その日の部活後、私は所属しているバレー部の友人たちと、駅近くのファーストフード店に寄り道をしていた。
本当は気が進まなかったのだけど、キャプテンの立花有沙に「今日はチームの今後を真剣に考える会をしよう!」なんて言われたものだから、さすがに副キャプテンとして空気を読む必要があると思ったのだ。
だけど、店内に入って三十分。
これまでの会話はどれも、誰々が付き合っているらしいとか、誰々が街で一緒にいるところを見たとか、八割方が校内の恋愛事情についての噂話だった。チームのチの字も出てこない。
私だって、そういう話に興味がないわけではない。だけど今は真偽不明の色恋沙汰よりも、かばんの中で眠るミステリー小説の続きの方が余程気になる。昼休みにしおりを挟んだページを、早く開きたい。
ただひたすらに、適当に相槌を打ちつつアイスティーをストローで吸い上げていたら。
店内に、弾けるような軽快なイントロと共に、人気アイドルグループの曲が流れはじめた。
『今日も僕らは 全力疾走前向き日和!』
……今の私には、ちょっと荷が重い曲。
部活がハードなのはいつものことだけれど、昼休みの件があったからか、何だかやけに疲れている。何か甘いものが食べたい気分。ガムシロップの甘さだけじゃ物足りない。
そろそろそんな話は終わりにしない? 何の話をしに来たんだっけ?
そう、有沙たちに切り出そうとしたときだった。
「ねえ。四組の笹田澪っているでしょう?」
有沙が口にしたのは、久々に聞く名前だった。
そして、それに続いたのは。
「あの子さ、何ていうか……ダサいよね」
――ダサい。何を急に言い出すかと思えば。
「わかる! 全体的に野暮ったいというか、中学生のままみたい」
千鶴が苦笑いで同調すると、梨生もホットココアをこくんと飲んでから続ける。
「制服、ボタン一つ開けずにきっちり着てるよね。髪も跳ねまくってるし、スカートの丈も、あれでいいって思ってるのかな? 膝下だよ?」
「しかも四組内で『使い勝手がいい子』なんて、面倒事ばっかり押し付けられてるらしいよ。なのにいつもニコニコしてるんだって」
「都合良く利用されてることに気付いてないんじゃない? 鈍感過ぎてかわいそう」
見下げて。嘲笑して。茶化して。
矢継ぎ早に飛び交う負の言葉たち。私はカップの中身を飲み切ることに集中してしまおうと、ストローを咥える。
だけど恐らく、きっと、この後は。
「ねえ、海未はどう思う?」
思った通り。有沙は私にクエスチョンマークを投げかけてきた。
「どう思うって?」
「笹田澪と同じ中学だったんだよね? あの子、前からあんな感じなの?」
「……あのさ」
ほとんど氷だけになった湿っぽいカップをトレイに置くと、沈黙が訪れた。それと全く不釣り合いな女性ボーカルのポップなラブソングが、店内に響き渡る。
有沙たちは「私の知っている澪」について余程知りたいらしい。前のめり気味になってまで。何を期待しているの? それを聞いてどうするつもり? 次は何を言うつもりなの?
――あぁ。いらいらする。
やっぱり甘いものを食べておくべきだった。
「あの子本人の前で、同じこと言えるの? 言えるならそのまま続けて」
私は、有沙たちに言い放った。
「そ、そんなこと言えな――」
「陰口とか噂とか、そういうの面倒なの。聞いてて気分良い話じゃないし。もう少し楽しいこと話そうよ」
「あたしたち、そんなつもりじゃ」
「でも、この場だから話せている話題でしょう?」
「…………」
三人はそれ以上は押し黙って、私にしおらしい表情を向けた。
「そ……そうだよね。ごめん」
有沙を筆頭に、千鶴と梨生もごめんねを口にする。
「悪気がなかったのなら、謝らなくていいよ」
そう。謝る相手は私ではない。
――かわいそうなのは、あなたたちの方。それは、さすがにごくんと飲み込んだ。
「ちょっと、お手洗い行ってくる」
かばんの中から化粧ポーチを取り出し、沈黙の場となった席を立つ。
本当に、嫌気が差す。もうこのまま帰ってしまいたかったけれど、そんなことをしたら余計面倒なことになる。一旦頭を冷やそうと思った。
たまに見かける澪は確かに、他の女子生徒に比べていろいろとズレている。
私の通う高校は県内でも制服がかわいいと、度々SNSで話題になるくらい人気だ。
ネイビーのブレザーにブルーを基調としたチェックのスカート。カーディガンとベストの色は自由、アイボリーのブラウスに赤いリボン。
加えて校則も比較的緩めなので、制服が着たくて入学してくる子も多いと聞く。
もっとも私がこの高校を選んだのは、そんな校風でありつつも大学進学率が高く家からも近いから、という理由だったけれど。
大多数の女子は、入学したての頃だけおとなしくしておいて、その後はいかにおしゃれに見せるかを研究し、先輩に倣い、段々と制服を着崩していく。私だって例に漏れず、多少の着こなし方を覚えた。
それなのに、澪は今も全てに緩みがない。
ブラウスの第一ボタンまで、きっちりと留めている。スカート丈も、ほとんどが膝上にしてしまうのに、膝下で逆に目立っている。
言うなれば、「学校案内」の制服紹介のページに載っているような、模範的な着こなしを彼女はずっと続けているのだ。
