体育祭当日。
晴天に恵まれた星華高校のグラウンドには、揃いのTシャツを着た生徒たちが集まっていた。
筋肉を見せつけるように腕まくりをする男子生徒や、クラスTシャツの着方をアレンジする女子生徒は風物詩となっている。
体育祭に対する温度感は人それぞれだった。
最初から最後まで全力で勝ちにいこうとする本気モードタイプ。勝敗にはさほど興味を持たず、友達と雑談をしながら時間を過ごす傍観者タイプ。そもそも出席をしない断固拒否タイプ。
怜太はどちらかと言えば傍観者タイプに分けられる。
左足の状態を考えれば、以前のように全力で競技へ臨むことはできない。それなら無理をする必要もないと割り切り、今年はバスケ部の仲間やクラスメイトと話しながら、のらりくらりと一日を過ごしていた。
プログラムは順調に進み、怜太が密かに危惧していた応援合戦の時間がやってきた。
ポジションは案の定後ろだが、何一つ不満はない。
難解な振り付けに苦戦しながらも、前の人の動きをまねて、どうにか最後まで乗り切った。
そうして体育祭も終盤に差しかかった頃、怜太はストレッチをしている千家の姿を見つけた。
体育祭用に編み込んだ髪型が、いつもの制服姿とは違った雰囲気を醸し出している。
「何してんだ。玉入れならもう終わったぞ」
「勝手に玉入れって決めつけないでよ。私は選手なんだよ……花形のリレーのね!」
怜太は訝しむように顎に手を当てる。
「千家って足速かったのか。人は見かけによらないというか……意外だな」
「ふふっ、まあ見てなって」
千家はクラスメイトに声を掛けられながら、意気揚々と選手待機場所へ向かっていった。
運動部のエースたちの中で、千家だけが明らかに浮いている。誘導係だと言われても誰もが信じるだろう。
そんな混乱の中、最終種目のリレーがスタートした。
怜太は度肝を抜かれた。
千家は、まったく速くなかった。
手足の動かし方からして運動が苦手な人のそれで、走っているというより、どうにか前へ進んでいるようにしか見えない。
周囲の選手たちとの差は見る間に広がり、千家は圧倒的なビリでゴールした。
観客席からは温かい拍手が送られる。
見るに堪えない走りに、怜太はこの瞬間だけ他人のフリをした。
肩で息をしながら戻ってきた千家を、くるみと怜太は二人で出迎えた。
「ちょっと待て……俺は夢でも見てたのか?」
「リアルもリアル。潜在能力が目覚める可能性にかけたんだけど、現実は厳しいね」
千家は悔しそうにしている。
「そ、そう落ち込まないでください。千穂先輩は早生まれだから、他の人たちとは身体能力に差があるんですよ」
くるみは少しでも元気づけようと、精一杯の慰めを口にする。
「ありがとう。本当に優しいね」
千家は微笑んだ。けれど、その声にはどこか力がない。
「でもねくるみちゃん。私、留年してるからみんなより年上なんだよね」
「……ちょっとトイレに」
「そっちにトイレはないよ」
それでもくるみは歩き出す。願わくば何かあってくれと、淡い期待を抱きながら。
体育祭は大盛況のまま幕を閉じた。
大接戦の末に優勝したのは、怜太のクラスが属する青組だった。
千家は誇らしげに優勝旗を受け取り、その後は新聞部の取材にも応じた。チームプレーの大切さについて、いかにもそれらしい言葉を並べて答えていた。
翌週に発行された校内新聞には、リレーで死にそうな顔をしながら走る千家の写真が大きく掲載された。
これが思いのほか反響を呼んだ。
予想以上の好評ぶりに、新聞部は嬉しい悲鳴を上げているという。
その新聞が廊下に掲示されると、千家はさっそく足を止め、紙面に載った自分の顔を見つめた。頬を膨らませたまま、隣にいる怜太へ抗議する。
「ねえ怜太君。私、こんな顔してたかな?」
「してた。めっちゃしてた」
「だからってこんな写真載せる?」
「一番盛り上がった瞬間だからな。まあ一言あってもいいとは思うけど」
「あったよ」
怜太は呆れたように息を吐くと、そのまま歩き出した。
「優勝旗の場面とか色々あるじゃんかー」
千家も文句を言いながら、怜太の後をついてくる。
二人が向かっているのは、文化祭実行委員会が活動している生徒会室だった。
文化祭まで、あと二週間。校内ではすでに模擬店の試作が始まるなど、あちこちで準備が進められている。ディベート部も資料集めなどに本格的に動き出していた。
