拝むな、恋せよ!

俺の最近の職務。
それは、ナギ様の机へどこからともなく捧げられる「お供え物(あんパン)」を密かに回収することだ。

『田中のあんパンご利益』という邪教の噂が全校に広がったせいで、ナギ様の席には連日様々なあんパンが献上されている。だが、ナギ様が甘いものを苦手とされている以上、信徒として放置などできるはずもない。孤高の神にお仕えする筆頭信徒として、俺は今日も今日とて過剰な異物を回収しているのだ。

このままではいけない。間違った教えが広まるなど万死に値する。一刻も早く真の好物を解明し、正しき布教を行わねば。

……とはいえ、前回の卵焼きや唐揚げのような生ものは保存が効かない。袋分けされた、賞味期限の長い衛生的な逸品を突き止めねば。神が安全・安心に召し上がれる「最高の献上品」を世界に知らしめるのだ!

「ナギ様、今日もお昼をご一緒――」

昼休みのチャイムと同時に気合を込めてお誘いした、まさにその瞬間。

「紀織、今日こそ一緒に食うぞ」

滑り込むように割り込んできた相沢のダミ声に、俺の聖なる声が掻き消された。

「……えっと」

俺と相沢を交互に見つめ、一瞬だけ困ったように俺の顔をじっと見つめるナギ様。
(いけない! 神を困らせてしまった……!)

悔しさに血涙を流しながら身を引こうとした、その時だった。ナギ様が静かに口を開かれた。

「じゃあ、みんなで一緒に食べようか」

「「……は?」」

またしても相沢と間抜けな声がハモった。
((なんでこいつと食わなきゃいけないんだよ!!))

心の叫びまで寸分違わずハモったに違いない。

「……しょうがねーな」

相沢が小さくため息をつき、俺を冷たく射抜いてくる。不本意極まりないが、ナギ様の公正公平なご提案を拒むなど不敬の極み。断る選択肢など存在するはずもなかった。

こうして俺は、スクールカースト頂点たる「一軍グループ」の完全アウェイな輪の中に突然放り込まれ、極限の気まずさの中で昼休みを過ごす羽目になったのだ。

「あれ、ひろさかくんじゃん」
「ひろさかくん、ナギっちについてきちゃった感じ?」
「俺らのシマに一人で乗り込んでくるとか、さすが信者の鏡〜!」

すでに『ひろさか』が一軍の公式名称として定着してやがる!!
相沢の野郎、影で余計な吹聴してんじゃねーぞ! このままじゃナギ様の脳内で俺の名前が『ひろさか』で上書き保存されちゃうだろ!!
グループの中心で神気取りの勘違い野郎・相沢への殺意を滾らせつつ、俺はナギ様の隣を死守。この物騒な連中から神をお護りすべく、全身の神経を研ぎ澄ませた。

まあ何とでも言え、神の威光を借りる愚か者どもめ。お前らにナギ様を語る資格はない。

対するナギ様は、そんな喧騒すら意に介さず、静粛にお弁当を広げておられる。ああ、今日も尊い。

「つーかさ、ひろさか。あんパン多すぎね?」
「あんパン5個ってマジ? どんだけあんパン好きなんだよ」

取り出した「ナギ様へのお供え物のお下がり(本日分)」をありがたく消化しようとした矢先、外野から野次が飛んできた。

「俺は、あんパンが死ぬほど好きなんだよ!!」

やけくそ気味に叫ぶと、隣でナギ様が「……そうなのか」と小さく感嘆の声を漏らされた気がした。

思わず横を向くと、一瞬だけナギ様と視線が交差する。だがナギ様はすぐに素知らぬ顔で、クールにお弁当へと視線を戻された。俺の聞き違い……ではないはずだ、たぶん。

人に興味のないナギ様だ。俺の好き嫌いなど一瞬で脳のゴミ箱フォルダ行きだろう。だが、ほんの一瞬でも俺を視界に入れてくださった……それだけで白飯が食える!

俺はここ数日、ナギ様のために全種類のあんパンを喰らい尽くしてきた男。各メーカーの餡の比率も生地の食感もすべて脳内にインプットされている!

「な、甘さ控えめが良ければヤマ〇の薄皮だし、生地のしっとり感ならセブ〇のつぶあんパン一択だろ! 餡と生地の比率を計算し尽くした究極の逸品を知らないのか、お前らは!!」

「うお、マジで!? なんか急に語り出したぞコイツ!」
「ヤバ、あんパンソムリエじゃん! じゃあ俺に合うやつ教えてよ、『あんパンの神』!」

高揚感とヤケクソで完全に調子に乗った俺の言葉に、一軍男子どもが「教えてくれよ神〜!」と悪ノリで盛り上がり始めた。

周囲の騒がしさの中、静かに箸を進めるナギ様と、俺に冷ややかな殺意を向け続ける相沢。二つの視線に挟まれながら、俺の狂乱の昼休みは過ぎていったのだった。

◇

そして、その日の放課後。

「……で? 調子に乗ってお前のあんパン講座で終わったわけ?」

遊李の殺意に満ちた眼光に、俺はガタガタと震えるしかなかった。

「次失敗したら、信徒失格な」

夕闇に染まる教室に、遊李の残酷な最後通告が冷たく響き渡った。