体育館には、すでに大勢の観客が集まっていた。
用意された座席は八割ほどが埋まり、在校生たちは友達や部活仲間で集まり、これから始まるディベートを待っている。保護者や卒業生の姿もあり、在校生とそれ以外の割合は半々といったところだ。
怜太が舞台幕の隙間から観客席を覗くと、見慣れた顔がいくつか目に入った。
松下をはじめとしたバスケ部や、図書準備室で過ごすうちに親しくなった図書委員の姿もある。
少し離れた場所には怜太の母親も座っていた。怜太は妙な気恥ずかしさを覚えながら、頼むから手を振るのだけは止めてくれと、メッセージを送ろうか迷った。
「怜太、幕開けるぞ」
大蔵の声が舞台袖から飛ぶ。怜太は慌てて千家の隣に立ち、服装の乱れがないか最終チェックする。
舞台幕がゆっくりと開いていく。
ステージにはディベート部が横一列に並んで待機していた。
客席から拍手が湧き起こると、三人は揃って一礼した。
代表してマイクを持った千家が一歩前へ出る。
「みなさん、こんにちは。ディベート部です! 文化祭二日目楽しんでますかー!?」
千家がマイクを客席へ向けると、在校生たちから一斉に楽しそうな声が返ってきた。
「ありがとうございまーす! 今日はディベート対決を行います。本来ディベートとは四人一組で行う競技ですが、私たちは見ての通り三人しかいないので、特別にタイマン形式を取らせていただきます」
くるみは今にも卒倒しそうなほど緊張していた。立っているだけで足が震え、目も泳いでいる。
「落ち着けくるみ、深呼吸だ」
怜太が小声でアドバイスをすると、くるみは何とかそれを実践する。始まるまでに平常心を取り戻してくれることを願うしかなかった。
緊張しているのは怜太も同じだった。表向きは平静を装っているが、心臓の鼓動はバスケの試合中のように激しい。
千家は観客席からの視線を一身に浴びながらも、まったく物怖じせず、淡々とした様子で説明を続けている。
「ディベートというと、なんだか難しそうに聞こえるかもしれません。でも、やることは至ってシンプル。一つのテーマについて、賛成と反対に分かれて、お互いの意見をぶつけ合うだけです」
千家は客席を見渡しながら、さらに言葉を続ける。
「ただの口げんかではありません。相手の意見を聞いて、それに反論し、自分たちの主張をどう伝えるかがディベートの肝です。そこで今日は、こんなテーマを用意しました!」
怜太は舞台袖に控えている大蔵へ目配せした。
それを受けて、大蔵がめくり台に手をかける。
『おにぎりの海苔はパリパリかしっとりか』
あまりにも気の抜けたお題に笑いが起こると、千家も満足そうに観客席を見渡した。
「討論をしてもらうのは、一年生のホープ、芳田さん!」
紹介されたくるみが、一歩前へ出て礼をする。
「その相手を会場にいるお客さんにぜひともお願いしたいのですが──」
千家が客席を見渡す。
あまりにも突然の指名だ。客席はざわつくものの、すぐに手を挙げる者はいない。
観客席がざわつく中、一人の女性が手を挙げた。
「ありがとうございます。お姉さん、どうぞこちらへ!」
拍手に迎えられて舞台へ上がってきたのは、昨年、星華高校を卒業したむーちゃんだった。
もちろん、これは偶然ではない。
参加者が来られなくなるというトラブルに見舞われながらも、急遽用意した代役を観客から自然に選んだように見せる。ライブ感を失わずに危機を乗り越える千家の案だった。
千家とむーちゃんは数ターンのやり取りを続ける。その間に文化祭実行委員たちの手によって演台と長机が二つ運ばれてきた。
くじ引きによって、くるみがパリパリ、むーちゃんがしっとりを担当することに決まった。
中央の演台にマイクが設置され、観客席から見て左側の長机には「パリパリ」、右側には「しっとり」と書かれた紙が貼られた。
準備が進むにつれて期待感が高まっていく。
「何度も練習した。自分を信じてかましてやれ」
怜太がくるみにエールを送り、舞台袖に捌ける。
「どちらの意見が正しいのか、ぜひみなさんも考えながら聞いてみてください。文化祭特別試合、スタート!」
