レイトブルーマー

 ディベートとは思えないほどの盛り上がりの中、怜太が質疑へ向かった。
 拍手と歓声の残滓が、体育館のあちこちに残っている。
 千家は完全に観客を味方につけていた。
 その状況を覆すことがどんなに困難か、演台に立った怜太はまざまざと実感した。
 観客が千家の声を求めている。
 圧倒的なアウェーの空気を感じながら、怜太はマイクを握った。

「小さいころに『できない』と思ったことが、現在の自分を苦しめるって言ったよな」
「うん」
「じゃあ、大人になっても運動が苦手な人がいることは認めるか?」
「認めるよ」
 千家は迷いなく答えた。
「その人たちは全員早生まれだと思うか?」
「調べてないから分からないけど、おそらく違うだろうね」
 客席から目立った反応はない。それでも怜太は、次の質問へ進んだ。

「幼いころに運動が苦手だった原因が、早生まれ以外にもある可能性は否定できないってことだよな」
「……そうなるね」
 返答がわずかに鈍ったのを、怜太は見逃さなかった。
 千家が語った「劣等感」を、早生まれだけが原因だと決めつけていいのか。そこを突く。

「千家が感じている劣等感は、早生まれによって生じたものだと、どうして言い切れるんだ?」
「私自身がそう感じているから」
 紛れもない本心は答えとして強力だ。言葉に気持ちを込めることで、観客たちの感情が動きやすくなる。
 それでも、ここで引けば負けを認めることになる。

「それは千家自身の経験であって、早生まれの人全員に当てはまるとは限らないんじゃないか?」

 千家の口が止まった。
 反論しようとして唇がわずかに動くが、すぐには言葉が出てこない。
 会場にも、それまでとは違う沈黙が広がった。

 怜太は千家の返答を待った。さっきまで自分を包んでいたアウェーの空気が、ほんの少しだけ変わったように感じる。
 千家が何かを言おうとした、そのときだった。
「時間切れです!」
 くるみが慌てて終了を告げた。
 怜太はマイクを下ろすと、ようやく肩の力を抜いた。