「第二試合の論題はこちらです」
大蔵がめくり台をめくる。
そこに記された論題は、『星華高校は私服での登校を認めるべきか』だった。
「み、みなさん一度は考えたことがあるのではないでしょうか。論じていただくのは、部長の千家先輩と大宮先輩です」
紹介に合わせて二人が礼をする。くるみは一試合目で話すことに慣れたのか、たどたどしさは残るものの、進行は及第点に達している。
そのとき、客席からバスケ部の野太い声が飛んできた。
「怜太ー!」
怜太は照れくさそうに片手を上げた。
くじ引きの結果、怜太が『認める』、千家が『認めない』の立場となった。
怜太は得意なほうを引けたと、心の中でガッツポーズを取る。
一方の千家は、そんなことは気にする様子もなく、楽しそうに資料を長机へ並べていた。
「肯定側、立論をお願いします。制限時間は四分です」
怜太は演台の前に立った。
正面を向いた瞬間、体育館を埋める大勢の視線が一斉に自分へ集まっているように感じた。足がすくみそうになる。
「あ、あー……」
マイクを直すふりをして、鼓動が落ち着くのを待つ。
ほんの数秒だったが、効果はあった。怜太は昔から、本番には強い。
(ビビってんじゃねえ、楽しめよ)
そう自分に言い聞かせ、前を向く。
「私は、高校での私服登校を認めるべきだと考えます。理由は三つあります。一つ目は、個性を表現できることです。全員が同じ制服を着るのではなく、自分の好きな服装を選べれば、自分らしさを表現できます」
詰まることなく読み進められている。だが、話すスピードまで意識する余裕はなかった。
「二つ目は経済的な負担を減らせることです。公正取引委員会の調査によると、2022年度の高校の男子ブレザーの平均価格は3万7千円でした。原材料が高騰しているので、さらに制服の価格は高くなっていると予想できます」
客席、とりわけ保護者を中心に、感心するような空気が広がった。
「三つ目は現場の声です。実際に生徒たちが私服登校を求めて学校に直接訴えた例もあります。全校生徒に実施されたアンケートで賛成多数を得て、学校側が私服登校を認めました。以上の理由から、星華高校は私服登校を認めるべきです」
最後まで言い切ると、怜太は演台を離れて水を飲んだ。
上々の出来だった。
だが、向かいに座る千家の表情には、まだ余裕がうかがえた。
二人は質疑のために並んで立つ。
ディベートで一番テンションの上がる瞬間を質疑だと答えた両者。
千家はわくわくを隠そうとしない中で、怜太は静かに闘志を燃やす。
「否定側、質疑をお願いします。制限時間は二分です」
千家はすぐには質問を始めなかった。まず観客席へ視線を向け、まるで一人ひとりと目を合わせるように、ゆっくりと全体を見渡す。
「二つ目について質問します。男子ブレザーの平均価格が3万7千円ということですが、私服の場合、年間の衣服代がそれ以下になるというデータはありますか?」
「……発見できませんでしたが、高校生の平均的な小遣いを考えると、ブレザーの代金を上回るとは思えません」
調査不足で、論理的に苦しい返答になってしまったことを怜太は悔やんだ。
千家は間を置かずに続ける。
「そのデータだけでは、私服のほうが経済的だとは言えないのではありませんか?」
怜太は言葉に詰まった。
反論しようにも、私服のほうが安いと裏付ける根拠を用意していない。千家はその隙を見逃さなかった。
「三つ目について質問です。私服登校を認めた学校で、その後も生徒の多くが私服登校を続けたというデータはありますか?」
「そこまでは確認できていません」
「高校名を教えてください」
「明修高校です」
千家の口元に不敵な笑みが浮かんだのを、怜太は見逃さなかった。
質疑が終わると、怜太は不安を拭えないまま自分の席へ戻った。
そのまま否定側の立論へと移った。
「みなさんはこんな言葉を耳にしたことがありませんか? 服を買いに行く服がない」
いきなり観客へと投げかける。
エンタメを意識した、文化祭ならではのディベートの戦術だ。怜太は思わず唇を噛んだ。
