レイトブルーマー

 図書準備室に戻ると、くるみがコンビニのおにぎりを食べていた。
「毎日パンなのに珍しいな」
「パリパリ派の気持ちを勉強中です」
 くるみが文化祭で扱う論題は、『おにぎりののりは、パリパリかしっとりか』というキャッチーなもの。
「それで成果はあったか?」
「おいしいということは分かりました」
 ノートの一行目には小さな文字で『おいしい』とだけ書かれていた。

 千家は口笛を吹きながら、くるみの後ろを通り過ぎようとした。――と見せかけて、そのまま勢いよく抱きついた。
 突然のことにくるみの手からおにぎりが落ちそうになる。
「くるみちゃんに朗報でーす!」
 千家がディベート会場の変更を伝えると、くるみの顔からみるみる血の気が引いていった。
「嬉しくないの?」
 くるみはすぐには答えず、ゆっくりと背後を振り返った。
「だ、だって……体育館ですよ? 全校生徒が余裕で入る場所で、パリパリとしっとりについて議論なんて絶対に無理です」
「大丈夫だよ。図書室でも体育館でもやることは一緒だから。存分にのりの音を響かせなっ!」
 千家は励ましているつもりらしいが、くるみの不安を和らげる効果があるとは到底思えない。むしろ逆で、体育館いっぱいに響き渡るパリパリという音を想像してしまい、小刻みに震えていた。

 怜太はそんな二人を眺めながら、苦笑する。
「俺も正直ビビってるけど、こうなったら腹を括ってピンチをチャンスに変えるしかないんじゃないか?」
「ピンチをチャンスに……」
「演劇やバンドより盛り上げて、ジャイアントキリング起こそうぜ」
 口にしてから、怜太は自分でも少し気恥ずかしくなった。
 普段ならこんな大げさなことを言うだろうか。そう考えると、急に自分の姿を外側から見ているような感覚になり、怜太は照れ隠しのように視線を逸らした。
「もう逃げられないし、やるしかないですよね」
 くるみは覚悟を決めたようにおにぎりを握り直した。
 二人の頼もしいやり取りを見ていた千家は、誇らしそうにうなずくのだった。

「それより先輩たちは大丈夫なんですか?」
「ん、何が?」
「何がってディベートの練習ですよ」
「もちろん! 私、努力は見せないタイプだから」
 千家は偉そうに胸を張った。

 二人が戦う論題は、『星華高校は私服での登校を認めるべきか』。文化祭を訪れる保護者や在校生たちにも興味を持ってもらえるよう、怜太が選んだものだ。
「あくまで文化祭だからね。ガチガチのディベートを見せるよりもお客さんを楽しませることを意識してやろうか」
「勝ち負けは二の次ってことだな。俺もそれでいいと思う」
 言葉こそ穏やかだったが、二人の間に火花が散っていた。
 その迫力に気圧されたくるみの手から、おにぎりがぽとりと落ちた。