体育館が拍手で埋め尽くされた。
用意された座席は八割ほどが埋まり、在校生たちは友達や部活仲間で集まり、これから始まるディベートを待っている。保護者や卒業生の姿もあり、在校生とそれ以外の割合は半々といったところだ。
怜太が舞台幕の隙間から観客席を覗くと、見慣れた顔がいくつか目に入った。
松下をはじめとしたバスケ部や、図書準備室で過ごすうちに親しくなった図書委員の姿もある。
少し離れた場所には怜太の母親も座っていた。怜太は妙な気恥ずかしさを覚えながら、頼むから手を振るのだけは止めてくれと、メッセージを送ろうか迷った。
「怜太、幕開けるぞ」
大蔵の声が舞台袖から飛ぶ。怜太は慌てて千家の隣に立ち、服装の乱れがないか最終チェックする。
舞台幕がゆっくりと開いていく。
ステージにはディベート部が横一列に並んで待機していた。
客席から拍手が湧き起こると、三人は揃って一礼した。
代表してマイクを持った千家が一歩前へ出る。
「みなさん、こんにちは。ディベート部です! 文化祭二日目楽しんでますかー!?」
千家がマイクを客席へ向けると、在校生たちから一斉に楽しそうな声が返ってきた。
「ありがとうございまーす! 今日はディベート対決を行います。本来ディベートとは四人一組で行う競技ですが、私たちは見ての通り三人しかいないので、特別にタイマン形式を取らせていただきます」
くるみは今にも卒倒しそうなほど緊張していた。立っているだけで足が震え、目も泳いでいる。
「落ち着けくるみ、深呼吸だ」
怜太が小声でアドバイスをすると、くるみは何とかそれを実践する。始まるまでに平常心を取り戻してくれることを願うしかなかった。
緊張しているのは怜太も同じだった。表向きは平静を装っているが、心臓の鼓動はバスケの試合中のように激しい。
千家は観客席からの視線を一身に浴びながらも、まったく物怖じせず、淡々とした様子で説明を続けている。
「ディベートというと、なんだか難しそうに聞こえるかもしれません。でも、やることは至ってシンプル。一つのテーマについて、賛成と反対に分かれて、お互いの意見をぶつけ合うだけです」
千家は客席を見渡しながら、さらに言葉を続ける。
「ただの口げんかではありません。相手の意見を聞いて、それに反論し、自分たちの主張をどう伝えるかがディベートの肝です。そこで今日は、こんなテーマを用意しました!」
怜太は舞台袖に控えている大蔵へ目配せした。
それを受けて、大蔵がめくり台に手をかける。
『おにぎりの海苔はパリパリかしっとりか』
あまりにも気の抜けたお題に笑いが起こると、千家も満足そうに観客席を見渡した。
「討論をしてもらうのは、一年生のホープ、芳田さん!」
紹介されたくるみが、一歩前へ出て礼をする。
「その相手を会場にいるお客さんにぜひともお願いしたいのですが──」
千家が客席を見渡す。
あまりにも突然の指名だ。客席はざわつくものの、すぐに手を挙げる者はいない。
観客席がざわつく中、一人の女性が手を挙げた。
「ありがとうございます。お姉さん、どうぞこちらへ!」
拍手に迎えられて舞台へ上がってきたのは、昨年、星華高校を卒業したむーちゃんだった。
もちろん、これは偶然ではない。
参加者が来られなくなるというトラブルに見舞われながらも、急遽用意した代役を観客から自然に選んだように見せる。ライブ感を失わずに危機を乗り越える千家の案だった。
千家とむーちゃんは数ターンのやり取りを続ける。その間に文化祭実行委員たちの手によって演台と長机が二つ運ばれてきた。
くじ引きによって、くるみがパリパリ、むーちゃんがしっとりを担当することに決まった。
中央の演台にマイクが設置され、観客席から見て左側の長机には「パリパリ」、右側には「しっとり」と書かれた紙が貼られた。
準備が進むにつれて期待感が高まっていく。
「何度も練習した。自分を信じてかましてやれ」
怜太がくるみにエールを送り、舞台袖に捌ける。
「どちらの意見が正しいのか、ぜひみなさんも考えながら聞いてみてください。文化祭特別試合、スタート!」
体育館が拍手で埋め尽くされた。
