アルバイトを終えた三人は、ミナモモール内のレストランで夕食をとることにした。
書き入れ時の店内は、家族連れや遊びに来た学生たちで賑わっていた。子どもの無邪気な声や学生たちの笑い声が店内に響いている。漫才ライブのような賑やかさとは違う、穏やかな活気に包まれていた。
四人掛けのテーブルで何をするでもなく待つこと十分、料理は配膳ロボットによって運ばれてきた。ハンバーグプレートやカルボナーラ、オムライスといった料理でテーブルが埋め尽くされる。
せっかくの出来立てだというのに箸は重かった。
誰も口を開かないまま、黙々と料理を食べ進めていく。フォークが皿に触れる音や、グラスを置く音だけが妙に耳についた。
話さなければならないことは、三人とも分かっている。
誰がどこから切り出すのか。それが決まらないまま、悪戯に時間だけが過ぎていった。
やがて千家がフォークを置いた。
そのままグラスを手に取り、水を一口飲む。喉を潤すためというより、これから話すための時間を作るような仕草だった。
「黙っててごめん」
怜太とくるみの手が止まる。
「私、一年生のときに留年してる」
二人は何も言わずに、千家の言葉の続きを待つ。
「あいつらを殴ったら停学処分受けたの。それで学校行くのが面倒くさくなって。そのままズルズル引きこもって留年。翌年から復帰しましたよって感じ」
千家はあっけらかんと答えた。
「理由を教えてくれないか?」
普段通りに話しかけたつもりだが、緊張からか喉が締まって上手く声が出なかった。
千家はどこか諦めたような、それでいて妙に軽い調子で話し始めた。
「強いて言うなら、身体的特徴をいじられたから。本当はもっとグロいことが積み重なった結果なんだけど、詳細は語らないよ。なぜかって? ご飯が不味くなるからね」
卓上の粉チーズを手にすると、カルボナーラにふりかけた。
それ以上は説明するつもりがないらしく、何事もなかったようにフォークを手に取る。カルボナーラをくるくると巻き取り、口へ運んだ。
「粉チーズ最高!」
口元には笑みまで浮かんでいる。
その笑顔が、かえって怜太とくるみを冷静にさせてくれた。
何かを誤魔化しているのか、それとも本当にいつも通りに振る舞おうとしているのか、判断がつかなかった。
千家が気にしていない過去をほじくり返すような真似をする必要はないと、怜太も気にせずハンバーグをフォークに突き刺した。
しばらくは普通にアルバイトの話で盛り上がり、デザートのアイスが運ばれてきたタイミングで再び千家が呟く。
「怜太君がキャプテンと言い争ってるのを見たときに、私と似てるなって思って」
「俺と……?」
「私も早生まれだから仕方ないって思ってたから」
バニラアイスに銀色のスプーンが沈んでいく。千家は遠い日のことを思い返すように、目を細めた。
「こちとら半年以上誕生日が遅いんだよ。同じ土俵で語ってるんじゃねえってキレたら、あいつらに笑われて。そっから記憶がなくて、気が付いたら新藤――巻き髪が床に倒れてて、私の右手が赤くなってた」
千家の視線が、テーブルの上に置かれた自分の右手へ落ちる。
その手をじっと見つめたあと、指を軽く動かしてみた。まるで、あの日の感触を確かめるような仕草だった。
「ま、半年経ってもたいして身長は伸びなかったから、早生まれとか関係なく遺伝だったんだけどね」
千家は自分で言っておきながら可笑しくなったのか、そのまま堪えきれないように笑い出す。
さっきまで過去の暴力について話していた人間とは思えないほど、いつもの千家に近い笑い方だった。
「というわけで、私は二人を騙してた悪者です。本当にごめんなさい」
千家は椅子から身を乗り出すと、そのまま額をテーブルにつけた。
「おい、こんな場所で止めろって。俺たちが悪者みたいだろ」
怜太は努めて明るく返す。
「だ、誰にでも秘密の一つや二つはありますよ」
それでも、千家は顔を上げなかった。
「……ごめん」
「だからもういいって。ほら、アイス溶けてるぞ」
怜太がそう促しても、返事はない。
妙な沈黙が落ちた。
怜太がくるみを見る。くるみも怜太を見返した。
言葉を交わさなくても、二人の間には同じ疑問が浮かんでいた。
ただ留年していたことを隠していただけなら、千家がここまで謝り続ける理由が分からない。
そのとき、すすり泣くような途切れ途切れの音が聞こえた。
「私、最低だ」
「えーっと、あの、と、とりあえず顔をあげてください」
本格的に様子がおかしいと感じたくるみが、慌てて声をかける。
千家はゆっくりと顔を上げた。目元は赤くなっていて、服の袖で何度も涙を拭っている。
何かまだ伝えたいことがあるのかもしれない。
千家の反応からそう察した二人は、問い詰めることはせずに自分から話してくれるのを待った。
「……ディベート甲子園の予選、出られない」
怜太のこめかみがピクッと反応する。
くるみは驚きのあまりソファから落ちそうになった。
「な、何でそうなるんですか!?」
くるみは助けを求めるように隣を見る。怜太はただ次の言葉が紡がれるのを待った。
千家は膝の上で手を握り、しばらく黙り込んだ。
握った手に力が入り、指先が白くなる。何度か言葉を探すように唇を動かし、それからようやく顔を上げた。
「選手として出場できるのは、高校の在学期間が三年以内の人だけなんだ」
周りの雑音が消えた。
