忌み夜の花嫁は雨を待つ




「汚らわしい。またあの女の邪気がまとわりついています」

 すぐに体調を崩すくせに、と自室に戻るなり八代が心底嫌そうな顔をした。

「たしかに、今回は思いっきり浴びてしまった気がするが、珠子が安心してくれるならこれしき問題はない」

 ただしまた、寝込むことになりそうだからとこのあとの珠子の護衛を頼むとこれまた絶望した表情を浮かべる八代に思わず笑ってしまった。

「頼む、八代。俺が寝込んでいる間に珠子がひどいめにあっているなんて想像したくもない」

 珠子に害をなした者はみなただではおかないが、肝心の瞬間に守りにいくことができなくてふがいない限りである。
 かといって、珠子の力を借りないとあの邪気にはかなわなくてしばらく起きることさえ困難になる。

「俺は理不尽な女の怨念が一番嫌いです」

 珠子にかかった呪詛は一筋縄ではいかない。
 三年の月日をかけて眠り続ける彼女に様々な手をほどこしたが、そのたびに返り討ちにあう羽目となった。

「知ってるか、八代」

「はい?」

「この呪詛が発動するのは、決まって珠子が嫉妬心を駄々漏れさせているときだ」

「………」

 思わず笑みが浮かんでしまい、口もとを覆う。

「そんなのに喜んでいないで、身の危険を感じたらとっとと離れてください」

「あれほど最高の瞬間はない」

「……あなたは鬼です」

「極上の褒め言葉だ」

「……はぁ」

 誰よりも霊力の強い男にはとことん苦痛の頼みごとだろう。
 それでもほどほどにしてくださいよ、とだけ苦言し、首を横にはふらない。

雪花(せっか)様の出産に伴い、彷徨(ほうこう)様はしばらく外出は控えると聞いています」

 ちゃっかり次回の視察の場を提案し、交換条件も忘れないのだけど。

「もちろん、もちろんもちろん万全の状態になったら兄上の分も働くから」

「あと、そろそろ嫁の存在を公にしろとのお達しもあります」

「えーっ、珠子をこれ以上汚い視線のもとに入れさせたくない」

 現当主はなかなか注文が多いし、このごろいいように八代を使いだしたのも気に入らない。
 背に腹は変えられないのが痛いところではあるが。

「雪花様はずいぶんあの女を気に入っています」

「雪花様の前にいくとまた珠子が勘違いするからなぁ」

 悪くはないが、泣かせたくもない。

「雨乞いの儀式もなくしたんですから、何かはしてください」

「あの儀式のたびに珠子がいじめられてたんだから当たり前だろ。おまえはただただ傍観してただけだったのもまだ許していないんだからな」

 珠子にまとわりついた呪詛が災いして正気の人間たちをも惑わせたのだろう。八代も簡単には近づけなかったということはわかっているが、苦言したくもなる。

「どれだけ浄化をしても、一向にあの女の呪詛は消えることはない」

「よほど恐ろしい女に好かれたんですね」

 あなたも罪な人だ、と肩をすくめる。

「俺じゃない。ひとつまえの生涯の話だ」

 たまたまその記憶を持って生まれ変わっただけだ。
 とはいえ、彼も呪言を全身に取り込んだ状態で自ら人の世を去り、また珠子のもとへ戻ってきたわけだから人のことは言えないのかもしれない。
 思い出したのは、物心がついてからだったのだけど、敵対していた家紋である久我の人間になることが叶ったのは運が良かったといえよう。

「思い出しただけで珠子に会いたくなってきた」

 力をつけてから、彼女を囲うように閉じ込めた。
 外の世界へなんてもう出すつもりはなかった。
 好きだ好きだといえば頬を染め、困ったように不器用に接してくるも拒むことができない優しい人だ。

「なにより過去の男なんてどうでもいいんだよ」

「人が一番怖いです」

 答える代わりに口角を上げる。
 まさに鬼のようだ、とため息と共に呟く八代の言葉は、ゆっくりと月のない漆黒の夜に響いて消えた。