「実行委員からお呼び出しってなんだろうね?」
「どうせ計画書に不備があったとかそんなんだろ」
千家が提出した計画書の内容は、文化祭初日の午後二時から図書室でディベートを行うという、いたってシンプルなものだった。わざわざ呼び出されるような問題があるとは思えない。
深く考えず、生徒会室の扉をノックして開ける。
中では数名の生徒が集まり、何やら話し合っていた。
生徒会室といっても、普段から生徒会役員が集っているわけではない。
それぞれ普段は運動部や文化部に所属していて、行事ごとが近付くと数日間ちょこっと集まる程度だ。そのため、部屋の隅には使われていない物品が積まれ、半ば物置小屋のような有様になっている。
「おお、来たか。とりあえず座って」
二人に椅子をすすめたのは、見知った人物だった。
「大蔵。お前何してんの?」
「何って文化祭実行委員だからな」
怜太は大蔵をじっと見つめた。こいつにちゃんと仕事が務まるのかと、疑念を抱いているのがありありと分かる。
そんな怜太の視線を気にする様子もなく、大蔵は本題を切り出した。
「ディベートの件で相談があって呼んだ」
「えー計画書はちゃんと書いたはずだけど」
「違う違う。千家、今ちょっと校内でバズってるだろ。だから図書室じゃなくて体育館でやってもらいたくて」
「うえぇ!?」
千家が目を丸くする横で、怜太も言葉を失った。
「二日目の午後を予定してるんだけど、いいかな?」
「もちろん!」
千家は二つ返事で答えた。
図書室で行うはずだったディベートが、いきなり文化祭メイン会場の体育館へ変更になる。会場の広さは言わずもがな、見に来てくれる観客数もある程度は保障される。
想像しただけで、千家の表情にはわくわくした色が浮かんでいた。
一方の怜太は、体育館の中央に置かれた演台や、客席を埋め尽くす生徒たちの姿を想像していた。
これまで何度もディベートの練習をしてきた。それでも体育館という大きな舞台で大勢の前に立って披露するとなると、話は違う。
どこからともなく現れた緊張が、怜太の体にまとわりつく。本番までにこの緊張をどこまで減らせるかが鍵になる。
晴天に恵まれた星華高校のグラウンドには、揃いのTシャツを着た生徒たちが集まっていた。
筋肉を見せつけるように腕まくりをする男子生徒や、クラスTシャツの着方をアレンジする女子生徒は風物詩となっている。
体育祭に対する温度感は人それぞれだった。
最初から最後まで全力で勝ちにいこうとする本気モードタイプ。勝敗にはさほど興味を持たず、友達と雑談をしながら時間を過ごす傍観者タイプ。そもそも出席をしない断固拒否タイプ。
怜太はどちらかと言えば傍観者タイプに分けられる。
左足の状態を考えれば、以前のように全力で競技へ臨むことはできない。それなら無理をする必要もないと割り切り、今年はバスケ部の仲間やクラスメイトと話しながら、のらりくらりと一日を過ごしていた。
プログラムは順調に進み、怜太が密かに危惧していた応援合戦の時間がやってきた。
ポジションは案の定後ろだが、何一つ不満はない。
難解な振り付けに苦戦しながらも、前の人の動きをまねて、どうにか最後まで乗り切った。
そうして体育祭も終盤に差しかかった頃、怜太はストレッチをしている千家の姿を見つけた。
体育祭用に編み込んだ髪型が、いつもの制服姿とは違った雰囲気を醸し出している。
「何してんだ。玉入れならもう終わったぞ」
「勝手に玉入れって決めつけないでよ。私は選手なんだよ……花形のリレーのね!」
怜太は訝しむように顎に手を当てる。
「千家って足速かったのか。人は見かけによらないというか……意外だな」
「ふふっ、まあ見てなって」
千家はクラスメイトに声を掛けられながら、意気揚々と選手待機場所へ向かっていった。
運動部のエースたちの中で、千家だけが明らかに浮いている。誘導係だと言われても誰もが信じるだろう。
そんな混乱の中、最終種目のリレーがスタートした。
怜太は度肝を抜かれた。
千家は、まったく速くなかった。
手足の動かし方からして運動が苦手な人のそれで、走っているというより、どうにか前へ進んでいるようにしか見えない。
周囲の選手たちとの差は見る間に広がり、千家は圧倒的なビリでゴールした。
観客席からは温かい拍手が送られる。