客席から上がった反応を確かめると、千家は満足そうにうなずいた。
「トレンドを押さえているかな? 色使いは合ってるかな? 服のバリエーションが少ないからもっと買わなきゃ! 私服登校を認めたらこうなる未来は目に見えています」
千家はさらに続ける。
「大前提として学校はファッションを楽しむ場所ではありません。勉学に集中するため、服装について考える時間や負担は、極力減らすべきです」
原稿には目もくれず、観客席を見据え、一言一言をはっきりと届けていく。
「もう一点。校内の安全管理が難しくなるのもいただけません。制服があれば星華高校の生徒だと一目で分かります。逆に全員が私服になったらどうでしょうか。部外者が紛れていたとして、即座に判断ができますか? 学校の安全を守るためにも、制服は必要です」
最後まで堂々と訴え切り、千家は立論を終えた。
怜太は千家の隣へ立った。
先ほどの質疑では良いようにやられてしまったが、ここから評価を覆すことも十分可能だ。
「校内の安全管理について一点、確認させてください。制服を着ていれば、その人が生徒だという確証は持てますか?」
「絶対とは言い切れませんが、生徒だと判断しやすくなります」
「では、制服を着ているだけでは、生徒と部外者を見分けることはできないということですね?」
「即座には難しいでしょうね」
「それなら、制服を着ていることが、学校の安全の確保につながると言い切れないのでは?」
「制服を入手するというハードルがある分、抑止力にはなります」
一歩も引かない質疑応答を、観客は息をするのも忘れて見守っている。
「私服と制服で勉強の効率に差が──」
時間を計っていたくるみが、慌てて終了を告げた。
息を呑むような攻防が続く。時間切れに救われたのは果たしてどちらか……観客たちがどちらを優勢としているのか、表情だけでは判断がつかない。
怜太は席へ戻りながら、今のところ互角に戦えているという感触があった。
だが、次は千家の反駁だ。
怜太は気を引き締め、その一挙手一投足を見守る。
大蔵がめくり台をめくる。
そこに記された論題は、『星華高校は私服での登校を認めるべきか』だった。
「み、みなさん一度は考えたことがあるのではないでしょうか。論じていただくのは、部長の千家先輩と大宮先輩です」
紹介に合わせて二人が礼をする。くるみは一試合目で話すことに慣れたのか、たどたどしさは残るものの、進行は及第点に達している。
そのとき、客席からバスケ部の野太い声が飛んできた。
「怜太ー!」
怜太は照れくさそうに片手を上げた。
くじ引きの結果、怜太が『認める』、千家が『認めない』の立場となった。
怜太は得意なほうを引けたと、心の中でガッツポーズを取る。
一方の千家は、そんなことは気にする様子もなく、楽しそうに資料を長机へ並べていた。
「肯定側、立論をお願いします。制限時間は四分です」
怜太は演台の前に立った。
正面を向いた瞬間、体育館を埋める大勢の視線が一斉に自分へ集まっているように感じた。足がすくみそうになる。
「あ、あー……」
マイクを直すふりをして、鼓動が落ち着くのを待つ。
ほんの数秒だったが、効果はあった。怜太は昔から、本番には強い。
(ビビってんじゃねえ、楽しめよ)
そう自分に言い聞かせ、前を向く。
「私は、高校での私服登校を認めるべきだと考えます。理由は三つあります。一つ目は、個性を表現できることです。全員が同じ制服を着るのではなく、自分の好きな服装を選べれば、自分らしさを表現できます」
詰まることなく読み進められている。だが、話すスピードまで意識する余裕はなかった。
「二つ目は経済的な負担を減らせることです。公正取引委員会の調査によると、2022年度の高校の男子ブレザーの平均価格は3万7千円でした。原材料が高騰しているので、さらに制服の価格は高くなっていると予想できます」
客席、とりわけ保護者を中心に、感心するような空気が広がった。