「つまり、私には出場資格がないの」
書き入れ時の店内は、家族連れや遊びに来た学生たちで賑わっていた。子どもの無邪気な声や学生たちの笑い声が店内に響いている。漫才ライブのような賑やかさとは違う、穏やかな活気に包まれていた。
四人掛けのテーブルで何をするでもなく待つこと十分、料理は配膳ロボットによって運ばれてきた。ハンバーグプレートやカルボナーラ、オムライスといった料理でテーブルが埋め尽くされる。
せっかくの出来立てだというのに箸は重かった。
誰も口を開かないまま、黙々と料理を食べ進めていく。フォークが皿に触れる音や、グラスを置く音だけが妙に耳についた。
話さなければならないことは、三人とも分かっている。
誰がどこから切り出すのか。それが決まらないまま、悪戯に時間だけが過ぎていった。
やがて千家がフォークを置いた。
そのままグラスを手に取り、水を一口飲む。喉を潤すためというより、これから話すための時間を作るような仕草だった。
「黙っててごめん」
怜太とくるみの手が止まる。
「私、一年生のときに留年してる」
二人は何も言わずに、千家の言葉の続きを待つ。
「あいつらを殴ったら停学処分受けたの。それで学校行くのが面倒くさくなって。そのままズルズル引きこもって留年。翌年から復帰しましたよって感じ」
千家はあっけらかんと答えた。
「理由を教えてくれないか?」
普段通りに話しかけたつもりだが、緊張からか喉が締まって上手く声が出なかった。
千家はどこか諦めたような、それでいて妙に軽い調子で話し始めた。
「強いて言うなら、身体的特徴をいじられたから。本当はもっとグロいことが積み重なった結果なんだけど、詳細は語らないよ。なぜかって? ご飯が不味くなるからね」
卓上の粉チーズを手にすると、カルボナーラにふりかけた。
それ以上は説明するつもりがないらしく、何事もなかったようにフォークを手に取る。カルボナーラをくるくると巻き取り、口へ運んだ。
「粉チーズ最高!」
口元には笑みまで浮かんでいる。
その笑顔が、かえって怜太とくるみを冷静にさせてくれた。
何かを誤魔化しているのか、それとも本当にいつも通りに振る舞おうとしているのか、判断がつかなかった。
千家が気にしていない過去をほじくり返すような真似をする必要はないと、怜太も気にせずハンバーグをフォークに突き刺した。
しばらくは普通にアルバイトの話で盛り上がり、デザートのアイスが運ばれてきたタイミングで再び千家が呟く。
「怜太君がキャプテンと言い争ってるのを見たときに、私と似てるなって思って」
「俺と……?」
「私も早生まれだから仕方ないって思ってたから」
バニラアイスに銀色のスプーンが沈んでいく。千家は遠い日のことを思い返すように、目を細めた。
「こちとら半年以上誕生日が遅いんだよ。同じ土俵で語ってるんじゃねえってキレたら、あいつらに笑われて。そっから記憶がなくて、気が付いたら新藤――巻き髪が床に倒れてて、私の右手が赤くなってた」
千家の視線が、テーブルの上に置かれた自分の右手へ落ちる。
その手をじっと見つめたあと、指を軽く動かしてみた。まるで、あの日の感触を確かめるような仕草だった。
「ま、半年経ってもたいして身長は伸びなかったから、早生まれとか関係なく遺伝だったんだけどね」
千家は自分で言っておきながら可笑しくなったのか、そのまま堪えきれないように笑い出す。
さっきまで過去の暴力について話していた人間とは思えないほど、いつもの千家に近い笑い方だった。
「というわけで、私は二人を騙してた悪者です。本当にごめんなさい」
千家は椅子から身を乗り出すと、そのまま額をテーブルにつけた。
「おい、こんな場所で止めろって。俺たちが悪者みたいだろ」
怜太は努めて明るく返す。
「だ、誰にでも秘密の一つや二つはありますよ」
それでも、千家は顔を上げなかった。
「……ごめん」
「だからもういいって。ほら、アイス溶けてるぞ」
怜太がそう促しても、返事はない。
妙な沈黙が落ちた。
怜太がくるみを見る。くるみも怜太を見返した。
言葉を交わさなくても、二人の間には同じ疑問が浮かんでいた。
ただ留年していたことを隠していただけなら、千家がここまで謝り続ける理由が分からない。
そのとき、すすり泣くような途切れ途切れの音が聞こえた。
「私、最低だ」
「えーっと、あの、と、とりあえず顔をあげてください」
本格的に様子がおかしいと感じたくるみが、慌てて声をかける。
千家はゆっくりと顔を上げた。目元は赤くなっていて、服の袖で何度も涙を拭っている。
何かまだ伝えたいことがあるのかもしれない。
千家の反応からそう察した二人は、問い詰めることはせずに自分から話してくれるのを待った。
「……ディベート甲子園の予選、出られない」
怜太のこめかみがピクッと反応する。
くるみは驚きのあまりソファから落ちそうになった。
「な、何でそうなるんですか!?」
くるみは助けを求めるように隣を見る。怜太はただ次の言葉が紡がれるのを待った。
千家は膝の上で手を握り、しばらく黙り込んだ。
握った手に力が入り、指先が白くなる。何度か言葉を探すように唇を動かし、それからようやく顔を上げた。
「選手として出場できるのは、高校の在学期間が三年以内の人だけなんだ」
周りの雑音が消えた。
「つまり、私には出場資格がないの」
