すべては桜のせいにして

 翌日の火曜日は朝から雨が降っていた。

「今日は雨かぁ。桜散らないかなぁ、大丈夫かなぁ」
「小雨だから大丈夫じゃない? もうすぐ止むみたいだよ。ほら、お天気アプリ」
「ほんとだ。よかったぁ」

 前の席の女子たちの会話が耳に入った。別に盗み聞きしているわけじゃない。近いから聞こえてしまうんだ。

「でも昨日言ってた例の木は大丈夫そうだよ。まだあんまり咲いてない」
「そうなんだよね。満開になったら桜の精が現れるかなぁ。早く先輩とのことお願いしたいなぁ」
「わざわざお願いしなくてもアピールしたほうが早くない? 同じ部活なんでしょう?」
「無理だよ! だって先輩、部活にこないんだもん。だからどうにかして仲良くなりたいの。もう、会えない時間が増えて胸が苦しくなる一方だよ」
「わぉ。なんかドラマみたいなセリフだ。そうだよねぇ。恋する乙女は辛いねぇ」
「からかわないで! 私は大真面目だよぉ」

 彼女たちは、この前も廊下で桜の精霊の話をしていたな。
 やっぱり複雑だ。桜の精霊なんていない。都市伝説を信じたい気持ちは、わからなくもないけど……。
 桜田さん。
 昨日はびっくりしてしまった。去り際の声が少し低かったこととか、僕の頭に触れてきたこととか。
 思い出して、胸がぎゅうっと苦しくなる。
 ん? 胸が苦しくなる?

「おはよー来栖。どうしたんだ。昨日に続いて腹壊してんのか」

 午後の授業に遅刻したのは、「お腹を壊してずっとトイレに入っていたから」ということになっていた。僕が急いで教室を出ていったため、中田がそういうふうに思ったらしい。遅刻の理由を説明せずに済んだけど、入学早々、「お腹が弱いキャラ」になってしまった。
 ときどき向けられる、クラスメイトたちからの憐れんだような目が辛い。

「中田おはよう。もう腹は大丈夫だよ」
「そのわりにはため息ついて沈んだ顔してるぞ。まぁ無理すんなよ」
「本当に違うって」

 僕は息を吐いた。中田には感謝もしているけど、クラスで妙な感じになっているのも事実だ。

「またため息。やっぱり元気ないよな。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと胸が苦しいだけだから」
「胸? 本当になにかの病気か? それか恋?」
「こ、い?」
「あー、なんか女子たちがそんな話してたから。まぁ心配だったら病院行けよな」

 中田の口から恋なんて単語が出てくるから、何事かと思った。
 ていうか、中田も女子の話を聞いていたのか。
 恋なんて、まさか。そんなわけない……え? 僕が桜田さんに?

「やべ。一時間目は数学か。しかも小テストがあるじゃん。範囲確認してねぇ」

 中田が席へ戻っていったのを見届け、僕はスマホのAIに「恋とは?」と入力した。

恋とは、相手に対して胸が締め付けられるような強い憧れや、四六時中その人のことを考えてしまうような、情熱的で切なさを伴う感情のことです。

 おいおいおい。嘘だろ。
 僕の身体に起こっている症状が、ほとんど当てはまってしまう。
 本当に桜田さんに恋をしているのか?
 混乱していたが、AIの回答には続きがあった。

理性を超えた衝動
頭では分かっていても抑えきれない高揚感や、日常生活のエネルギー源になるような強い引力を持ちます。

 桜田さんのことを考えるだけで幸せな気持ちになる。少しでも一緒にいたい。桜田さんのためなら、どんなことだってしたいと思う。
 これが、恋だっていうのか!?