レイトブルーマー

「今日からテスト期間に入るので、部活は休止になる」
 教師がそう告げた途端、クラス内に歓声が起こった。
「いいかー遊ぶための休みじゃないからな。君たちは三年生で受験を控える身だ。それをよく頭に置いて──」
 念を押すように言葉を重ねても、すでに友人同士で顔を寄せ合い、話を聞いている様子はなかった。
 やがて終礼が終わると、生徒たちはそれぞれのグループで三々五々散っていく。
 怜太も帰りの準備を始めた。席替えで千家と席が離れてから、会話らしい会話はしていない。全てを打ち明けられたあの日から、歯車が少しずつ噛み合わなくなっている。

 教室の後方にある千家の席はすでに空だった。
 廊下には賑やかな声が溢れている。怜太は邪魔にならないよう端っこを歩く。
 テストについて喋っているグループの会話の中に、進路という単語が聞こえた。

 怜太はふと、自分の進路について考える。
 何も決まっていない。
 以前は、大学に進んでバスケを続けるという漠然とした考えがあった。だが、アキレス腱を断裂してからは、バスケに復帰するという考え自体がなくなっている。
 当たり前のように思い描いていたビジョンが不透明になった今、怜太はあてもなく日々を過ごしていた。

 先のことは分からないまま、それでも勉強を続けた。その結果、テストでは意外なほど良い点を取ることができた。
 とはいえ上位には程遠い。全教科平均点、もしくはそれを少し上回る程度だった。
 結果を見て怜太は少しだけ安心した。進路が決まっていないからといって、勉強を疎かにしていいことにはならない。間口は広いに越したことがないのだ。

 テスト期間が終わると、また日常が戻ってくる。
 怜太は約一週間ぶりに図書準備室へ向かった。
 ディベート部のグループメッセージに動きはないが、全員揃っていなくても出来ることはあるので、とりあえず足を運ぶ。

 図書室では、数人の生徒が勉強をしたり本を読んだりしていた。
 カウンターの図書委員ともすっかり打ち解け、怜太は目配せだけで挨拶を交わすと、そのまま奥へ進んだ。

 図書準備室の扉を開けると、千家とくるみが先に来ていた。
「お、これで全員揃ったね」
 千家と目を合わせたのはあの日以来だったが、落ち込んでいる様子はない。
 怜太は胸の奥に残っていた心配がほどけていくのを感じた。
 万が一、退部する可能性も考えていたので、最悪の結末が避けられたことに安堵した。

「えー私たちの夏は終わりました。というか正確には始まりませんでした」
 千家は、改めて謝ることをしなかった。
 怜太もくるみも、それを望んではいない。
 望んでいた普通が戻ってきたのだ。
「大会には出られなくても、ディベートを披露する場所はある!」
 千家は熱血教師さながらに勢いよく言い放つ。
「文化祭か?」
「その通り。そこでエキシビジョン的にディベートをやるよ!」
 千家は決定事項のように告げた。

 怜太としてはやぶさかではないが、くるみの顔には隠しきれない不安が滲んでいた。
「文化祭って一般の人もたくさん来るんですよね。そんな人たちの前で……」
 想像しただけで緊張してしまったのか、くるみの顔から早くも血の気が引いていく。
「へーきへーき。無名のディベート部の発表なんて注目されないよ。花形は演劇と軽音楽部のライブだから」
「千家のいう通りだ。自虐的だけど俺たちはおまけ。それに文化祭は夏休み明けだから、今から緊張することないぞ」
 おまけという表現で、くるみの強張っていた顔が少しだけ和らいだ。

「スキルを上げつつ、文化祭で披露するディベートについて考える。当面はこれで行こうか」
 千家の言葉に、怜太とくるみがうなずく。
 ディベート甲子園という大きな目標を失った三人だったが、そこで立ち止まるような性分ではない。
 短い休息を終えたディベート部が、秋の文化祭に向けて再始動した。