追い詰められていることを悟られないよう、怜太は平静を装った。むしろ、まだ自分が優位に立っているような余裕を崩さない。
「すごく分かりやすい主張だったよ」
「あ、ありがとうございます」
「でもな、一点だけ矛盾してるんだ」
くるみは眉間にしわを寄せた。
「焼肉に野菜やご飯は認められないって言ったよな」
この突破口を開くことができれば互角の状態に持ち直せる。怜太は押され続けていた流れを少しでも引き戻しにかかった。
「その理屈が通るなら、なすやコーン、ハンバーグも寿司として認められないんだ」
「どうしてでしょうか」
一筋の光を求めて、スコップでひたすら掘り進めるような気持ちで言葉を重ねていく。
「焼肉が焼いた肉という定義なら、寿司は魚介系と定義するべきじゃないか?」
完璧なカウンターだった。怜太は心の中で自画自賛した。
しかし、くるみから返ってきたのは予想もしない質問だった。
「大宮先輩はシャリにハンバーグが乗った食べ物を、何と呼びますか?」
そんなもの……と、怜太は何の気なしに答える。
「ハンバーグ寿司だろ」
口にした瞬間、怜太自身が気づいた。
いや、気づいてしまった。
自分の口から出た言葉そのものが、くるみにとって格好の材料になっている。
くるみが、その綻びを見逃すはずもなかった。
「今、言いましたね。ハンバーグ『寿司』って。シャリの上に乗っている物が魚介以外でも、お寿司だということを、暗に認めているのでは?」
怜太は判断ミスを強く責めた。自ら相手に有利な武器を渡してしまったのだ。
中立の立場であるはずの千家は、今にもTKO勝ちを宣言しそうなほど、くるみのほうへ傾いていた。
「だとしたら同じ焼肉の網で焼くんだから、野菜や海鮮も認めてもらうぞ!」
崖っぷちに追い込まれながらも怜太は必死に食い下がった。まだタオルは投げさせるわけにはいかない。
くるみは間髪入れずに追い打ちをかけた。
「ではこう仮定しましょう。網の上で野菜が焼かれていて、先輩はそれをどう呼びますか?」
「どうって、焼き野菜とか焼いた野菜とか……」
くるみは小首を傾げた。
「焼肉野菜、焼肉えび、焼肉ほたてなら認めざるを得ないのですが……『焼き』だけでは不十分ですね」
怜太は愕然とした。
くるみの言っていることは暴論にしか聞こえないのに、きちんと筋が通っている。
確かに「焼き」と「寿司」では、言葉の役割が違う。
ハンバーグが乗っていても「ハンバーグ寿司」と呼べるのは、「寿司」という言葉そのものに料理としての意味があるからだ。一方、「焼き」は調理方法を示しているだけで、それ自体が料理の名前になるわけではない。
怜太は頭の中を必死にかきわけたが、この理屈を覆せそうなも言葉は発見できなかった。
「おしまーい! 二人とも熱のある主張ありがとうね! いやーディベート部の未来は明るいよ」
千家が手を叩き、二人の議論を締めくくった。
怜太は一縷の望みにかけるように判定を待つ。
「勝負には勝ち負けはつきもの。ルールだから決めさせてもらうね」
千家は微塵も迷うことなく、即答した。
「勝者、くるみちゃん!」
怜太は深く椅子にもたれかかった。
もはや勝敗について考えるまでもない。審査員が百人いたとしても、満場一致でくるみの勝利だっただろう。
「う、運が良かったです。わたしも焼肉だったら、きっと負けてたかと……」
くるみの言葉に、怜太は後輩から気を遣われているような気がした。
けれど、ここで落ち込んでいる姿を見せるつもりはない。
怜太は姿勢を正すと、くるみに向かって惜しみない拍手を送った。
「焼肉だろうとくるみは上手くやってた。それくらい完敗だった」
それは紛れもない本心だった。
ここまで完膚なきまでにやられると、悔しさより先に相手を称える言葉が出てくる。
決着後はノーサイド。お互いに拍手を送りあう。
