レイトブルーマー

「それじゃあ質疑応答に移ります。くるみちゃん、今の怜太君の発言に対して質問があるならどうぞ」
 くるみは緊張した面持ちで、ノートを手に取った。立ち上がった拍子に椅子を倒してしまい、おろおろしながら元に戻した。
「お、大宮先輩は、焼肉屋さんをベースに話していませんか?」
 怜太はその質問の意図がよく理解できなかった。
「そうだけど?」
 当然のように答えると、ノートを持つくるみの手に力がこもる。

「この論題は『お寿司と焼肉、この先どちらかしか食べられないとしたらどっち?』であって、焼肉と焼肉屋さんは大きく異なります」
 怜太は反応に困った。
 さっきまであれほど滑らかに出ていた言葉が、急に喉の奥で引っかかる。
 怜太の中では、焼肉といえば焼肉屋で食べるもの、というイメージがすっかり出来上がっていた。網を囲み、焼いた肉や野菜をご飯と一緒に食べる。そこまでをひっくるめて「焼肉」だと思っていたのだ。

 ところが、くるみはそこに境界線を引いた。
 怜太が当然だと思っていた前提そのものを問い直されると、それまでの主張が一気に足場を失っていく。
 審判の千家へ視線を向けるが、千家は興味深そうに二人のやり取りを見つめているだけで、助け舟を出す気はないらしい。

「野菜やご飯やスープなどは、あくまで焼肉屋さんで提供されるものであり、今回の前提が『焼肉』なら、それらは対象外ではないでしょうか」
 くるみはノートのメモを一息で読み上げた。
「確かにくるみの言い分にも一理ある。けどな、俺は家で焼肉をする場合でも、野菜やご飯は食うぞ」
「そ、そうだとしても、それは焼肉の合間に野菜やご飯を食べているのであって、焼肉とは認められないのでは?」
「俺はそれらも含めて焼肉だと思うけどな」
 怜太は腕を組み、どうにか自分の感覚を言葉にしようと考えた。
 だが、「焼肉とは何か」と聞かれて、これまで深く考えたことなど一度もない。焼肉とバーベキューの違いを聞かれても、答えられる自信がない。それほど曖昧な存在だった。

 そんな怜太へ、くるみはさらに追い打ちをかける。
「では、わたしが焼肉の合間にチャーハンを食べると言ったら、どうですか?」
「それは反則だろ」
「ご飯との違いは?」
 怜太は言葉に詰まった。

「辞書で焼肉を調べたところ、『肉を焼いたもの。また、牛・豚などの肉や内臓にたれをつけ、直火で焼きながら食べる料理』と出てきました。ご飯や野菜の要素はありません」
 検索結果を表示したスマホの画面を二人に向ける。
「このことから、焼肉はお肉のみで考えるのが妥当だと思います。質問は以上です」

 怜太は反論の言葉を探したが、何も浮かばない。
 資料を探していた三十分のあいだ、自分が調べていたのは焼肉の美味しい焼き方や食べ方であって、「焼肉とは何か」ではなかった。
 自信満々に並べた主張も、その土台が崩れてしまえば、どこから立て直せばいいのか分からない。
 机の下で、怜太はバレないように拳を強く握った。
 もしこれが本番のディベートなら、怜太のプライドは再起不能なほどに粉々に壊れていただろう。

 「ありがとう。いい質疑応答だったよ」
 千家は満足そうに二人を見回した。想像していた以上に熱の入ったやり取りになったことが嬉しいのか、その顔は満足そうにほころんでいる。
「次は、くるみちゃんにお寿司派として主張してもらうね」
 くるみはノートのページをめくると、最初に書いた一行を指でなぞった。
「いけます」
 声は小さい。それでも、その目には先ほどまでの緊張とは違う、はっきりとした真剣さが宿っていた。
 怜太も姿勢を正した。
 今度は自分が聞く番だ。先ほどの質疑応答で、くるみがどれほど鋭い指摘をしてきたのかは身をもって分かっている。怜太は一言一句聞き洩らさないつもりで臨む。
 自分が劣勢に立たされていることは、怜太自身も肌で感じていた。
 だからこそ、ただ相手の主張を聞いているわけにはいかない。どこかに必ずあるはずのほつれを見つけ出し、次の質疑応答でそこを突く。
 与えられたミッションは、いたってシンプル。無事に達成できれば勝ち、それ以外は負けだ。