澪は祖父母と父親との四人暮らしで、母親は彼女を出産した際に亡くなったのだと本人から聞いたことがある。小柄なのもその時小さく生まれたからだとか。それらをどんなきっかけで聞いたのかは、思い出せないけれど。
私の中の澪は、不器用でおとなしくて、どこか幼さが揺らめく、そんな女の子。
数は少ないけれど友人もいて、みんな一緒に高校に入学したはずだけれど……そういえば一緒にいるところを見なくなった気がする。
もしかして家族や友人含め、「いろいろと」教えてくれる存在がいない? だから「学校案内」のままなのだろうか。
だけどその着こなしは、決して校則違反ではない。おしゃれな女子高生らしさはなくとも、咎める点など一つもない。私がわざわざ何か忠告するのも違う気がする。
私が寧ろ気になったのは「使い勝手がいい子」だと呼ばれていること。
中学の頃を思い返してみれば、小さな身体で彼女はいつだって一生懸命だった。当時も頼まれごとを断っているのを見た記憶がない。今もあんな感じなのだろうか。
洗面台の鏡の中の私と目が合う。いつの間にか眉間にくっきり縦じわができてしまっていた。
またはっきり言い過ぎてしまったかな……でもあの場を諌めなければ、有沙たちが澪を見る色眼鏡は更に濃くなっていたに違いない。
ポーチから色付きのリップクリームを取り出し、丁寧に塗り直す。
それから折り畳みのコームを取り出して、栗色の髪を梳いた。特に乱れていたわけではないけれど、すぐにあの場に戻りたくなかった。
確かに澪のあのあちこち跳ねた髪は、コームで丁寧に梳かしてあげたい。それだけでも、元々色白で華奢な彼女は全然イメージが変わりそう――なんて思いながら。
憂鬱な気持ちを心の奥に押し込めて、有沙たちがいる窓際のカウンター席に向かう。何やら話が盛り上がっているようだ。こちらに背を向けている彼女達から聞こえたのは、あの呼び名だった。
「ウニ女? 海未が?」
「そう。颯真たちが言ってたの。『うみ』っていうよりトゲトゲの『ウニ』だ、だって!」
「何それ! ウケるんだけど」
千鶴は手を叩いて爆笑している。
「さっきもトゲトゲしかったよね。まぁ、あたしたちも笹田澪のことを悪く言い過ぎたとは思うよ?」
「海未ってさ、間違ったことは言ってないのよ。助かることもあるしキレイどころだから、一緒にいて損はないし……でもまぁウニ、確かにそれっぽい」
もう呼び名が広まっていることに驚くと同時に、妙に感心してしまった。さすが命名者がクラスの中心人物なだけある。
彼ら――台風の目を中心に、クラス内にぐるぐる噂が回る。回りきれなくなったら、他のクラスへ。学校中の生徒からウニ女って呼ばれる日がくるのも、そう遠くないかもしれない。
「お待たせ」
背中越しに声を掛けると、三人はびくりと肩を震わせた。
「う、海未……遅かったね」
「ごめん。髪整えてて」
私は昼休みと同じく、聞こえなかったふりをして席についた。
「ね。本当、海未の髪っていつもサラサラで羨ましいよね」
「シャンプーとかヘアケア、何使ってるの?」
千鶴と梨生がわかりやすく話題を変えようとしてくる。私は訊かれた通り、おすすめのシャンプーとヘアオイルを紹介しておいた。
その日の夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった私は、スマホで「ウニ」と検索してみた。どんな生き物なのかなんて当然知っているのに、そうしてみたくなったから。
「ウニ」「うに」「雲丹」
微妙に変えて検索しても、あの真っ黒でトゲトゲの姿が何度もスマホの画面に現れる。
英語だと「sea urchin」……シーアーチン、って読
なんだ。ウニって意外とかわいいかも。
「私は、あなたと同じなんだって」
トゲトゲに向かって、呟いてみた。それが妙におかしくて、ふふっと声が漏れる。
そして、ふと考えた。
澪にこんな話をしたら、同じように笑うのかな、と。
本当は気が進まなかったのだけど、キャプテンの立花有沙に「今日はチームの今後を真剣に考える会をしよう!」なんて言われたものだから、さすがに副キャプテンとして空気を読む必要があると思ったのだ。
だけど、店内に入って三十分。
これまでの会話はどれも、誰々が付き合っているらしいとか、誰々が街で一緒にいるところを見たとか、八割方が校内の恋愛事情についての噂話だった。チームのチの字も出てこない。
私だって、そういう話に興味がないわけではない。だけど今は真偽不明の色恋沙汰よりも、かばんの中で眠るミステリー小説の続きの方が余程気になる。昼休みにしおりを挟んだページを、早く開きたい。
ただひたすらに、適当に相槌を打ちつつアイスティーをストローで吸い上げていたら。
店内に、弾けるような軽快なイントロと共に、人気アイドルグループの曲が流れはじめた。
『今日も僕らは 全力疾走前向き日和!』
……今の私には、ちょっと荷が重い曲。
部活がハードなのはいつものことだけれど、昼休みの件があったからか、何だかやけに疲れている。何か甘いものが食べたい気分。ガムシロップの甘さだけじゃ物足りない。
そろそろそんな話は終わりにしない? 何の話をしに来たんだっけ?
