スキル無しゴトーさんは最弱のはずです!~勇者召喚に巻き込まれたモブサラリーマン、通勤装備が神器になっていたので自由に生きることにします~

 ユキタカは、地底にある大きな巣穴の中で、スマホのライトを頼りに周囲を確認していた。

 傘の能力? で仕留めた『灰色六足魔熊』の巣である事はわかっていたが、この魔物はさらに穴を掘っていた痕跡があった。

「この穴では満足せず穴を広げようとしていたのかな?」

 ユキタカは、手にしている傘の先で、その穴を軽く突いてみる。

 すると、激しい衝撃と共に、その穴が深く抉れた。

「うわっ!」

 ユキタカは、軽い力に対して、あまりに大きな手応えだった。

「やっぱり、この傘が凄いのか……。軽く突いてこれなら、傘を開いた時は、魔物を吹き飛ばすような突風が起きたという事かな?」

 ユキタカは試しに、そっと傘を開いてみた。

 だが、予想に反して何も起きない。

 ただの『傘』である。

「……何も起きない? ──あの時は、僕の危機感を察して、何か発動したという事なのかな?」

 使用条件を考察していくユキタカは、慎重に『傘』の能力を確認していくのだった。


 色々試してみてわかった事は、奮発して買ったこの傘は軽く丈夫だという事だった。

 穴を穿つ程の威力で地面を突いているのに、傘の先っぽである「石突き」部分に傷が全くつかない。

 それどころか体重をかけて杖代わりにしても、折れる様子はなく、軽いのに握っている手応えは剣のような頼もしささえあった。

「もしかして、これは武器にあたるのかな? 子供の頃は傘でチャンバラした覚えはあるけど……」

 ユキタカは試しに、傘で素振りをしてみる。

 普通は強く振ると、反動で柄の根っこの部分に重量がかかり、ポキッと折れたりするものだが、その心配もない程、丈夫な手応えだ。

「これは頼もしい武器になるかも……。王都のダンジョンに潜らされた時は、与えられた高そうな剣もしっくりこなかったからなぁ。──もう少し、試してみるか」

 ユキタカは『傘』を構えると、先程抉った穴をさらに突く。

 すると今度は、先程までは岩を砕いても軽い衝撃だったが、今度は、しっかり硬いものを破壊する重い衝撃が手に伝わってきた。

「何かに当たった!?」

 ユキタカは驚いて、スマホのライトを深く抉れた穴に向ける。

 すると、人工物と思われる物体が、むき出しになっていた。

 ヒビを入れたようで、その隙間からは光が漏れている。

 そこから中を覗くと、どうやら人工的な空間があるようだった。

「こんな地底に部屋がある!?」

 最初は驚いたが、それは喜びに溢れていた。

 崖の底から脱出する方法を考えなくてはいけない矢先だったからだ。

 人工の空間があるという事は、人が住んでいる可能性、つまり、地上への道があると期待したからである。

 ユキタカは嬉々として、そのヒビの入った壁を再度突いて破壊すると明るい室内の様子を窺う。

「キャー!」

 すると、女性と思われる者の悲鳴が聞こえてきた。

 ユキタカは、握っている傘に頼もしさを感じていた事から勇気を貰い、室内に飛び込んでいく。

 室内は壁自体が発光しており、かなり明るい。

 暗闇で目が慣れたユキタカだったから、数瞬、眩さに視界を奪われたが、慣れるのもあっという間だった。

 視界の先には、全長十メートル近くはあろうかという黒毛の狼のような魔物とそれに襲われる一人の女性がいる。

 女性は金色の長髪を振り乱し、地面に倒れていた。

 ユキタカは、一刻の猶予もないと思い、傘を手に魔物と女性の間に飛び込む。

 強大なオオカミは、闖入者に驚く事なく、噛みつこうと牙をむいた。

 同時に、ユキタカは傘で巨大黒狼の鼻先を突く。

 すると、弾丸のように抉る回転が生み出され、それが魔物の頭部を抉り飛ばした。

「……やった? ……さすがに頭部が吹き飛んでいるから死んだよね……? ──あっ、大丈夫ですか!?」

 ユキタカは女性の方に振り返る。

「……は、はい……」

 女性はどうやら冒険者のようだった。

 頭から出血して、無傷とは言えないが、見た限りではその傷は軽症のようだ。

 足元にはボロボロの帽子と、真っ二つに切られたリュックの中身が飛び出して散乱していた。

 ユキタカはレベル上げの為に潜らされたダンジョンで、護衛の中に同じような姿の冒険者を目にしていたから、すぐに治癒士だとわかった。

「頭の傷は大丈夫ですか?」

「この程度なら、残った魔力で治せると思います……」

 女性はそう言うと、自らの治癒魔法で頭部をあっという間に治療した。

 その様子を窺っていたユキタカは、改めて挨拶する。

「僕はユキタカ・ゴトーと言います。差し支えなければ、名前を教えてもらっていいですか?」

 ユキタカが自己紹介すると、女性冒険者は顔を上げてこちらを見た。

 そこでようやく女性の顔をはっきり確認する事ができた。

 金色の長髪に赤い目、鼻筋通った顔は、とても綺麗だ。

「私は、イリストラーナ・ファルオーネ・シュタインランサーと言います」

「え?」

 ユキタカはあまりに長いうえ、横文字の名前なので覚えられず、思わず聞き返す。

「イリストラーナ・ファルオーネ・シュタインランサーです」

「すみません、長いので覚えられないです……。失礼ですが、イリスさんでいいですか?」

 ユキタカが困惑して、名前の短縮呼びを提案する。

「ええ……。そうしてください。あと、助けてくれてありがとうございます……。──あのぅ……、水があれば、少し、頂けませんか?」

 女性は疲れ果てた表情で苦笑すると、不思議な格好をしているユキタカにお願いした。

「それなら水筒に水があるはず。──あ、でも、少なくとも一か月以上経っているんだった……。ちょっと待ってくださいね?」

 ユキタカは、慌ててリュックから水筒を取り出すと、恐る恐る蓋を開ける。

 蓋がコップになっているタイプだ。

 コップに中身を出して、臭《にお》いを嗅いでみる。

「臭いは大丈夫みたいだけど……。一か月以上前だから、味見も怖いな……」

 ユキタカはイリスに腐った水を飲ませるわけにもいかないから、水を一口含んでみた。

「……あれ? 冷えていて美味しい!?」

 ユキタカは思わず、コップの中の水を飲み干すと、水筒から水をさらにコップに継ぎ足す。

 だが、傍でイリスがこっちをじっと見つめているのに気づくと、ハッとしてコップを差し出した。

 イリスは余程喉が渇いていたのか、差し出された水を一気に飲み干した。

 ユキタカはその手の中のコップに水を注ぎ直す。

 落ち着いたイリスは、その水を慌てる事なく、味わうようにゆっくりと口に含んだ。

 そして、ようやく緊張の糸が解けたのろう。ボロボロと涙を流し始めるではないか。

 ユキタカはその涙が、何を意味するのかわからなかったから、イリスが水を飲み干すのを黙って待つ事にするのだった。