昼休み。教室のあちこちで弁当箱が開かれ、友達同士の雑談が飛び交っていた。
弁当箱の蓋を開けた瞬間、怜太の手が止まった。白米が山のように詰め込まれ、その脇には肉や野菜のおかずがぎっしりと並んでいる。母親はまだ怜太が毎日バスケで体を動かしているつもりなのだろう。いつもの習慣で同じ量を詰めたに違いない。
怜太は箸を持ったまま、弁当を眺めた。
――俺、毎日こんなに食ってたのか。
今まで何も考えずに平らげていた弁当が、今日は妙に多く感じられる。
そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。
「おい、怜太!」
突然の大声に、教室中の雑談が一瞬だけ止まった。
入り口に立っていた松下は、怜太の姿を見つけると周囲の視線など気にする様子もなく、一直線に歩いてくる。生徒たちは松下の様子を窺いつつ、チビチビと弁当をつついた。
「体操着なら貸さないぞ。サイズ合わないだろ」
適当に冗談を飛ばすが、松下の表情は険しい。
「部活辞めるって本当か?」
「辞めるじゃなくて、辞めた」
怜太は唐揚げを頬張りながら答える。
「退部届も出したから」
「なんで俺たちに相談しないんだよ」
「いやいや」
怜太は笑ってみせる。
「相談したところで結果は変わらないし」
怜太は見せつけるように左足を上げる。
「そんなことねえよ。別の道だってあるだろ」
松下は怜太の正面に立ったまま言った。
「選手が無理なら、マネージャーでもいい。裏方からチームを支えるとか――」
「マネージャー?」
怜太は箸を置いて鼻で笑う。
「俺はレギュラーになるために死に物狂いで努力したんだぞ。それを今さら裏方やれってか?」
「そういう意味じゃない」
「そういう意味だろ」
「俺たちには怜太の力が必要なんだよ」
歯の浮いたようなセリフに、思わず乾いた笑いが漏れる。
「必要ないって。松下がいればチームは回るんだよ」
怜太は松下の体をポンポンと叩いた。
「俺なんかがいても気を遣わせるだけだろ。はっきり言って邪魔になりたくないんだよ」
「そんなこと……」
怜太は弁当箱に視線を落とした。
「もういいんだよ。俺は」
これ以上構わないでくれ。怜太は暗にそう言っていたが、松下は引かない。
「よくないだろ。怪我したからってバスケを捨てるのかよ」
怜太は気怠そうに頭をかく。
「情けをかけてるつもりなら──迷惑だから」
「……え」
「怪我した部員に戻ってこいって声をかけるのが、キャプテンの仕事だと思ってる? そうだとしたら勘違いもいいとこだぞ」
松下は唖然としている。
「漫画の中では成立するかもしれないけどさ」
声が少しずつ大きくなる。
「実際やられると、かなりきついぞ」
クラスメイトは見ていることを隠そうともしなかった。怜太はそれに気づいていたが、ブレーキは完全に壊れてしまっている。
「松下のこと、キャプテンとしては認めてる」
一度、言葉を切る。
「お前はいいやつだ。それは嘘じゃない」
声の震えを必死に抑えて、何とか続ける。
「なんつーか……」
怜太は、ここで踏みとどまるべきだった。
「四月生まれでよかったな」
けれどもう手遅れだった。
それをきっかけに、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「俺の誕生日、三月なんだ」
怜太は笑った。自分でも、なぜ笑っているのか分からなかった。
「松下とは300日以上離れてる」
「それがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも高校生で300日だぞ? ほとんど一年じゃん。それだけ違うってどう考えても不利だろ」
怜太の声が少しずつ熱を帯びていく。
「言い訳なんてだせえよな。でも……この差は並大抵の努力じゃ埋まらねえんだよ」
怜太は自分の左足へ目を落とした。
「で、無理がたたってこうなったわけだ」
松下の表情が変わった。
「なんだそれ。俺が努力してないって言いたいのかよ。レギュラーなのは四月生まれだからって?」
それでも怜太は退かない。
「じゃあ聞くけどさ、松下は俺より努力してるって言い切れるか?」
松下は言葉に詰まる。
「俺は断言できる。絶対に松下より努力してる」
怜太は唇を噛んで目を伏せた。
「毎日一番に朝練に来て、練習終わってからも残って、休日返上でバスケ漬けの毎日だ。それでもお前には追いつけないんだよ」
声がだんだん早くなる。
「身長だって体格だって違う。俺がもっと早く生まれてたらとか、もっと大きかったらとか、そんなこと考えたってどうにもならないのにさ」
「怜太……」
「早生まれで得することって、一つもないよな」
教室に沈黙が落ちる。箸を動かす音一つしない空間で、言葉を発したのは怜太だった。
「悪かった。全部八つ当たりだ。俺のことを殴って、目を覚まさせてくれ」
「……殴れるわけないだろ」
松下はそれだけ言うと、背を向けて教室を後にした。
胸の中に溜まっていたものを吐き出したことで、ほんの一瞬だけ気持ちが軽くなった。
だが今は、強烈な後悔に苛まれている。松下は悪くない。そんなことは怜太自身が一番理解していた。
