すべては桜のせいにして

「もう桜散っちゃったね」
「うん。でも噂の木は今が見頃って感じだよ。ほら見て、満開」
「おお。すごいね。やっぱり精霊の話は本当なのかな」
「桜の精霊への望みはまだある。私、頑張って探すわ!」
「どうやって?」
「とりあえず木の周りを探してくる!」
「今から? もうすぐ授業が始まるよ!」

 学校の桜はかなり散ってしまった。薄いピンク色だった木々は緑へと変わり、新緑の季節へと向かっている。
 そんな中、「桜の精霊が宿っている」と噂の木は、ようやく花が咲いた。一本だけ綺麗に咲いているものだから、端にあってもかなり目立つ。
 そのせいか、ここにきて「桜の精霊にお願い事をしたい」という生徒が増えている。
 話を耳にするたび僕は優越感に浸り、同時に罪悪感に襲われた。
 桜の精霊だと思っていた人は人間だった。見つけたのは僕。でもそのおかげで、桜田さんと知り合えた。それに、精霊なんていないという事実も知っている。
 もしかして精霊の噂は、桜田さんを見た誰かが精霊だと思い込んだからではないだろうか。最近はそう思い始め、僕は申し訳なく思っているのだ。

「やぁ来栖君」
「桜田さん!」
「今日も元気がいいね。お弁当、楽しみにしていたよ」

 昨日、僕の願いを伝えた。どんな顔をして会えばいいのかと思ったけど、桜田さんは今までと変わらない様子だ。どきどきしていたけど、少しほっとした。
 
「わぁ、今日のはすごい。彩りも綺麗だ」
「三色弁当にしてみました」

 ひき肉を醤油、砂糖、酒で煮詰め、しぐれ煮を作った。そしてそぼろ状に焼いた卵、ほうれん草の胡麻和えを並べた三色弁当だ。SNSで見つけ、一度挑戦してみたいと思っていた。

「なんか、どんどんレベルアップしていくな」
「はい。桜田さんにはおいしいお弁当を食べて、喜んでほしいですからね。それが僕は嬉しいので」
「……この前からますます素直になっていないか?」
「そうですか? 僕は普段通りのつもりですけど」

 自分のお弁当の蓋を開け、ひき肉とご飯を一緒に頬張った。少し濃いめの甘辛い味付けが白米によく合う。うん、おいしい。

「今日もうまい」
「よかったです」

 もりもり食べる桜田さんを眺めながら、ゆっくりと昼休みを過ごす。
 このひとときが、僕はなによりも大好きだ。ずっとこの時間が続けばいいな。

 
 翌日は、高校に入って初めての調理実習があった。

「はぁ。調理実習だりぃ。なにを作るんだっけ」と、中田は心の底から嫌そうに言った。
「えーと、おにぎりと豚汁だってさ」
「それは食べたい。来栖、作ってくれ」
「中田も自分で作るんだよ。さぼらずにちゃんとやりなよ」
「えええ……料理とかほんと無理。来栖、頼む」
「だめ。ていうか、そもそも班が違うから中田の分は作れないよ」

 料理だってきちんとやれば楽しいのだ。日頃からお弁当作りをしていて、よかったと思う。おにぎりはまだ俵型だから、この機会に綺麗な三角を作れるようになりたい。
 豚汁は作ったことがないけど、覚えれば桜田さんに振る舞えるようになるかも。
 そう思うと、俄然気合いが入る。

「すごい。来栖君、包丁使い慣れてるね」

 同じ班になった女子が、人参を切る僕の手つきを褒めた。彼女はいつも、桜の精霊を探している子だ。

「春見さんも調理しながら片付けして、すごく手際がいい」
「そうかな? ありがとう。お菓子作りはよくするんだけど、料理はちょこっと手伝う程度だから。でも、ママに使ったものはすぐ片付けなさいって言われるからかも。綺麗な方がすっきりして作業しやすいもんね」

 調理実習は四人一組で班が組まれた。他の二人がおにぎりの米と具材を準備し、僕と春見さんで豚汁の食材を切っていく。プロのようにさくさく切れるわけではないけど、日頃のお弁当作りのおかげで、まったく触らなかったころに比べると包丁は問題なく使えるようになった。

「来栖君は家で料理してるの?」
「うん。お昼用のお弁当を作ってるんだ」
「え! 自分で作ってるなんてすごい!」
「でも、作り始めたのは最近だよ」
「それでもすごいよ。私なんてママに作ってもらってるのに」
「自分の分だけなら、あんまりやる気が出ないかも」
「他の人の分も作ってるの?」

 しまった。つい口が滑った。

「父さんの分も僕が作ってるから」
「そうなの!? 来栖君はなんて優しい息子なの」
「大袈裟な。てか春見さん、近所のおばさんみたいなこと言うね」
「もう年かもぉ」

 同い年じゃん、とその場では笑ったけど、嘘をついたことに少し胸が痛んだ。
 父さんのお弁当は作っていないのに。ごめん父さん。

「料理ができる男子っていいと思う。彼氏だったら自慢できそう。私も彼氏がいたらお弁当作ってほしい」
「春見さんはそういう人がいいんだ? みんなそうなのかな?」

 思ったより食いつかれてしまった。なんとか別の話題に持っていきたいとは思いつつ、他人の意見はちょっと気になる。桜田さんもそう思っているのかな。

「私のために作ってくれるなんて嬉しいよ。愛されてるんだなーって。そう思う人って多いんじゃないかな」

 愛されてる。
 桜田さんのことが好きだ。もしかして、お弁当を通してそのまま気持ちが伝わっている……なんてことがあるのか? もしそうなら、とても恥ずかしい。

「でも私は、追いかける方が好きっていうか」
「樹里先輩一筋だもんね」
「うわ」

 お米担当の佐々木さんが、僕らの間にぬるりと入ってきた。佐々木さんと春見さんはいつも一緒にいるから、仲がいいんだろう。

「でも樹里先輩は部活に来ないんだよね。あ、私の好きな人ね、吹奏楽部の先輩で。幽霊部員なんだけど……すっごくかっこいいの」

 そう話す春見さんは、少し頬を赤らめた。

「どうにかして話しかけたいけど、学校じゃあんまり見かけないんだ。別の先輩に訊いた話だと、練習中にたくさん人が寄ってきて集中できないんだって。顔目当ての告白が多かったらしくて、うんざりしてるみたい」
「それ、はるみんのことじゃん」

 春見さんの説明に、佐々木さんは冷静に返す。

「かっこいいから好きなんでしょ? 他の人たちと一緒じゃない?」
「それは……そうかもしれないけど、これから知っていくの! もう、ささみんはいつも厳しいんだから」

 その後も女子二人は恋愛話に花を咲かせていた。春見さんが好きな人のことを話すときは、目がきらきらしている。
 恋ってすごいな。もし僕が誰かに桜田さんのことを話すなら、どんな姿になるのだろう。

「おい来栖。なんでお前だけ女子と楽しそうにしてるんだよ」

 いつの間にか、中田が僕らの班の調理スペースにいた。

「中田! 自然すぎて気づかなかった」
「代わってもらった。俺も混ぜてくれ。さぁ、おにぎり握るぜ!」

 そういえば、もう一人のお米係である米田君がいない。実習室を見渡すと、本来の中田の班の所にいた。あ、もうおにぎりを握っているじゃないか。
 中田はこういうときだけ調子がいいなぁ。
 僕たちは、その後も春見さんの恋バナを聞きながら調理実習を進めた。