スキル無しゴトーさんは最弱のはずです!~勇者召喚に巻き込まれたモブサラリーマン、通勤装備が神器になっていたので自由に生きることにします~

 ユキタカは谷底を移動していた。

 助かったのは良いが、このままというわけにもいかないからだ。

「うーん……。どこからか上がれそうなところがあればいいのだけど……」

 ユキタカはスマホの光で周囲を照らす。

「それにしてもスマホの光、やっぱり明るいよなぁ。──あっ! バッテリー表示が壊れている!」

 ユキタカは、周囲に気を取られ、スマホの灯りくらいしか気に留めていなかったが、画面を見てようやく異常に気づいた。

「……よく考えたら、異世界でスマホを持っていても、カメラとライトモード以外使い道がないんだよな……。一応、充電はしておくか……」

 ユキタカは、ビジネスリュックの中に入っているはずのモバイルバッテリーを探す。

 召還時は出張帰りだったので、中には着替えのワイシャツや下着類、電動髭剃り、歯ブラシ、常備薬ケース、水筒などいろんなものが入っている。

 だが、肝心のモバイルバッテリーが見つからない。

「この移動の一か月間、護衛の視線が気になるから、用心の為に、リュックの中身は極力出さないようにしていたんだよなぁ。その時は気づかなかったけど、もしかして、返却段階で無くなっていたのかな?」

 ユキタカはスマホの明かりを頼りに探すが、やはり見つからない。

「あとどのくらいで電源が落ちるかわからないから、今は切っておくか……」

 夜になった時の事を考えての判断だった。

 幸いまだ陽が高いようで、この地底までは微かに光が届く場所もある。

「ここで、何も出ませんように……」

 ユキタカは、スマホのライトを消した事で薄暗い地底に不安を感じると、右手の傘を身構えながら先を進むのだった。


 しばらく進むと、生臭い匂いが一帯から漂ってくる。

「獣臭い? こっちにはこれ以上、いかない方がいいのかもしれない……」

 どうやら自分以外に、この地底には他の生物がいるようだ。

 すぐに引き返そうとも考えたが、この先に何がいるのか確認しておく事で、事前に危険を回避できるかもしれないと考え直す。

「(ゴクリッ)……あの角まで行って、確認してから引き返そう……」

 ユキタカは自分に言い聞かせて、勇気を振り絞る。

 斜面の角まで行くと、そっとその奥を覗いた。

 その先には、壁に大きな洞穴が開いており、周囲が薄暗い事もあってはっきりと何がいるのか確認できない。

 しかし、明らかに獣らしき生物を食い散らかした残骸とわかる骨や腐った肉が周囲に転がっており、そこから生臭さが漂っていた。

「やっぱり、何かいるみたいだ……。それにしてもこの臭いきついなぁ……。あ、マスクをすれば多少は耐えられるかも」

 ユキタカは、思い出して鞄に入れてあったマスクを探す。

 ちなみに、鞄の中身は、召喚前は仕事の書類が入っていたのだが、それらは没収されたようでなくなっていた。

 あとはマスクと大学の卒業祝いに両親から貰った万年筆、自宅の鍵、名刺入れなどしか残っていない。

 ユキタカはそのマスクを取り出して装着すると、生臭い臭いがピタリとなくなった。

「結構高いマスクを奮発して買っておいたけど、ここまで臭いを遮断してくれるのかぁ……。さすが日本製……!」

 ユキタカはマスク一つに感動すると、穴に近づいて行く。

 右手に握る傘はいつでも、開けるようにしていた。

 というのも、獣相手の場合、傘を開く事で驚かせたり、大きく見せる事で襲われずに済むという話を聞いた事があるからだ。

 異世界では気休めかもしれないが、無いよりマシだろう。

 警戒しながらじりじりと穴の傍まで迫った時である。

 穴から不意に、予想を超える大きさの魔獣が現れた。

 一見すると熊だが、その体から伸びる脚は全部で六本ある。

 王都でダンジョンに潜った時の魔物に関する授業を受けさせられた時、その特徴の魔物について学んだ覚えがあった。

 確か、『灰色六足魔熊』というA+ランクの危険指定されている魔物で、遭遇したら戦わず必ず逃げるようにと注意を受けた事が脳裏を過る。

 その『灰色六足魔熊』とバッタリ遭遇した瞬間、ユキタカは血の気が引いていく。

「……終わった……」

 ユキタカは、茫然と立ち竦む。

『灰色六足魔熊』は、ユキタカを見て一瞬ポカンとしたが、すぐに獲物だとわかったのか、「ガァー!」と吠えて立ち上がる。

 そこでようやくユキタカは、とっさに手にしていた傘を開いた。

 最後の抵抗と言っていいだろう。

 ズシン!

 開いた傘によって、相手と自分の視界を遮ってしまったユキタカのお腹に、衝撃音が鳴り響いた。

「え?」

 ユキタカは恐る恐る傘を横にずらし、魔物がいた辺りを見ると、そこには何もいなくなっている。

「逃げた……?」

 ユキタカは傘を閉じると、懐のスマホを取り出し、ライトを穴の奥に向けた。

 すると、そこには、穴の奥で首が変な方向を向いて息絶えている『灰色六足魔熊』の変わり果てた姿がライトに照らし出された。


「え……、どういう事!?」

 ユキタカはその光景を前に、愕然とする。

 自分は傘を開いて、威嚇しただけだからだ。

「もしかして、また、何かスキルを発動した……、という事なのかな? でも、僕自身にスキルは無いはず……。という事は──」

 ユキタカは手にしている傘をまじまじと見つめる。

「これか……! ──あ、そうだ。眼鏡で傘を物鑑定すれば何かわるかもしれない!」

 ユキタカは懐の眼鏡ケースを取り出し、眼鏡を出そうとした。

 だが、そこに眼鏡は無い。

 自分を殺そうとした刺客達が、ユキタカを始末した証拠として崖の上で回収して持ち帰っていってからだ。

「ない!? 僕のスキル無しを補ってくれる貴重なアイテムだったのに……」

 どこかで失くした事に気づいたユキタカのショックは大きい。

「……この傘も、何かのスキルが使えるって事なのかな……?」

 ユキタカは、失った眼鏡の代わりに能力を発揮してくれた傘を繁々と見る。

 一見すると、ただの傘だ。

 違うところがあるとしたら、少し奮発して買った品という事だろうか。

 柄の部分が握りやすく加工され、金属のような光沢を放っているので、高級感がある。

 骨組みも銀色で傘全体は黒色だ。

「もしかして……、眼鏡を失ったから、次は傘に能力が宿った、とかなのかな? 何か条件があるのかもしれない……」

 ユキタカは、真面目な顔で一人考え込むのだったが、大事な事を気づいていなかった。

 自分の身に着けている物が、全て少しも傷がついていない事に。

 高さもわからない程の深い崖から落ちれば、どこかしら物は損傷するだろうし、そもそも、ユキタカ自身の命も助かるわけがない。

 だが、今の段階でユキタカは、その事については、あまり深く考えていないのだった。