自分を責めるように、左足に鈍い痛みがじんわりと広がっていく。
弁当箱の蓋を開けた瞬間、怜太の手が止まった。白米が山のように詰め込まれ、その脇には肉や野菜のおかずがぎっしりと並んでいる。母親はまだ怜太が毎日バスケで体を動かしているつもりなのだろう。いつもの習慣で同じ量を詰めたに違いない。
怜太は箸を持ったまま、弁当を眺めた。
――俺、毎日こんなに食ってたのか。
今まで何も考えずに平らげていた弁当が、今日は妙に多く感じられる。
そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。
「おい、怜太!」
突然の大声に、教室中の雑談が一瞬だけ止まった。
入り口に立っていた松下は、怜太の姿を見つけると周囲の視線など気にする様子もなく、一直線に歩いてくる。生徒たちは松下の様子を窺いつつ、チビチビと弁当をつついた。
「体操着なら貸さないぞ。サイズ合わないだろ」
適当に冗談を飛ばすが、松下の表情は険しい。
「部活辞めるって本当か?」
「辞めるじゃなくて、辞めた」
怜太は唐揚げを頬張りながら答える。
「退部届も出したから」
「なんで俺たちに相談しないんだよ」
「いやいや」
怜太は笑ってみせる。
「相談したところで結果は変わらないし」
怜太は見せつけるように左足を上げる。
「そんなことねえよ。別の道だってあるだろ」
松下は怜太の正面に立ったまま言った。
「選手が無理なら、マネージャーでもいい。裏方からチームを支えるとか――」
「マネージャー?」
怜太は箸を置いて鼻で笑う。
「俺はレギュラーになるために死に物狂いで努力したんだぞ。それを今さら裏方やれってか?」
「そういう意味じゃない」
「そういう意味だろ」
「俺たちには怜太の力が必要なんだよ」
歯の浮いたようなセリフに、思わず乾いた笑いが漏れる。
「必要ないって。松下がいればチームは回るんだよ」
怜太は松下の体をポンポンと叩いた。
「俺なんかがいても気を遣わせるだけだろ。はっきり言って邪魔になりたくないんだよ」
「そんなこと……」
怜太は弁当箱に視線を落とした。
「もういいんだよ。俺は」
これ以上構わないでくれ。怜太は暗にそう言っていたが、松下は引かない。
「よくないだろ。怪我したからってバスケを捨てるのかよ」
怜太は気怠そうに頭をかく。
「情けをかけてるつもりなら──迷惑だから」
「……え」
「怪我した部員に戻ってこいって声をかけるのが、キャプテンの仕事だと思ってる? そうだとしたら勘違いもいいとこだぞ」
松下は唖然としている。
「漫画の中では成立するかもしれないけどさ」
声が少しずつ大きくなる。
「実際やられると、かなりきついぞ」
クラスメイトは見ていることを隠そうともしなかった。怜太はそれに気づいていたが、ブレーキは完全に壊れてしまっている。
「松下のこと、キャプテンとしては認めてる」
一度、言葉を切る。
「お前はいいやつだ。それは嘘じゃない」
声の震えを必死に抑えて、何とか続ける。
「なんつーか……」
怜太は、ここで踏みとどまるべきだった。
「四月生まれでよかったな」
けれどもう手遅れだった。
それをきっかけに、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「俺の誕生日、三月なんだ」
怜太は笑った。自分でも、なぜ笑っているのか分からなかった。
「松下とは300日以上離れてる」
「それがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも高校生で300日だぞ? ほとんど一年じゃん。それだけ違うってどう考えても不利だろ」
怜太の声が少しずつ熱を帯びていく。
「言い訳なんてだせえよな。でも……この差は並大抵の努力じゃ埋まらねえんだよ」
怜太は自分の左足へ目を落とした。
「で、無理がたたってこうなったわけだ」
松下の表情が変わった。
「なんだそれ。俺が努力してないって言いたいのかよ。レギュラーなのは四月生まれだからって?」
それでも怜太は退かない。
「じゃあ聞くけどさ、松下は俺より努力してるって言い切れるか?」
松下は言葉に詰まる。
「俺は断言できる。絶対に松下より努力してる」
怜太は唇を噛んで目を伏せた。
「毎日一番に朝練に来て、練習終わってからも残って、休日返上でバスケ漬けの毎日だ。それでもお前には追いつけないんだよ」
声がだんだん早くなる。
「身長だって体格だって違う。俺がもっと早く生まれてたらとか、もっと大きかったらとか、そんなこと考えたってどうにもならないのにさ」
「怜太……」
「早生まれで得することって、一つもないよな」
教室に沈黙が落ちる。箸を動かす音一つしない空間で、言葉を発したのは怜太だった。
「悪かった。全部八つ当たりだ。俺のことを殴って、目を覚まさせてくれ」
「……殴れるわけないだろ」
松下はそれだけ言うと、背を向けて教室を後にした。
胸の中に溜まっていたものを吐き出したことで、ほんの一瞬だけ気持ちが軽くなった。
だが今は、強烈な後悔に苛まれている。松下は悪くない。そんなことは怜太自身が一番理解していた。
自分を責めるように、左足に鈍い痛みがじんわりと広がっていく。