「三つ目は現場の声です。実際に生徒たちが私服登校を求めて学校に直接訴えた例もあります。全校生徒に実施されたアンケートで賛成多数を得て、学校側が私服登校を認めました。以上の理由から、星華高校は私服登校を認めるべきです」
最後まで言い切ると、怜太は演台を離れて水を飲んだ。
上々の出来だった。
だが、向かいに座る千家の表情には、まだ余裕がうかがえた。
二人は質疑のために並んで立つ。
ディベートで一番テンションの上がる瞬間を質疑だと答えた両者。
千家はわくわくを隠そうとしない中で、怜太は静かに闘志を燃やす。
「否定側、質疑をお願いします。制限時間は二分です」
千家はすぐには質問を始めなかった。まず観客席へ視線を向け、まるで一人ひとりと目を合わせるように、ゆっくりと全体を見渡す。
「二つ目について質問します。男子ブレザーの平均価格が3万7千円ということですが、私服の場合、年間の衣服代がそれ以下になるというデータはありますか?」
「……発見できませんでしたが、高校生の平均的な小遣いを考えると、ブレザーの代金を上回るとは思えません」
調査不足で、論理的に苦しい返答になってしまったことを怜太は悔やんだ。
千家は間を置かずに続ける。
「そのデータだけでは、私服のほうが経済的だとは言えないのではありませんか?」
怜太は言葉に詰まった。
反論しようにも、私服のほうが安いと裏付ける根拠を用意していない。千家はその隙を見逃さなかった。
「三つ目について質問です。私服登校を認めた学校で、その後も生徒の多くが私服登校を続けたというデータはありますか?」
「そこまでは確認できていません」
「高校名を教えてください」
「明修高校です」
千家の口元に不敵な笑みが浮かんだのを、怜太は見逃さなかった。
質疑が終わると、怜太は不安を拭えないまま自分の席へ戻った。
そのまま否定側の立論へと移った。
「みなさんはこんな言葉を耳にしたことがありませんか? 服を買いに行く服がない」
いきなり観客へと投げかける。
エンタメを意識した、文化祭ならではのディベートの戦術だ。怜太は思わず唇を噛んだ。
客席から上がった反応を確かめると、千家は満足そうにうなずいた。
「トレンドを押さえているかな? 色使いは合ってるかな? 服のバリエーションが少ないからもっと買わなきゃ! 私服登校を認めたらこうなる未来は目に見えています」
千家はさらに続ける。
「大前提として学校はファッションを楽しむ場所ではありません。勉学に集中するため、服装について考える時間や負担は、極力減らすべきです」
原稿には目もくれず、観客席を見据え、一言一言をはっきりと届けていく。
「もう一点。校内の安全管理が難しくなるのもいただけません。制服があれば星華高校の生徒だと一目で分かります。逆に全員が私服になったらどうでしょうか。部外者が紛れていたとして、即座に判断ができますか? 学校の安全を守るためにも、制服は必要です」
最後まで堂々と訴え切り、千家は立論を終えた。
怜太は千家の隣へ立った。
先ほどの質疑では良いようにやられてしまったが、ここから評価を覆すことも十分可能だ。
「校内の安全管理について一点、確認させてください。制服を着ていれば、その人が生徒だという確証は持てますか?」
「絶対とは言い切れませんが、生徒だと判断しやすくなります」
「では、制服を着ているだけでは、生徒と部外者を見分けることはできないということですね?」
「即座には難しいでしょうね」
「それなら、制服を着ていることが、学校の安全の確保につながると言い切れないのでは?」
「制服を入手するというハードルがある分、抑止力にはなります」
一歩も引かない質疑応答を、観客は息をするのも忘れて見守っている。
「私服と制服で勉強の効率に差が──」
時間を計っていたくるみが、慌てて終了を告げた。
息を呑むような攻防が続く。時間切れに救われたのは果たしてどちらか……観客たちがどちらを優勢としているのか、表情だけでは判断がつかない。
怜太は席へ戻りながら、今のところ互角に戦えているという感触があった。
だが、次は千家の反駁だ。
怜太は気を引き締め、その一挙手一投足を見守る。