見るに堪えない走りに、怜太はこの瞬間だけ他人のフリをした。
肩で息をしながら戻ってきた千家を、くるみと怜太は二人で出迎えた。
「ちょっと待て……俺は夢でも見てたのか?」
「リアルもリアル。潜在能力が目覚める可能性にかけたんだけど、現実は厳しいね」
千家は悔しそうにしている。
「そ、そう落ち込まないでください。千穂先輩は早生まれだから、他の人たちとは身体能力に差があるんですよ」
くるみは少しでも元気づけようと、精一杯の慰めを口にする。
「ありがとう。本当に優しいね」
千家は微笑んだ。けれど、その声にはどこか力がない。
「でもねくるみちゃん。私、留年してるからみんなより年上なんだよね」
「……ちょっとトイレに」
「そっちにトイレはないよ」
それでもくるみは歩き出す。願わくば何かあってくれと、淡い期待を抱きながら。
体育祭は大盛況のまま幕を閉じた。
大接戦の末に優勝したのは、怜太のクラスが属する青組だった。
千家は誇らしげに優勝旗を受け取り、その後は新聞部の取材にも応じた。チームプレーの大切さについて、いかにもそれらしい言葉を並べて答えていた。
翌週に発行された校内新聞には、リレーで死にそうな顔をしながら走る千家の写真が大きく掲載された。
これが思いのほか反響を呼んだ。
予想以上の好評ぶりに、新聞部は嬉しい悲鳴を上げているという。
その新聞が廊下に掲示されると、千家はさっそく足を止め、紙面に載った自分の顔を見つめた。頬を膨らませたまま、隣にいる怜太へ抗議する。
「ねえ怜太君。私、こんな顔してたかな?」
「してた。めっちゃしてた」
「だからってこんな写真載せる?」
「一番盛り上がった瞬間だからな。まあ一言あってもいいとは思うけど」
「あったよ」
怜太は呆れたように息を吐くと、そのまま歩き出した。
「優勝旗の場面とか色々あるじゃんかー」
千家も文句を言いながら、怜太の後をついてくる。
二人が向かっているのは、文化祭実行委員会が活動している生徒会室だった。
文化祭まで、あと二週間。校内ではすでに模擬店の試作が始まるなど、あちこちで準備が進められている。ディベート部も資料集めなどに本格的に動き出していた。
「実行委員からお呼び出しってなんだろうね?」
「どうせ計画書に不備があったとかそんなんだろ」
千家が提出した計画書の内容は、文化祭初日の午後二時から図書室でディベートを行うという、いたってシンプルなものだった。わざわざ呼び出されるような問題があるとは思えない。
深く考えず、生徒会室の扉をノックして開ける。
中では数名の生徒が集まり、何やら話し合っていた。
生徒会室といっても、普段から生徒会役員が集っているわけではない。
それぞれ普段は運動部や文化部に所属していて、行事ごとが近付くと数日間ちょこっと集まる程度だ。そのため、部屋の隅には使われていない物品が積まれ、半ば物置小屋のような有様になっている。
「おお、来たか。とりあえず座って」
二人に椅子をすすめたのは、見知った人物だった。
「大蔵。お前何してんの?」
「何って文化祭実行委員だからな」
怜太は大蔵をじっと見つめた。こいつにちゃんと仕事が務まるのかと、疑念を抱いているのがありありと分かる。
そんな怜太の視線を気にする様子もなく、大蔵は本題を切り出した。
「ディベートの件で相談があって呼んだ」
「えー計画書はちゃんと書いたはずだけど」
「違う違う。千家、今ちょっと校内でバズってるだろ。だから図書室じゃなくて体育館でやってもらいたくて」
「うえぇ!?」
千家が目を丸くする横で、怜太も言葉を失った。
「二日目の午後を予定してるんだけど、いいかな?」
「もちろん!」
千家は二つ返事で答えた。
図書室で行うはずだったディベートが、いきなり文化祭メイン会場の体育館へ変更になる。会場の広さは言わずもがな、見に来てくれる観客数もある程度は保障される。
想像しただけで、千家の表情にはわくわくした色が浮かんでいた。
一方の怜太は、体育館の中央に置かれた演台や、客席を埋め尽くす生徒たちの姿を想像していた。
これまで何度もディベートの練習をしてきた。それでも体育館という大きな舞台で大勢の前に立って披露するとなると、話は違う。
どこからともなく現れた緊張が、怜太の体にまとわりつく。本番までにこの緊張をどこまで減らせるかが鍵になる。
