放課後、三人は何事もなかったように図書準備室へ集まった。
普段は使われることのないホワイトボードには、千家の達筆な字で『ディベート甲子園のルール』と書かれている。
その前に立った千家は、先生さながらに二人を見渡した。
「ディベートは、立論、質疑、第1反駁、第2反駁で成り立っているの。担当については、練習しながら適材適所を見極めていきましょう」
授業中と同じように、怜太とくるみは机にノートを広げ、説明されたことを書き留めていく。怜太は最初こそ真面目にペンを走らせていたものの、聞き慣れない言葉が次々に出てくるにつれて、ノートには意味の分からない単語が増えていった。
「立論と質疑ってのは何となく分かるんだけど、反駁ってのはなんだ?」
「相手の主張の問題点や矛盾点を指摘して、その主張を崩すことかな。ほら、前に焼肉の話をしたでしょ」
千家がくるみを見る。
「くるみちゃんが、焼肉は焼肉屋で出される料理全部じゃないから、野菜やご飯は含まれないって言ったよね。あれが反駁」
「なるほど。くるみは、そんな高等テクニックを使いこなしてたのか」
「ま、まぐれです」
くるみは照れたように視線を落とした。
怜太は少し前のディベートを思い返した。
あのときは、ただ焼肉と寿司のどちらが優れているかを言い合っていただけのつもりだったが、振り返ってみれば、くるみは自分の主張そのものに切り込んできていた。
何気なく交わしていたやり取りにも、ディベートの技術が使われていたことを知り、怜太は感慨深い気持ちになった。
「論題は事前に決まっていて、今年は『日本は富裕税を導入すべきである。是か非か』。肯定と否定は自分たちで選べないけど、試合ではどちらの立場もやることになるから、両方の練習が必須なの」
「うおお……いきなり知らない言葉だ」
「し、知らなくても調べられるので、大丈夫ですよ」
くるみに励まされても、怜太の頭は早くもパンク寸前だった。聞き慣れない言葉が並ぶうえ、試合では自分たちに都合のいい立場だけを選べるわけでもない。
さっきまで大会に出ようと意気込んでいたのが嘘のように、全国大会への道のりが急に遠く感じられた。
「それに、事前の準備が大きく勝敗を左右することになるから」
千家はそう言ってから、何かを思い出したようにホワイトボードへ向かった。
白いボードの端に、新たな言葉を書き加える。
『コミュニケーション点』
見慣れない単語を前に、怜太とくるみが揃って顔を上げた。
「同じくらい大事なのが、コミュニケーション点ね。これは話し方やスピーチの速度、議論の構成など、相手や審判にきちんと伝わる話し方ができているかを評価するものなの。どんなに主張が正しくても、聞き取れなかったら台無しでしょ」
「うぅ……苦手な分野です」
くるみは自信なさそうに肩を落とす。
「問題ないって。笑顔の伝道師の俺がついてるから」
「謎の嘘やめてください」
即座に返された冷静なツッコミにも、怜太はめげるどころか胸を張った。
二人のやり取りを前に、千家は儚げに笑った。
ほんのわずかな間だけ、何か遠いものを見るような表情を浮かべた。
それも一瞬のことで、すぐにいつもの表情へ戻ると、ホワイトボードの端を指差した。
「じゃあ次。資料探しのコツと注意点を教えるね──」
その後も千家の解説は続いた。
ホワイトボードに新しい言葉が書き加えられるたび、怜太とくるみのノートも少しずつ埋まっていく。
窓の外が明るいうちはまだ余裕のあった二人も、やがて夕暮れが校舎を包み始める頃には、書き込んだ文字の多さに圧倒されていた。
それでも席を立たなかった。
バスケとは違う疲労感に、怜太は初めて勉強が楽しいと感じていた。
普段は使われることのないホワイトボードには、千家の達筆な字で『ディベート甲子園のルール』と書かれている。
その前に立った千家は、先生さながらに二人を見渡した。
「ディベートは、立論、質疑、第1反駁、第2反駁で成り立っているの。担当については、練習しながら適材適所を見極めていきましょう」
授業中と同じように、怜太とくるみは机にノートを広げ、説明されたことを書き留めていく。怜太は最初こそ真面目にペンを走らせていたものの、聞き慣れない言葉が次々に出てくるにつれて、ノートには意味の分からない単語が増えていった。
「立論と質疑ってのは何となく分かるんだけど、反駁ってのはなんだ?」
「相手の主張の問題点や矛盾点を指摘して、その主張を崩すことかな。ほら、前に焼肉の話をしたでしょ」
千家がくるみを見る。
「くるみちゃんが、焼肉は焼肉屋で出される料理全部じゃないから、野菜やご飯は含まれないって言ったよね。あれが反駁」
「なるほど。くるみは、そんな高等テクニックを使いこなしてたのか」
「ま、まぐれです」
くるみは照れたように視線を落とした。
怜太は少し前のディベートを思い返した。
あのときは、ただ焼肉と寿司のどちらが優れているかを言い合っていただけのつもりだったが、振り返ってみれば、くるみは自分の主張そのものに切り込んできていた。
何気なく交わしていたやり取りにも、ディベートの技術が使われていたことを知り、怜太は感慨深い気持ちになった。
「論題は事前に決まっていて、今年は『日本は富裕税を導入すべきである。是か非か』。肯定と否定は自分たちで選べないけど、試合ではどちらの立場もやることになるから、両方の練習が必須なの」
「うおお……いきなり知らない言葉だ」
「し、知らなくても調べられるので、大丈夫ですよ」
くるみに励まされても、怜太の頭は早くもパンク寸前だった。聞き慣れない言葉が並ぶうえ、試合では自分たちに都合のいい立場だけを選べるわけでもない。
さっきまで大会に出ようと意気込んでいたのが嘘のように、全国大会への道のりが急に遠く感じられた。
「それに、事前の準備が大きく勝敗を左右することになるから」
千家はそう言ってから、何かを思い出したようにホワイトボードへ向かった。
白いボードの端に、新たな言葉を書き加える。
『コミュニケーション点』
見慣れない単語を前に、怜太とくるみが揃って顔を上げた。
「同じくらい大事なのが、コミュニケーション点ね。これは話し方やスピーチの速度、議論の構成など、相手や審判にきちんと伝わる話し方ができているかを評価するものなの。どんなに主張が正しくても、聞き取れなかったら台無しでしょ」
「うぅ……苦手な分野です」
くるみは自信なさそうに肩を落とす。
「問題ないって。笑顔の伝道師の俺がついてるから」
「謎の嘘やめてください」
即座に返された冷静なツッコミにも、怜太はめげるどころか胸を張った。
二人のやり取りを前に、千家は儚げに笑った。
ほんのわずかな間だけ、何か遠いものを見るような表情を浮かべた。
それも一瞬のことで、すぐにいつもの表情へ戻ると、ホワイトボードの端を指差した。
「じゃあ次。資料探しのコツと注意点を教えるね──」
その後も千家の解説は続いた。
ホワイトボードに新しい言葉が書き加えられるたび、怜太とくるみのノートも少しずつ埋まっていく。
窓の外が明るいうちはまだ余裕のあった二人も、やがて夕暮れが校舎を包み始める頃には、書き込んだ文字の多さに圧倒されていた。
それでも席を立たなかった。
バスケとは違う疲労感に、怜太は初めて勉強が楽しいと感じていた。