そう、有沙たちに切り出そうとしたときだった。
「ねえ。四組の笹田澪っているでしょう?」
有沙が口にしたのは、久々に聞く名前だった。
そして、それに続いたのは。
「あの子さ、何ていうか……ダサいよね」
――ダサい。何を急に言い出すかと思えば。
「わかる! 全体的に野暮ったいというか、中学生のままみたい」
千鶴が苦笑いで同調すると、梨生もホットココアをこくんと飲んでから続ける。
「制服、ボタン一つ開けずにきっちり着てるよね。髪も跳ねまくってるし、スカートの丈も、あれでいいって思ってるのかな? 膝下だよ?」
「しかも四組内で『使い勝手がいい子』なんて、面倒事ばっかり押し付けられてるらしいよ。なのにいつもニコニコしてるんだって」
「都合良く利用されてることに気付いてないんじゃない? 鈍感過ぎてかわいそう」
見下げて。嘲笑して。茶化して。
矢継ぎ早に飛び交う負の言葉たち。私はカップの中身を飲み切ることに集中してしまおうと、ストローを咥える。
だけど恐らく、きっと、この後は。
「ねえ、海未はどう思う?」
思った通り。有沙は私にクエスチョンマークを投げかけてきた。
「どう思うって?」
「笹田澪と同じ中学だったんだよね? あの子、前からあんな感じなの?」
「……あのさ」
ほとんど氷だけになった湿っぽいカップをトレイに置くと、沈黙が訪れた。それと全く不釣り合いな女性ボーカルのポップなラブソングが、店内に響き渡る。
有沙たちは「私の知っている澪」について余程知りたいらしい。前のめり気味になってまで。何を期待しているの? それを聞いてどうするつもり? 次は何を言うつもりなの?
――あぁ。いらいらする。
やっぱり甘いものを食べておくべきだった。
「あの子本人の前で、同じこと言えるの? 言えるならそのまま続けて」
私は、有沙たちに言い放った。
「そ、そんなこと言えな――」
「陰口とか噂とか、そういうの面倒なの。聞いてて気分良い話じゃないし。もう少し楽しいこと話そうよ」
「あたしたち、そんなつもりじゃ」
「でも、この場だから話せている話題でしょう?」
「…………」
三人はそれ以上は押し黙って、私にしおらしい表情を向けた。
「そ……そうだよね。ごめん」
有沙を筆頭に、千鶴と梨生もごめんねを口にする。
「悪気がなかったのなら、謝らなくていいよ」
そう。謝る相手は私ではない。
――かわいそうなのは、あなたたちの方。それは、さすがにごくんと飲み込んだ。
「ちょっと、お手洗い行ってくる」
かばんの中から化粧ポーチを取り出し、沈黙の場となった席を立つ。
本当に、嫌気が差す。もうこのまま帰ってしまいたかったけれど、そんなことをしたら余計面倒なことになる。一旦頭を冷やそうと思った。
たまに見かける澪は確かに、他の女子生徒に比べていろいろとズレている。
私の通う高校は県内でも制服がかわいいと、度々SNSで話題になるくらい人気だ。
ネイビーのブレザーにブルーを基調としたチェックのスカート。カーディガンとベストの色は自由、アイボリーのブラウスに赤いリボン。
加えて校則も比較的緩めなので、制服が着たくて入学してくる子も多いと聞く。
もっとも私がこの高校を選んだのは、そんな校風でありつつも大学進学率が高く家からも近いから、という理由だったけれど。
大多数の女子は、入学したての頃だけおとなしくしておいて、その後はいかにおしゃれに見せるかを研究し、先輩に倣い、段々と制服を着崩していく。私だって例に漏れず、多少の着こなし方を覚えた。
それなのに、澪は今も全てに緩みがない。
ブラウスの第一ボタンまで、きっちりと留めている。スカート丈も、ほとんどが膝上にしてしまうのに、膝下で逆に目立っている。
言うなれば、「学校案内」の制服紹介のページに載っているような、模範的な着こなしを彼女はずっと続けているのだ。
