レイトブルーマー

「突然だけど怜太君。句点と読点なら、どっちが強いと思う?」
 怜太は一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
 突然始まった本の紹介とは無関係な謎のゲーム。千家は目を白黒させる怜太をニヤニヤと見ている。
「さーん、にー、いーち」

 タイムリミットが迫る中、怜太は質問を頭の中で転がして自分なりの答えをひねり出した。
「読点……かな」
「その心は?」
「えっと……尖ってて槍みたいだから。句点は盾っぽい」
「うん、いいね!」
 千家は嬉しそうに親指を立てた。
「攻撃は最大の防御なり、ってことだね」
「そうそう」
「確かに読点は鋭利で攻撃力が高そう。強さを議論する上で重要な要素かもしれない。それを踏まえて私の考えを言わせてもらうと、句点の勝ちだね」
 千家は得意げに、人差し指と親指で小さな丸を作った。
「その心は?」
「句点は、終わらせることができる」
「……上手いな」
 怜太は思わず感心した。
「読点は文を終わらせられないってことか」
「そういうこと」

 千家は満足そうにうなずくと、机の上に置かれていた本を手に取り、表紙を怜太へ向けた。
「じゃあ、ここから本題。私が紹介するのは――」
 表紙には、『ひらがな大合戦』と大きく書かれている。
「『ひらがな大合戦』。四十六文字のひらがなが、天下統一を目指して戦うの」
 怜太は思わず目を見張った。
 さっきまでの会話の内容は、句点と読点のどちらが強いかという、よく分からない話だった。ところがそれ自体がこれから紹介する本へ繋がる一つの前振りだった。
 一見すると無意味なやり取りを綺麗に着地させ、そのまま本の内容へ滑り込んでいく。
 華麗なテクニックに怜太は早くも心を掴まれていた。

「文字の形で戦うのはもちろん、意味を利用して戦いを仕掛けることもあるんだよ」
 千家は人差し指で自分の目を指した。
「たとえば『め』は目になるし、『し』は死になる。かと思えば、『つ』の形をした強烈なビンタが飛んできたりする」
「『つ』でビンタ……?」
「そう。『つ』って見方によっては、ビンタみたいに見えるでしょ。こんな風に戦い方が無限にあるから、次は何が来るんだろうってドキドキするの」
 千家は、本の中にある面白さを一つずつ拾い上げるように話していく。
 単に「こんな話があります」と説明するのではなく、文字の形や意味をどうやって物語に結びつけているのかを見せ、その先にある楽しさまで怜太へ手渡していた。

 怜太はいつの間にか身を乗り出して話に没頭していた。
「しかもね、文字にはそれぞれ性格があって、それがまた解釈一致なの。短編連作だから朝読書にも向いてるし、隙間時間に一話だけ読むこともできるんだよ」
 次から次へと溢れる言葉は、さながら本屋に並ぶ色鮮やかなPOPのようだった。
「まあ、面白いから結局二話、三話って読んじゃうんだけどね」
 千家はいたずらっぽく笑った。
「続編の『カタカナ大合戦』もおすすめ。ぜひ読んでみてね!」
 そこまで一気に話すと、ふうっと息を吐いた。

 短い時間の中で、千家は怜太の知らなかった本の魅力を、手を変え品を変え次々と披露した。
 物語の内容を最初から最後まで説明されたわけではない。それなのに、怜太の頭の中には、ひらがなたちが戦う場面がいくつも浮かび、実際にページを開いて確かめてみたいという気持ちが生まれていた。
「どうだった?」
「……すげえ」
 怜太の口から、思わず感嘆の声が漏れた。
「本なんて全然読まない俺が、もう興味を惹かれてるんだ。完全に千家のプレゼンの力だよ!」
「これが言葉の魔力だよ」
 千家は得意げに胸を張った。
「上手く喋りたいって、思ったんじゃない?」
「……ちょっとな」

 ついさっきまで、ディベートなんて自分には関係ないと思っていた。
 口喧嘩の強い奴が屁理屈を並べるだけという印象が、千家の話を聞いているうちに180度変わった。
 たった数分。それだけの時間で、千家は怜太の中に「読んでみたい」という気持ちを植え付けた。
 大げさな身振りや特別な道具を使ったわけでもない。話術だけで自分が面白いと思ったものを相手に伝えただけだ。
 言葉に秘められた無限の可能性を、怜太は正面から見せつけられた。
「大前提としてこの本自体が面白いんだけどね」
 千家はそう言って、『ひらがな大合戦』の表紙を指先で軽くなぞった。

 怜太は本を見つめる。
 バスケットボール以外のことで、こんなふうに気持ちが昂るのはいつ以来だろう。
 そのことに気づいた瞬間、怜太自身が一番驚いた。
 バスケを辞めてから、何かに夢中になる感覚そのものを失っていたような気がする。体育館に行けば自然と湧いてきた熱が、今はこんな小さな図書準備室で、たった数分のプレゼンを聞いただけで胸の中に戻ってきた。
「千家、ちょっとやばいかも」
「どうしたの!?」
 千家が慌てて本を置く。
「ディベート、興味出てきた」
 一瞬、二人の視線が重なった。
 千家がにっと笑う。
 怜太もつられて笑った。