大輝が引っ越してきて一週間。新学期が始まった。
新入生でもないのに真新しい制服で登校する、というのは何度経験してもいささか居心地が悪い。
せめて、一人でも知り合いがいれば違うんだけど。
しつけ糸を取ったばかりの紺ブレザーで家を出た大輝は、ちらりと隣の長澤家を見た。だが、しんとした家から怜が出てくる気配はない。
そういえば、結局どっちの学校に通っているのか聞きそびれてしまった。
高校の方向に向かうと、同じ制服の人間が増えてくる。仲間のふりをしながら学校に辿り着いた大輝は、下駄箱に貼り出されたクラス分け表を見た。やはりどこにも長澤怜の名前はないから、農業高校の方なのだろう。
職員室で先に禿頭の担任に挨拶し、HRのタイミングで一緒に3年2組のクラスに向かう。促されて教壇に立った大輝は、クラス中から向けられる好奇の目を感じながら笑顔を作った。視線を定めず、ぐるりと室内を見渡す。
「こんにちは、今日からクラスに入った三田大輝です。まだ東京からこっちに来たばかりなので、色々教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
はきはきとした好青年。そう思ってもらえるような声を意識しつつ、あと一年を無事に過ごすためだけの、当たり障りのない文句を大輝は口にした。
それから頭を下げて、指示された机――左側から二番目、真ん中の椅子に座る。
自分でも、慣れたものだと思う。
休み時間になると、隣の席になった男子が話しかけてきた。俺松本、と自己紹介されて、よろしく、と返す。
「なあ、東京ってさあ、芸能人と道で出会うってマジ?」
「いやー、そんなことないって。っていうか東京って言っても前住んでたの山梨の近くだから。道歩いててもハクビシンしかいなかったよ」
「え、東京ってどこもめっちゃ人いるんじゃないん?」
「右側の方は多分そうだけど、左側は山ばっかだよ。あんまここと変わんないと思う。」
「へえ、そうなん」
「あ、でも野生のうさぎはこっち来てはじめて見たかな。意外とでかくて驚いたよ」
前の学校は割とミーハーで、ドラマのロケ地などにもよく使われていた。だが、そんなことをあえて言う必要もないだろう。
嘘ではない会話を続けていると、「てゆーか三田くんさあ」と後ろのポニーテール女子が会話に参加してきた。
「昨日弁天町のスーパーおらんかった?」
「……あーいたけど、うん。買い物行ったわ」
確かに昨日、母に頼まれて買い出しに出かけたけど。なんでそんなこと知ってんの。怖っ。
思わず顔が引きつりそうになったが、これが田舎というやつか、と内心で思うだけに留める。
「近くに住んでんの?」
「そうだね。えーと」
大輝は握り拳を机に置いた。
「ここスーパーだとするじゃん? こっち川ってか水路あるじゃん? ここ超えて……えっと、このあたりの林の隣に住んでる」
腕と指で雑に机上に地図を描いたが、それでも分かるらしい。「なるほど」と女子が頷いた。
「それ、ヤバ澤んちの隣じゃね?」
「ヤバ澤?」
聞き返すと、「うん」と女子が頷いた。
「……なにそれ?」
「あー、長澤怜っていうやべー奴のこと」
話に加わってきた松本が腕を組んだ。
「なんかリストカットが趣味で……それを止めようとした奴に切りかかって警察沙汰になったんだよ、去年」
「えっ……どういうこと?」
怜が? リストカットが趣味? 警察沙汰? とてもではないが信じられない。
大輝が眉を寄せると、松本は慌てて手を振った。
「いや俺も詳しくは知らないよ。クラス違ったし……ヤバ澤と喋ったことないし、どっちも学校辞めちゃったし」
「てか、あいつと会話したことあるやつほとんどいないと思う。滅多に喋らなかったし」
女子と松本が顔を見合わせて「ね」「な」と頷きあう。
「ヤバ澤、今もまだそこの家に住んでるはずだから。マジで頭おかしいし、危ないからできるだけ関わらないほうがいいよ、三田くん」
「え、少年院とか行ったんじゃねえのあいつ。なんで普通に暮らしてんの」
「知らんけど、犬の散歩してるの見たよ私」
「へー……」
怜のことを言われているとは思えなかったが、否定するのも面倒なので適当に頷く。
「でもお隣さんなんだから、関わるなって言われても限度あるよー」
どうせ適当な噂話だろう。笑いながら大輝が返すと、「いや真面目な話だから」と女子に睨みつけられた。
