー系のイラストを好んで描いていて、みやこは写真を元にした風景画を描いている事が多かった気がする。そんな美術部は、良くも悪くも個人主義で自由だった。
「先輩の事が好きなんです」
接点があると言えばあるものの、特別に親しかったわけでもなかったみやこから告白されたのは、高3の夏の初めの頃だった。
高校3年生の美術部員は、夏休み明けのコンクールへの絵の出品をもって引退となる。秋の文化祭では、コンクールに出品した作品かその複製、あるいは夏休みの終わりまでに作り置いた別の作品を展示するのみとなる。受験に集中するための仕組みだ。僕も例に漏れず、夏休みを期限に美術部の活動を一旦、終了する事に決めていた。みやこからの告白は、その「引退」をようやく意識し始めた頃だった。
「先輩が、これから本格的に受験勉強をしなければいけないのは分かってますし、先輩の邪魔にはなりたくないんですけど、その、夏休みから講習が多くなって、部室に先輩が来るのも減っちゃいますし、夏休みが終わったら3年生は引退するのが普通ですし、今の内に言わないと、言う機会がなくなっちゃいそうで、私、焦っちゃって。……その、迷惑、ですよね……?」
「えっと……迷惑、なんて事は……」
部員の中には、絵も描かずにアニメの考察をしている集団も一定数いる。僕もアニメを観ないというわけではないのだが、その集団の事は、いつも騒がしくて賑やかな集団という印象があって苦手だった。その集団とはあまり交わらず、黙々と絵を描いているのが、みやこの印象だった。来れば必ず挨拶をしてくれて、礼儀正しくて、大人しくて、顔も可愛らしい。活動の合間に何度か話もしているが、それなりに真面目に活動をしている部員同士、話は合わせやすかった。
「……本当ですか……?」
彼女の方から告白されるより前から、彼女に好意があったか、と問われれば自信はない。しかし、この時の僕は、己が告白されていて彼女ができるかもしれない、という下心、それから優越感のような感覚を覚えていた。受験や進路という、息が詰まりそうな未来の中の、一服の清涼剤にでもなりそうだ、という感情も、少し。
「……その、本格的に受験勉強が始まったら、あんまり会えなくなっちゃうかもしれないけど。……僕もみやこの事は嫌いじゃないし、だから、その……」
「……本当ですか!?」
嬉しい、とはにかむ顔はとても可愛らしくて、きっとその感情を恋や愛と呼ぶのだろう、と僕は思った。
「うん。よろしくね、みやこ」
こういう時にどういう行動をしたら良いのか分からなくて、僕は咄嗟に右手を差し出した。顔を赤らめて泣きそうな顔をしながら、たった今、僕の恋人になったみやこは、その手を握り返してきた。
それが夏の初め。僕らが付き合う事になった、ある放課後の話だった。


