拝むな、恋せよ!

「死ぬほどあんパンが好きだ」と宣言してから、一週間。

なんだかんだナギ様の好物を聞き出せぬまま月日は流れ、噂の加熱によりナギ様の机には以前にも増してあんパンが積み上がっていた。さすがに連日のあんパン地獄は体に堪える。だが、ナギ様への聖なるお供え物を無駄に捨てるなど万死に値する。俺はカフェオレを相棒に、使命感だけで喉奥へと流し込んでいた。

「廣崎、そのあんパン……美味しい?」

突然、背後から耳元で囁かれた美しい鈴の音。
ハッとして振り返ると、目と鼻の先にナギ様の顔面が存在し、パンが喉に詰まりかけた。

「そのあんパンね……僕の手作りなんだ」

原子爆弾級の破壊力を秘めたお言葉に、今度は本格的に喉が詰まった。窒息寸前でパニックに陥り、視界が真っ白に染まったところで――ハッと目が覚めた。

……なんだ、夢か……。

あまりのあんパン過剰摂取により、食べかけのあんパンを握りしめたまま、俺はついにこんな不純でふしだらな夢を見てしまったらしい。激しい罪悪感が胃を苛む。

「紀織、一緒に体育館行こうぜ」

聞こえてきた相沢の声で、意識が完全に覚醒した。
いつの間にか昼休みが終わろうとしており、体操服に着替えた相沢とナギ様が並んで体育館へ向かっていく。俺も慌てて着替えを済ませ、二人を追うように体育館へ走った。

相沢の野郎は、なんだかんだ常にナギ様のパーソナルスペースに居座り続けている。
トーク力よし、顔面偏差値よし。さりげないボディタッチを駆使してじわじわ距離を詰めてくるあざとい挙動に、俺の心臓は常に殺意と冷や汗でバクバクだ。

悔しいが……あいつは一軍無敵の存在。底辺モブの俺が正面突破で勝てる相手ではない。
俺は泣きそうになりながら、二人がストレッチをしたりボールを投げ合ったりする光景を、遠くから指をくわえて見守るしかなかった。

ナギ様が露骨に嫌そうな顔さえ浮かべれば、すぐさま『対・ナギ様接近者撃退コマンド』を発動して乱入するのだが、今のところナギ様の表情は静かな凪の海。手出しができず、指を噛むばかりだ。

もう100万歩譲って、あいつをナギ様の正式な『番犬』として認めてやるしかないのか……。

そう諦めかけていた、ある放課後のことだった。

俺は忘れ物のプリントを取りに、ひとり音楽室へと向かっていた。
その隣にある空き教室の前を通った時、微かに内部からサワ……と怪しい物音が聞こえた気がした。胸騒ぎがして、扉の小さな小窓からそっと中を覗き込む。

その瞬間、目に入ってきたのは――息を呑むような光景だった。

薄暗い教室の中、男同士で熱い口づけを交わす二つの影。
あまりの衝撃に目を逸らそうとした、まさにその時。俺の脳裏に電撃が走った。

片方の男の背格好、そしてあの横顔――相沢颯真だ。
相手は、華奢な体つきからして下級生の男子だろう。

状況を理解した途端、心臓が爆発しそうなほど猛烈に早鐘を打ち始める。

(相沢……お前、男が恋愛対象だったのか……!?)

その事実と同時に、俺の脳内に湧き上がってきたのは怒りと強烈な危機感だった。
あの男は『特別に仲の良い男友達』のフリをして、密かにナギ様を狙っていたのだ。俺たちの神聖なナギ様を、あんな不潔で邪しまな下心で汚そうとしていただなんて……!

(ナギ様をお護りしなければ……あんな奴の手から絶対に!!)

悔しさと決意でぐっと唇を噛み締めた、その時だった。
あろうことか、キスを交わしたままの相沢の視線が、スッと泳いでドアの小窓――俺の目と真っ直ぐにぶつかった。
その瞳が一瞬だけ見せた、冷たく据わった射殺すような光。

(しまった―――!!)

背筋に氷を突き刺されたような衝動で一瞬で血の気が引き、俺はタチの悪い心臓を押さえつけ、弾かれたようにその場から脱兎のごとく逃げ出した。

あの男の本性は、ナギ様を狙う肉食獣だ。
呑気にあんパンの夢まで見て、喉に詰まらせている場合じゃなかった!

いまだかつてない最大の緊急事態。俺の脳内アラートが、けたたましく狂い鳴り響いていた。