窓から差し込む夕日を受けて、机の上に置かれた焼肉奉行の文字がキラリと輝いた。
「すごく分かりやすい主張だったよ」
「あ、ありがとうございます」
「でもな、一点だけ矛盾してるんだ」
くるみは眉間にしわを寄せた。
「焼肉に野菜やご飯は認められないって言ったよな」
この突破口を開くことができれば互角の状態に持ち直せる。怜太は押され続けていた流れを少しでも引き戻しにかかった。
「その理屈が通るなら、なすやコーン、ハンバーグも寿司として認められないんだ」
「どうしてでしょうか」
一筋の光を求めて、スコップでひたすら掘り進めるような気持ちで言葉を重ねていく。
「焼肉が焼いた肉という定義なら、寿司は魚介系と定義するべきじゃないか?」
完璧なカウンターだった。怜太は心の中で自画自賛した。
しかし、くるみから返ってきたのは予想もしない質問だった。
「大宮先輩はシャリにハンバーグが乗った食べ物を、何と呼びますか?」
そんなもの……と、怜太は何の気なしに答える。
「ハンバーグ寿司だろ」
口にした瞬間、怜太自身が気づいた。
いや、気づいてしまった。
自分の口から出た言葉そのものが、くるみにとって格好の材料になっている。
くるみが、その綻びを見逃すはずもなかった。
「今、言いましたね。ハンバーグ『寿司』って。シャリの上に乗っている物が魚介以外でも、お寿司だということを、暗に認めているのでは?」
怜太は判断ミスを強く責めた。自ら相手に有利な武器を渡してしまったのだ。
中立の立場であるはずの千家は、今にもTKO勝ちを宣言しそうなほど、くるみのほうへ傾いていた。
「だとしたら同じ焼肉の網で焼くんだから、野菜や海鮮も認めてもらうぞ!」
崖っぷちに追い込まれながらも怜太は必死に食い下がった。まだタオルは投げさせるわけにはいかない。
くるみは間髪入れずに追い打ちをかけた。
「ではこう仮定しましょう。網の上で野菜が焼かれていて、先輩はそれをどう呼びますか?」
「どうって、焼き野菜とか焼いた野菜とか……」
くるみは小首を傾げた。
「焼肉野菜、焼肉えび、焼肉ほたてなら認めざるを得ないのですが……『焼き』だけでは不十分ですね」
怜太は愕然とした。
くるみの言っていることは暴論にしか聞こえないのに、きちんと筋が通っている。
確かに「焼き」と「寿司」では、言葉の役割が違う。
ハンバーグが乗っていても「ハンバーグ寿司」と呼べるのは、「寿司」という言葉そのものに料理としての意味があるからだ。一方、「焼き」は調理方法を示しているだけで、それ自体が料理の名前になるわけではない。
怜太は頭の中を必死にかきわけたが、この理屈を覆せそうなも言葉は発見できなかった。
「おしまーい! 二人とも熱のある主張ありがとうね! いやーディベート部の未来は明るいよ」
千家が手を叩き、二人の議論を締めくくった。
怜太は一縷の望みにかけるように判定を待つ。
「勝負には勝ち負けはつきもの。ルールだから決めさせてもらうね」
千家は微塵も迷うことなく、即答した。
「勝者、くるみちゃん!」
怜太は深く椅子にもたれかかった。
もはや勝敗について考えるまでもない。審査員が百人いたとしても、満場一致でくるみの勝利だっただろう。
「う、運が良かったです。わたしも焼肉だったら、きっと負けてたかと……」
くるみの言葉に、怜太は後輩から気を遣われているような気がした。
けれど、ここで落ち込んでいる姿を見せるつもりはない。
怜太は姿勢を正すと、くるみに向かって惜しみない拍手を送った。
「焼肉だろうとくるみは上手くやってた。それくらい完敗だった」
それは紛れもない本心だった。
ここまで完膚なきまでにやられると、悔しさより先に相手を称える言葉が出てくる。
決着後はノーサイド。お互いに拍手を送りあう。
窓から差し込む夕日を受けて、机の上に置かれた焼肉奉行の文字がキラリと輝いた。