澪は祖父母と父親との四人暮らしで、母親は彼女を出産した際に亡くなったのだと本人から聞いたことがある。小柄なのもその時小さく生まれたからだとか。それらをどんなきっかけで聞いたのかは、思い出せないけれど。
私の中の澪は、不器用でおとなしくて、どこか幼さが揺らめく、そんな女の子。
数は少ないけれど友人もいて、みんな一緒に高校に入学したはずだけれど……そういえば一緒にいるところを見なくなった気がする。
もしかして家族や友人含め、「いろいろと」教えてくれる存在がいない? だから「学校案内」のままなのだろうか。
だけどその着こなしは、決して校則違反ではない。おしゃれな女子高生らしさはなくとも、咎める点など一つもない。私がわざわざ何か忠告するのも違う気がする。
私が寧ろ気になったのは「使い勝手がいい子」だと呼ばれていること。
中学の頃を思い返してみれば、小さな身体で彼女はいつだって一生懸命だった。当時も頼まれごとを断っているのを見た記憶がない。今もあんな感じなのだろうか。
洗面台の鏡の中の私と目が合う。いつの間にか眉間にくっきり縦じわができてしまっていた。
またはっきり言い過ぎてしまったかな……でもあの場を諌めなければ、有沙たちが澪を見る色眼鏡は更に濃くなっていたに違いない。
ポーチから色付きのリップクリームを取り出し、丁寧に塗り直す。
それから折り畳みのコームを取り出して、栗色の髪を梳いた。特に乱れていたわけではないけれど、すぐにあの場に戻りたくなかった。
確かに澪のあのあちこち跳ねた髪は、コームで丁寧に梳かしてあげたい。それだけでも、元々色白で華奢な彼女は全然イメージが変わりそう――なんて思いながら。
憂鬱な気持ちを心の奥に押し込めて、有沙たちがいる窓際のカウンター席に向かう。何やら話が盛り上がっているようだ。こちらに背を向けている彼女達から聞こえたのは、あの呼び名だった。
「ウニ女? 海未が?」
「そう。颯真たちが言ってたの。『うみ』っていうよりトゲトゲの『ウニ』だ、だって!」
「何それ! ウケるんだけど」
千鶴は手を叩いて爆笑している。
「さっきもトゲトゲしかったよね。まぁ、あたしたちも笹田澪のことを悪く言い過ぎたとは思うよ?」
「海未ってさ、間違ったことは言ってないのよ。助かることもあるしキレイどころだから、一緒にいて損はないし……でもまぁウニ、確かにそれっぽい」
もう呼び名が広まっていることに驚くと同時に、妙に感心してしまった。さすが命名者がクラスの中心人物なだけある。
彼ら――台風の目を中心に、クラス内にぐるぐる噂が回る。回りきれなくなったら、他のクラスへ。学校中の生徒からウニ女って呼ばれる日がくるのも、そう遠くないかもしれない。
「お待たせ」
背中越しに声を掛けると、三人はびくりと肩を震わせた。
「う、海未……遅かったね」
「ごめん。髪整えてて」
私は昼休みと同じく、聞こえなかったふりをして席についた。
「ね。本当、海未の髪っていつもサラサラで羨ましいよね」
「シャンプーとかヘアケア、何使ってるの?」
千鶴と梨生がわかりやすく話題を変えようとしてくる。私は訊かれた通り、おすすめのシャンプーとヘアオイルを紹介しておいた。
その日の夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった私は、スマホで「ウニ」と検索してみた。どんな生き物なのかなんて当然知っているのに、そうしてみたくなったから。
「ウニ」「うに」「雲丹」
微妙に変えて検索しても、あの真っ黒でトゲトゲの姿が何度もスマホの画面に現れる。
英語だと「sea urchin」……シーアーチン、って読
なんだ。ウニって意外とかわいいかも。
「私は、あなたと同じなんだって」
トゲトゲに向かって、呟いてみた。それが妙におかしくて、ふふっと声が漏れる。
そして、ふと考えた。
澪にこんな話をしたら、同じように笑うのかな、と。