新入生でもないのに真新しい制服で登校する、というのは何度経験してもいささか居心地が悪い。
せめて、一人でも知り合いがいれば違うんだけど。
しつけ糸を取ったばかりの紺ブレザーで家を出た大輝は、ちらりと隣の長澤家を見た。だが、しんとした家から怜が出てくる気配はない。
そういえば、結局どっちの学校に通っているのか聞きそびれてしまった。
高校の方向に向かうと、同じ制服の人間が増えてくる。仲間のふりをしながら学校に辿り着いた大輝は、下駄箱に貼り出されたクラス分け表を見た。やはりどこにも長澤怜の名前はないから、農業高校の方なのだろう。
職員室で先に禿頭の担任に挨拶し、HRのタイミングで一緒に3年2組のクラスに向かう。促されて教壇に立った大輝は、クラス中から向けられる好奇の目を感じながら笑顔を作った。視線を定めず、ぐるりと室内を見渡す。
「こんにちは、今日からクラスに入った三田大輝です。まだ東京からこっちに来たばかりなので、色々教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
はきはきとした好青年。そう思ってもらえるような声を意識しつつ、あと一年を無事に過ごすためだけの、当たり障りのない文句を大輝は口にした。
それから頭を下げて、指示された机――左側から二番目、真ん中の椅子に座る。
自分でも、慣れたものだと思う。
休み時間になると、隣の席になった男子が話しかけてきた。俺松本、と自己紹介されて、よろしく、と返す。
「なあ、東京ってさあ、芸能人と道で出会うってマジ?」
「いやー、そんなことないって。っていうか東京って言っても前住んでたの山梨の近くだから。道歩いててもハクビシンしかいなかったよ」
「え、東京ってどこもめっちゃ人いるんじゃないん?」
「右側の方は多分そうだけど、左側は山ばっかだよ。あんまここと変わんないと思う。」
「へえ、そうなん」
「あ、でも野生のうさぎはこっち来てはじめて見たかな。意外とでかくて驚いたよ」
前の学校は割とミーハーで、ドラマのロケ地などにもよく使われていた。だが、そんなことをあえて言う必要もないだろう。
嘘ではない会話を続けていると、「てゆーか三田くんさあ」と後ろのポニーテール女子が会話に参加してきた。
「昨日弁天町のスーパーおらんかった?」
「……あーいたけど、うん。買い物行ったわ」
確かに昨日、母に頼まれて買い出しに出かけたけど。なんでそんなこと知ってんの。怖っ。
思わず顔が引きつりそうになったが、これが田舎というやつか、と内心で思うだけに留める。
「近くに住んでんの?」
「そうだね。えーと」
大輝は握り拳を机に置いた。
「ここスーパーだとするじゃん? こっち川ってか水路あるじゃん? ここ超えて……えっと、このあたりの林の隣に住んでる」
腕と指で雑に机上に地図を描いたが、それでも分かるらしい。「なるほど」と女子が頷いた。
「それ、ヤバ澤んちの隣じゃね?」
「ヤバ澤?」
聞き返すと、「うん」と女子が頷いた。
「……なにそれ?」
「あー、長澤怜っていうやべー奴のこと」
話に加わってきた松本が腕を組んだ。
「なんかリストカットが趣味で……それを止めようとした奴に切りかかって警察沙汰になったんだよ、去年」
「えっ……どういうこと?」
怜が? リストカットが趣味? 警察沙汰? とてもではないが信じられない。
大輝が眉を寄せると、松本は慌てて手を振った。
「いや俺も詳しくは知らないよ。クラス違ったし……ヤバ澤と喋ったことないし、どっちも学校辞めちゃったし」
「てか、あいつと会話したことあるやつほとんどいないと思う。滅多に喋らなかったし」
女子と松本が顔を見合わせて「ね」「な」と頷きあう。
「ヤバ澤、今もまだそこの家に住んでるはずだから。マジで頭おかしいし、危ないからできるだけ関わらないほうがいいよ、三田くん」
「え、少年院とか行ったんじゃねえのあいつ。なんで普通に暮らしてんの」
「知らんけど、犬の散歩してるの見たよ私」
「へー……」
怜のことを言われているとは思えなかったが、否定するのも面倒なので適当に頷く。
「でもお隣さんなんだから、関わるなって言われても限度あるよー」
どうせ適当な噂話だろう。笑いながら大輝が返すと、「いや真面目な話だから」と女子に睨みつけられた。
